第2ミッション 片付けてみよう
オンラインゲームを終え、ベットに入ったのは朝3時。元々暗い部屋でゲームをやっているせいで体内の時間間隔が大分狂っている。明日の予定も特になく、今日のゲーム内で話していた狩りの効率化の話や、今度の攻城戦内容を話し合ったりして、おやすみの挨拶を交わし、楽しかった事を胸に眠りについた。
ドクン。ドクン。この映像知っている。
その先の言葉は言わないで・・・。
「%%%%%%%%%%%%%%なんだよね。ごめんね」
脳内にノイズが走る。女性の声で覚えのあるセリフだが、その言葉を理解しないように必死で聞かないように、その言葉から意識をそむける。
しかし、深く刻まれた不快な気持ちが、心臓の心拍数を跳ね上げていく。
「うわぁぁぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁぁ!」
思い出したくもない悪夢は、まだ自分を蝕んでいた事に、体は震え、脂汗がついた薄い掛け布団を跳ね除け、飛び起きる。
ドドドドドドドドと速く脈打つ心臓が苦しく、過呼吸を起こしてしまうが、以前にあった体験で学んだ記憶から対処法が、無意識にイメージされたのか大きく息を吸い込み、どうにか落ち着きを取り戻していく。
起きる直前までは覚えていた悪夢は、落ち着きを取り戻していくと同時に、強引に心の奥底に蓋をする。
思い出さないようにすればするほど、意識が深い記憶を呼び起こそうとしていく。 僕はすばやくベットから這い出てパソコンの前に座る。まずはパソコンの横に置かれたスマホのロックを震える指で解除し、画面に表示された時刻は4時。
ベットに入ってたったの1時間しか眠れていない。
眠いのだが、また見てしまうかもしれない悪夢に怯えてしまい、ベットが今は悪魔に見える。
パソコンを立ち上げて、1時間前までいた友が待つ世界に行く為にアプリを起動する。一瞬ログイン画面に繋がる前に黒画面に表示が切り替わるが、これはいつもの事。古いパソコンは必死で、稼動音をさせながらログイン画面に繋がるプロセスを起動させているはず。
そして待つ事5分。
「あれ?これってどこかで・・・・」
まったく立ち上がってこないログイン画面に、少しイライラしながら待っていたが、5分経っても立ち上がってこない愛機に、今度こそ壊れてしまったのかと後悔の念が押し寄せてくる。
「今動かなくて、いつ動くんだよ。お願いだよ。起動してよ」
必死にモニターを睨みつけながら、独り言が口から出るが、自分では気がついていない。耳に聞こえた自分じゃない音声のような気がして、まるでBGM代わりに聞いているラジオのようだった。ようやく自分で出た言葉だと認識できた時には少し冷静さが戻ってきていた。そしてそういえばと考える。
あの良くわからない神様?のメッセージから、今まで特にパソコンに不調を感じる事無く動いてくれていた事に、油断していた事でメモ帳にゲームのアドレスなどを残して、紙ベースに残せていない。プリンターがあれば印刷していればよかったのだが、持っているのはデスクトップパソコンだけで、そこまで周辺機器を揃えるお金もない。
いや違う。お金はない事はないのだが、優先順位からして低い位置にある。
欲望が一番欲しているのはゲーム内レアアイテムでそれを手に入れる為、ガチャを回すお金のほうが大切なのである。
しかし、生まれる後悔から、あの時買って置けばなどが頭を駆け巡る。
さっきまで悪夢でうなされていたのにパソコンの前に座った途端、ゲームの事ばかり考えてしまう僕ってと思う。
僕にとって、オンラインゲームはただゲームを楽しむ為のものではない。誰かと繋がっている為のツールなのである。
コンシューマーゲーム機みたいに一人でやるゲームじゃないから、誰かと一緒に入れるオンラインゲームだから、なくしてしまう事が寂しく思えるのだ。
下を向き、やってしまったと後悔の念に駆られていると、パンパカパーン!とBGMが流れる。
顔を上げると、そこには見覚えのある表示が。
”神様からのミッション2”
おおーーーきたーーー!!と叫び、今まで誰にも信じてもらえないだろうと黙っていたが、今回はスマホで写真撮影して証拠をゲットだと、カメラを向ける。
”写真撮影をすれば、すぐにパソコンクラッシュさせちゃうぞ”
と表示され、すぐにスマホをしまう。
しかし、どこで、僕の事を見ているのだろうか?忙しくてほとんど家にいない、母がこんな手の込んだ事をするなんて考えられない。父とは昔離婚したらしく今は、母と2人暮らし。
誰かが家にいる気配もないし、一度それとなく母が出かけている時に自分を監視できるようなそんな装置をないかを見て廻った事があるが、そんなモノはあるわけもなく、今の現象は本当に神様なのかと思ってしまう。
非現実的な事だけど、パソコンが壊れるとかはいやだけど、どこか神様のミッションを待っていたようにも思える。とりあえずミッションの内容が表示されるのを待ってみる。
数秒後に画面が切り替わり表示された内容は。
”周りの本を片付けなさい”
と表示されて3時間のカウンターが表示される。
正直、よくわからない。僕の部屋の状況は、確かに周りには平積みされた本の山がずらりと並んでいる。
だけど僕の部屋を片付けたからと言って、彼?彼女?神様?には、どういったメリットがあるんだろうか?
