一章 十話 帰り道
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どれぐらいの時間が経過したのか定かではないが、レイラがグッタリし始めたのを認めたメリアドールは慌てて壁を背にもたれさせる。
嫌じゃなかっただろうとは思うものの、明らかにがっつき過ぎだったと反省。
「……レイラ、大丈夫?」
「ちょっと、くらくらする」
明らかに貧血一歩手前の症状だなと申し訳なさにシュンとなる。
洞窟の外からはもう少しで日没となるのが伺える、黄昏色の空がチラリと覘く。
ここでレイラが立てるまで回復を待つと、どうしても夜になる。そうなると村の人が余計に心配するのではないだろうか?
しかし、一方で地震に気づいた村の誰かが迎えにくるかもしれない……どちらのほうがいいだろうか?
メリアドールはその場でうーんうーんと悩むものの、下手な考え休むに似たりという言葉を思い出す。
それなら帰り道を急いで進んでいけばいいじゃないか。動けないなら、運んであげればいい。
ナイスアイデアとばかりにメリアドールは早速実行に移す。無事だった荷物を背中に背負いこみ、動いても落ないことをまずは確認。
「ちょっとごめんね」
その後そっとレイラの膝裏と背中へと手を回し、抱え上げる。──俗に言うお姫様抱っこであった。
腕の中で慌てたレイラが顔を真っ赤にしてこちらを見てくる。その表情の可愛さに口の端がヒクついた。
──あー、もうたかが外れたみたい。
今まで恋人のこの字もなかった生き方をしてたからか、一度それっぽい関係になるとズブズブとのめり込んでしまったみたいだと彼女は思う。
わかっているのは自分がすごく幸福感に満ちている事と彼女が大切な存在になったということだけ。
それだけわかっていれば十分だ。
「あの、重たくない?」
「綿毛みたいに軽いよ? さ、行こっか
るんるん、と気分はスキップで──その実人間の全力疾走じみた──洞窟の外へと駆け出す。
腕の中できゃっと可愛い悲鳴が上がる。これ以上浮かれているとちょっと危なくなるなと自制し、駆けていく。
「すごいっ……まるで風みたいね!」
「本当はもっと速く走れるけど、危ないからね」
最初はその速さに驚いていたものの、次第に慣れたのか腕の中ではしゃぐレイラに、抱えている本人はこのままずっと抱えていたいと妄想を抱いていた。
腕の中の温もりがあるというだけで、人はこんなにも優しい気持ちになれるんだ……。
「ねぇ、レイラ……僕の正体のことは内緒にしておいてくれるかな?」
「二人だけの秘密ね!」
「あ、やば、すごくいいそれ」
二人だけの秘密という言葉の背徳感にゾクリとする。
一段と二人の間が密になる気がした。
僕の秘密を彼女が握り、彼女の秘密を僕が握る。許した相手だからこそできる関係。
「それに。さっきの、すごく気持ちよかった」
「僕も、レイラの血……蕩けるようだった」
メリアドールの率直でまっすぐな発言にレイラは両手で自分の顔を覆っては頭を振った。
「やぁ、恥ずかしい……その、7日間に一回ぐらいなら、いい?」
「うん」
本音は毎日といいたいけど、血が戻るのを待つべきだった。
今度オーヴォさんの狩りに付き合ったら、動物の肝を使った料理をしてあげようかなと心の備忘帳にスケジュールを書き込む。
一時はどうなるかと思ったが、目撃者のレイラの協力を得れたのでこれで村から逃げるように去る必要はなくなった。
それだけでなく、これからも大好きなレイラとも会える。
安堵がメリアドールの胸の内に広がっていく。
──またレイラとお出かけできればいいな。ああ、その時は僕の棺桶のある洞穴に連れて行ってみようかな?
そんなことを考えつつも、次第に空に群青が広がっていくあたりで村の明かりがチラチラと見える位置になった。
おそらくは三十分も経ってないはずだとメリアドールは体内時計から推測する。
ここからは徒歩だ。タッタッとステップを踏んで、徐々に減速をかけていく。
完全に止まったあたりでレイラを下ろす。流石に同い年の女の子を軽々と担ぐのは不自然だろうというメリアドールの主観からの判断だった。
最初は覚束無いフラフラした様子だが、数歩ほど歩けば普段通りの歩みになった。
それじゃ帰ろうかといったあたりで、レイラはメリアドールの手をそっと握る。
メリアドールと同じぐらいの手の大きさで、指の細さも似たような感じだった。
「手、繋いで帰ろ?」
「うん」
メリアドールが一歩ほど前に出る形で先導し、村のほうに歩いていくとオーヴォらを中心にした村人らがこちらを見つけたのか大きく手を振っていた。
見えている村人の持ち物や身につけている物を見た感じ、これからレイラらを探しにいくところだったようだ。
「ほら、レイラ……ついたよ?」
「うんっ」
村の方へと駆け出していく後ろ姿をみながら、メリアドールは目を細めて自分があの命を守れたことに嬉しさを感じた。
自分が村へとたどり着いた時には、村中の人々から揉みくしゃにされているレイラの姿にくすりと笑みを零す。
「おお、メリアドール……よく無事で帰ってきたな」
「ええ、心配させました村長さん。洞窟の中で地震が起きたのでびっくりしましたよ」
話を伺うと、村にも地震の揺れがきたそうだ。幸い家が倒壊することはなかったそうだが……その時外に出ていた二人が無事か心配になったそうだ。
そこでオーヴォを中心に何人かの男手で洞窟までの道を進んでいって二人を探そうといった話になって、ちょうどこれから出発しようとしてたという。
視界の端では感極まった様子のおばさんの熱烈なハグと頬ずりとであうぅっとレイラが少々愉快なことになっていた。
「ちょっとお前さん、その穴どうしたのだい?」
頬ずりからレイラを開放しながら、メリアドールのお腹あたりについた穴に目が行く。
しまった、そのことについての言い訳を考えてなかったとメリアドールは内心焦った。が、すぐにレイラがメリアドールに対してウィンクをする。
助け舟を出してくれたのだ。
「そのね、メリアが落下した岩から私をかばってくれたときにね」
「あ、そうそう! 岩が掠めて……ヒヤッとしたね」
「そうか。となるとメリアドールはレイラの命の恩人ってわけだ。ワシからも礼を言わせておくれ」
「服なんて私が繕ってあげるわ、二人共、無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」
改めておばさんが二人を同時に胸に抱く。レイラもメリアドールも、この時はおとなしく抱かれていた。
そういえば、とメリアドールは思い返していた。
最後に母さんに抱きしめてもらったのは、いつだったのだろう……。
「メリア……泣いてるの?」
自分の目から涙がこぼれていることに、指摘されて初めて気がついた。
悲しくないはずなのに、何故か目から涙が落ちるのが止んでくれない。
「そうだねぇ……まだ、親が恋しいだろうに、一人でいるのは辛いだろうね」
「あの、その」
違うと言いかけて、けど言い出せずに享受する自分は弱いのだろうか。
どこかでそれでいいのよ、と今の自分と同じ声色の言葉が聞こえた気がした。
「いつまでアンタがここにいるかわからないけど、それまで私が母さんの替わりをしてあげるさ」
「あ、なら私、メリアといっしょに寝たい!」
「ふふ、レイラはそういっているけどどうするのかい?」
大好きなレイラが期待の眼差しでこっちを見ている。
……メリアドールにその選択を断る余地はなかった。
一人称と他人称、どっちのほうがいいのかなと迷いながら書いています




