一章 十七話 考察
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「……よっと」
目元の涙の跡をそっと拭いながら、まずは自分の体をそっと抱きしめながら寝ているレイラを起こさないようにする。
この村に来てからの二回目の朝日を迎える時点で、すっかりレイラと一緒に寝起きするのが慣れてしまったのは必至だったのか。
もぞもぞとベッドの布団の位置を変えないように這い出ては、音を極力立てないようにして寝巻きから着替え始める。
着替えながらもぼんやり浮かんでいるのは、今朝にみた夢に関することだ。
──あの夢はなんだったんだろう?
夢というのが本人の記憶を整理する際に見るという説がある。確かに先代のメリアドールが残した体に今の人格が宿っているというこの状況なら、先代が生きてた時代のことを夢にみることは不自然ではない。
けどそれではどうしても説明できない部分がある。先代が眠っていた場面の彼の様子や行動が描かれていたことだ。
あの時点で先代は意識がない状態だったはずだ。けれどその状態に呟いた彼の言動や行動を事細かく描写されていた。
彼が呟きそうな言葉を想像して、それが夢に出たという可能性もなくはないが……その可能性は限りなく0に近いと今代は考える。
それなら呟いた本人の記憶等を何らかの手段で得たのだと考えるほうがまだ解る。
知らないはずのことを知っている。
現実世界でもそんな不可思議なことはあったのを知っている。大昔のテレビのバラエティ番組の話だったか。
それはとある理由で心臓を患っており、心臓移植手術が必要だった人物のお話だ。
手術で心臓移植をした男性は、移植後に以前ではしなかった行動や習慣……果てはその家族が知らない言葉を寝る前に呟いたのだという。
そして移植時に使用した心臓のドナーの情報を探るうちに、その心臓の持ち主だった男性がその行動や習慣が取っていたという。ドナーの妻だった人物から、その謎の言葉も夫婦の間の合言葉みたいなことだという話を伺えたという。
臓器にも脳には劣るものの、情報を記憶することがあるのではないか、という話だったと思う。
──すると、やっぱりあの光景を見ているのは彼として、彼のその見た光景をどう知ったか、だよね
少なくとも記憶の中では臓器の移植を受けたことはないし、先日のメリアドールの着替えを手伝ったレイラが手術跡を見逃すとは思えない。
となると考えれるのは、夢の中での描写だ。
──確か、彼の血を唇に含んでたんだっけ?
そっとメリアドールは自分のふっくらとした唇に指をあてて、なぞる。
彼もまた、流した血をこうして唇へ当ててた。
もしかしたら飲んだ血から他人の記憶を読み取れるのだろうか?という仮説が過る。
「んー……けど軽々しく試すのは気が引けるよね」
暴君熊とレイラが、仮説を実証するので候補となる吸血した対象だ。
そのうち片方は動物で、しかもこの手で殺した相手だ。……つい記憶を探る時に首をへし折られた瞬間を見てしまうかもしれない。
そしてレイラの場合は単純にメリアドールがプライバシーの侵害じゃないかと考えて躊躇した。
第一、どこまでの記憶を共有できるのだろうか……それすらわからないというのに。
けど仮にその仮説が正しいとなれば、非常に便利なのは確かだ。
言葉を返さずに相手の知っていることを全てを知ることができる。映像や音声を残したりする術が身近でない以上、人からの情報は多くは伝聞によるものだ。
間違いを起こさない人間がいないのと同様、完璧から程遠い人間が言葉でやり取りをする以上、情報のロスが必ず生じる。
だが、相手の頭の中にあるものをまるごと自分のモノにすることができれば、そういった問題を歯牙にかける必要がないのだ。
賢者と呼ばれている人物の血を吸うだけで、その人物が血を滲むような努力をして得た知識や知恵を労せずに獲得できる。
仮に得れるのが経験といった曖昧なモノも含まれるなら、剣士の血を啜るだけでその剣技をモノにできることになる。
──本当に化物なんだねこの体は。
そう考えては、メリアドールは身震いする。
そのあり方は、人間の行き方を真っ向から否定するものだ。
──そういえば、この体もそうだけど……夜の民という存在は生命と考えるなら歪すぎるよね。
通常の生殖では決して増えず、吸血行為を介してでなければその個体数を増やすことができない夜の民。
太陽の光を苦手とする一方、吸血さえできれば睡眠を取らずに行動できる。摂取した食物は即時に魔法力に還元してしまう体は魔法を扱う上でこの上なく強力な武器となる。極めつけは単純な身体能力だけでも人を超越しているという点。
人類を軽々と凌駕する戦闘能力を持っている癖に、人類を淘汰することができない。人類がいなくなって一番困るのは夜の民だからだ。
こんな種が自然発生するか?と考えれば普通は生まれないはずだ。
となれば……何者かが人間をベースとして生み出した生体戦闘兵器の末裔が夜の民ではないのだろうか?
こと兵器として考えれば、夜の民というのはよく出来ている。
血液さえ確保できれば半永久的に戦闘行為を継続でき、多少の破損は自力で修復可能。
強力な魔法という火力も、適当な食物を摂取することでこれもまたほぼ無限に行使できる。
昼の太陽の下では支障をきたすのであれば、万一叛旗を翻したとしても対応が容易い。
しかしこうも思う。これは戦闘力がありすぎるのではないだろうか。
この世界の人類同士の戦争というのをまだ知らないメリアドールだったが、それでもボタンひとつで都市を吹き飛ばす核兵器のような存在はないはずだと考える。
仮にメリアドールが本気を出して暴れたのならどうなるだろうか?
国の軍隊の戦闘力を知らないので正確なところは不明ながらも、中世の時代の軍事レベルなら一人で一国の軍隊を相手にすることができるのではないか?
そんな存在が100人もいれば、世界は瞬く間に夜の民による支配に陥っていても不思議ではない。
しかしそうはならず、表向きは人類がこの世界の主として君臨している。
果たして、夜の民を生み出しただろう存在は何を思って夜の民を生み出したのか? ただ人類同士の戦争に勝つため、ではないような気がした。
──むしろ、そんな存在が必要な敵が存在したってことかな……?
人類では勝てないような圧倒的な敵対種と戦う為に生み出されたのが夜の民ならば……果たしてそれほどの力が必要な敵とはどんな存在だったのだろうか。
メリアドールの夢から始まった考察は、おばさんからの朝食の知らせが来るまでつづいた。