そんな疑問をよそに、”レディーゴー”と表示され、3時間からカウントダウンが始まる。
「え?今から片付けるの?!」
今何時だと思っているんだ?この神様は。朝の4時なんですよ?まあ僕にとって今は時間なんてそんな意味はないんだけど。
仕事をして時間がない人たちが、僕の話を聞いていたら、きっと激怒してしまうような事を考えながら、容赦なく刻まれていくカウントダウンに、もう!と怒りながら立ち上がり、1ヶ月ぶりだろうか部屋の明かりをつける。
「ま、まぶしい」
まるで、ドラキュラになった気分だ。久々にマジマジと見た肌の色は白く、どことなしに肉がついた気がする。もちろんお風呂には入って肌色とか見ているのだが部屋の時とお風呂に入っている時に見る肌とは違う気がする。それにお風呂は1週間に一回程度。
実はそれで十分な状況にいる・・・。
またお風呂に入って見る自分の体に興味がなく、頭をシャンプーで洗い、リンス、トリートメントはしない。後は体をボディソープで洗えばそのままお風呂から出て行く。髭なんて、濃くないからそのままだ。多少武将ひげのように、飛び出ているが、気にする必要もない。短い時間で体を洗う事を済ましてしまうので、肌などボディラインに興味がない。
一日の動きとして部屋、トイレ(お風呂)を往復するだけでいい。
部屋に篭れば、1日をトイレ以外で出る事はほとんどない。
そう。人はそれを引きこもりと呼ぶ。
1年前ある事を境に、僕は引きこもりを続けている。
あまり考えないように、手に人気のライトノベルを持ちながら、黒のカラーボックスに順番に巻数を揃えて直していく。
初めは、本と言えば少年漫画だった。目で見て感覚的に楽しめる。けど次第に時間が余ってくると、物足りなさを感じ始め、だんだんと長い時間過ごせるライトノベルを読み始め、今では漫画よりライトノベルが多い。そしてそれらは床に置かれた状態だった。まだ読んでいない積み本も結構ある。オークションで安く落とした本から、ネット購入で買った本まで、さらにまだ箱から出してないものまである。
「これも片付けないとだめだよね」
未開封の箱を、次から次へとため息をつきながら開けていく。
「あれ?やってしまった?」
気がつくと、違う箱から同じ本が。自分では絶対そんな事はしないだろうと思っていた。ゲーム内の仲間から、ネットで注文して、箱から出さずにそのまましていたら、同じ本を購入しちゃったんだよ。と笑い話があった。その時僕は、ありえないだろ~って散々イジッてみたけど、この話はそっと心の奥に締まっておこう。
この本だけだよね?と思いつつほかの箱を開けて、重複している本はなかった事を確認する。
本棚と、黒のカラーボックスにはパンパンに本が並べれらており、やりきった感がある。
これでミッションもクリアーかと思われたが、まだカウントダウンは続いている。
「え?どうして・・・。綺麗に片付けたじゃないか」
周りを見ても、もう本が置かれている事もなく、本当に思い当たる節がない。箱も畳んでとりあえず部屋の隅においてある。
重複していた本も一旦はカラーボックスの奥のほうへ直した。
残り時間15分。
考えている間にどんどん、秒数が減っていく。
パニックになって焦る僕。
「ど、どうしよう?何、なにが悪いの?本当にわからないよーーーー!!」
と叫んだ所で、てぃーんと来た。
「あれか?あれなのか」
ベットの下に隠してある例のアレである。
「しかし、アレはあそこが僕にとっての定位置なんだ。片付けた内に入っているだけど、まさか捨てろとかいうんじゃないだろうな?!」
まだ、外に出れていた頃、僕にとっては勇気を振り絞り、頭の薄いおじいさんがやっている書店を見つけて、どきどきしながら購入した秘蔵のアレなんだ。恥ずかしくて、レジに置いた瞬間、顔をそらしながらお金を払う僕に、不信そうな顔でこっちをじぃーと見てくるおじいさん。
恥ずかしくて書店を出た瞬間に猛ダッシュで帰った覚えがある。
そんな秘蔵のアレを捨てるなんてできるわけがない。僕にとっての青春の一ページなんだ。
だけど無常にも10分の表示。
とりあえず、ベットの下から分厚めのアレを10冊引き出し、どこに直すかを考える。
そういえば、押入れに天井裏の物置があった事を思い出す。
けど、ベットの下に直すのと大して変わりはないような気がするんだけどなと、思いつつ、さっき潰したダンボールを元に戻して、そこに例のアレをきっちり折り目なく直す。
防虫剤も入れておくかと、クローゼットから、きつい臭いがする防虫剤をダンボールにばら撒き、蓋を閉めて、なぜか拝む。
押入れの天井の物置の扉を開ける。カビ臭くはないのだが、埃っぽい。
結構スペースが開いていて、奥にぽつんとダンボールが1箱置かれている。
「こんなのあったっけ?」
埃まみれのダンボールを確認すると、僕が書いた”アルバム”文字が。
「小学校の頃のアルバムかな?」
そういえば、アルバムを昔ここに直したような気がする。
とりあえず例のアレが入った箱をスミに置き、パソコンに戻って今度こそ大丈夫とモニターを覗き込むと、テッテレーーー!とBGMが流れ画面表示が変わる。
”ミッションこんぷりーと!”
この間と同じように、画面いっぱいに表示され、ドンドンパフパフなどの効果音と花火などのエフェクトが表示される。
さっきまで少しBGMが変わったりしてたけど、ここは変わりないんだと、ちょっと思う。
”あなたに小さな幸せが訪れますよ”
と表示され、やったーー!と声が出る。
前回当たったレアガチャ装備は、まだ売らずに置いている。しかも、あれから誰かが当たった気配がない。
有名掲示板にも、僕のキャラ名しか載ってないし。そのおかげでいまだに売ってくれチャットが流れてくるけど。
今度もガチャがあたるのかな?と期待してしまう。
立ち上がってきたログイン画面からアクセスして、ゲームが起動される。
しかし、前回ほしかった装備が当たった事で、気持ちは満足していて、またお金もない。
1000円はもうガチャという魔物に飲み込まれていきました。
「あら、戻って来たの?」
男性キャラのギルドマスターが挨拶してくれる。
「ちょっと、いやな夢をみちゃって」
とチャットで返すと、そうなの?じゃあ、私がリアルで添い寝しちゃおうかしら?と返事が。
この人?キャラ?実はリアルで”おねぇ~”をやってるらしい。だったらキャラも男性キャラではなく、女性キャラでやればいいのでは?といった事がある。
けど返答は、それだと誰かを騙しているようで心が痛むらしい。
ありのままの自分をみてほしいのと、ウィンク付きの顔文字で帰ってきた。
そんなありのままの彼?彼女?に惚れ込んだ人たちが集まってギルド(集団)を作って楽しくやっている。
「いえ、結構です」
と返すと、遠慮しなくていいのよ。いつでも言ってらっしゃい。うふふと返って着た。
一通り、会話を楽しみ、狩りもできる人数もさすがに朝からはいないので、気持ちが落ち着いたから落ちますと、書き込む。
「いつでもいらっしゃい。待ってる」
とログが流れる。
驚く事に、本当にいつログインしても、マスターはいる。本人は、ぼくが入るちょっと前にINすると言っているが、そんな都合よく会うものなのだろうか?
本人いわく愛の成せるわざらしい。
そんなマスターに待ってるといわれる事が、ぼくにとってどれだけ心の救いになっている事だろう。あの事があってから、このゲームを始め寂しく一人で狩りをしていて、もうやめようかなと思った時に、マスターに声をかけられた。
そこからの付き合いなのだが、本当にいつもそばにいてくれるような気がしている。
僕を救ってくれて、見つけ出してくれてありがとう。といいたいが、調子に乗りそうなので、まだ言っていない。
ゲームを落ちると、部屋の明かりをつけなくてもいい時間になっていた。
マスターと話ができた事で幸せを少し感じている。僕は知っている。本当に人と繋がるのは簡単じゃないことに。誰でも無償の仲間意識をくれるわけではない事に。仲間だからむしろ求められるモノがある。けど、このマスターはそんな小さな器ではないと思う。僕が離れれば寂しいだろうけど、笑って門出を祝ってくれるだろう。
そんな人に出会った事をうれしく思う。
これが今回の神様の小さな幸せだったのかな。
物をもらう事もいいけど、それでもいいやと思った時、ふと思い出す。
「そういえば」
もう一度、押入れにある天井の物置にいく。
奥のほうに進み、埃がかぶったダンボール。
埃を払いながら、咳き込みながら、どうにか古いダンボールを開ける。
そこには、一枚、昔よく遊んでもらった近所のお兄ちゃん、かおる君と肩を並べてうれしそうに笑っている僕の写真が。
マスターと話をしていると急にかおる君の事を思い出し、誰かと喧嘩していると助けてくれて、いつも泣いている僕のそばにいてくれた。
彼が親の仕事の関係で引越しの日、泣いている僕に、離れてしまうかもしれないけど、心はそばにいるからな!と約束してくれた事を思い出した。
今の僕をかおる君はどう見えるんだろう?この状況をどうにかしないといけないのはわかっているんだけど、なかなか前に進もうとできない自分が悲しくて泣いてしまう。
一滴の雫が、思い出の写真を濡らしてしまい、まずいと雫を払い、後が残らないように拭く。
「やばいな、この写真のネガなんてないよ」
ふと写真の後ろを見ると、そこには、”またきっと会えるから”とかおる君の文字で書かれていた。
うんうん、と頷きながら止まらない涙を拭き、この写真を見つけさせてくれてありがとうと、神様に感謝する。