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一章 九話 洞窟にて 後編


地響きと岩の落下による騒音が収まるのをただひたすら耐える。

背中を中心に体中を何かがぶつかり、時にはズブリと内部へと至る苦痛。ぼたぼた、と液体が零れ落ちる音と共に鉄錆の匂いが鼻を突きさす。

ぐっと、口から苦悶と共に血がこみ上げ、吐き出しそうになるのを堪える。

ドロリと粘性の富んだ赤い液体が、左の視界を覆っていき、目を開けていられずに閉じていく。


生前の自分だったら、今頃泣きわめいていただろうなぁ……。

想像を絶する苦痛が、却って思考を冷却していく。

むしろ強すぎる痛みは発狂すら許さないといった俗説が頭を過ぎる。実際はどうなのだろうか、これもまた夜の民の力とやらなのだろうか。

メリアドールは現状の自分の置かれた状況の把握に努めた。

恐らく鋭く尖った岩が体を貫通している。細かい損傷ならもう数えるのも億劫だった。


顔をゆっくりと真下に向けた。そこには……信じられないものをみて言葉を失っているレイラがいた。

少しつつけばそれをきっかけに泣き出しそうな、そんな顔をしている。

ああそうか、……普通の人なら、まず生きていない大怪我をしているのだから当然だ。


「大丈夫、かな?」

「ひっ……!」


明かに怯えの混じった声がメリアドールの心を嬲った。嫌われたり、怯えられたり……そんな目で見られるのは正直辛かった。

けれど……と、メリアドールは泣き笑いする。

腕の中に収まった彼女が無事であったことに。


「待っててね。僕のことを嫌いになっても、いいから……けほ、ここから出してあげるから」


非実体化したシトリンから現状のことを聞きながら、レイラに優しく語りかけた。

洞穴そのものが崩れたのではなく、あくまで落下してきた岩の下敷きになっているだけとのことだ。

そうなれば全力を出せば落石程度は造作無く、ゴロゴロと岩を除きながらその場に立ち上がった。

腹部から突き出た岩の突起を背中側から引っ張って抜く。 ゴロンっと転がるソレを眺めながらも、傷はみるみるうちに復元していった。


「嘘、あれだけの大怪我して、平気だなんて」

「うん。そうなんだ……僕は、化物だよ」


あかりの松明が亡くなったので、もはや光源となるのはヒカリゴケの淡い光だけだった。

メリアドールは一息つくと、洞穴の手頃な壁にもたれかかりながら、告げた。


「僕は夜の民。キミ達の血を吸う悪い存在。……そう、呼ばれているのは事実」


一人だけの独白に、レイラの息を呑む気配を薄暗い中察する。

夜の民という言葉は人間社会でも悪と認識されており、子供の言うことを聴かせる為に使われる恐怖の代名詞でもある。


──ちょっと、血を抜いてしまったのが痛いなぁ。


ただレイラを助けることで思考がいっぱいになって、自身への防御を怠ったツケがきていた。

おかげで今、メリアドールの中では吸血衝動が渦巻いている。

目の前の美味しそうな彼女の生き血を啜りたい衝動が、油断すれば体を乗っ取ってしまいそうになっていた。

だからこそ、自力で動けるなら……逃げて欲しかった。


「こうして、二人になったのも……元々はキミを食べる為だから、今が、逃げるチャンス、だよ……?」


故に、恐怖を煽って、己を恐れさせて。

自分を悪役に仕立てて、逃がす演技をする。

レイラがその言葉を受けて、ゆっくりと立ち上がる気配を、瞼を閉じた状態で認識する。

そしてメリアドールの前を──横切らずに。


「──ごめんなさい」

「え?」


レイラは涙を零しながら白髪の乙女を見つめていた。ぎゅっとスカートの裾を握りながらの謝罪。

何故謝ってくるのかが、メリアドールには不可解だった。


「最初のごめんなさいは、助けてくれたお礼を言い忘れてた事。ありがとう……まずは最初に、これを言わなきゃいけないのに」

「あの、レイラちゃん?」

「次のごめんなさいは、貴方の言うこと聞けないから……」


メリアドールに飛び込むように身を預けてくるレイラを、メリアドールは咄嗟に抱く。

腕の中にある温もりが、吸血衝動という炎に燃料を投じた。

レイラの首にメリアドールの熱い吐息が当たり、熱っぽい目つきがレイラにこれからされるかもしれないことを想像させた。


「っ、ぁ……」

「ひゃっ……襲うって決めた子を助けるなんて、矛盾してるよ?」

「ぁ、ぅ、けど、襲いたいってのは……ホント、だよ」


彼女を抱えている腕が震えてる。気を抜くと彼女に手を出しそうになるのを堪える。それなのに、レイラは逃げようとせずに……むしろしがみつくように密着してきた。

まるでここから逃げないと告げるように、何をされても受け入れると……そんなことを示している様子だった。

何故逃げないの? 僕はキミを傷つけたくないのに。緋色の目による訴えにも、レイラは退かなかった。少しだけ俯いては、気恥ずかしげに顔を赤く染めながら。

レイラは今までメリアドールから感じていた思いの正体を自覚した上で、告白した。


「私ね……貴方の事、好きみたい」

「あ、うぇ、ぇ……!?」

「変でしょ? 初恋の相手が女の子だって……けど、メリアドールを、メリアをみてたら私、ずっと一緒にいたいって」


レイラの告白は、メリアドールの心にこれ以上ない衝撃を与えた。

全身の血が煮沸してしまったかのような熱さで、呼吸を忘れさせて……レイラを見つめる。


「夜の民だって構わない。だって、私はメリアドールって人のことが好きなんだから」

「レイラ、僕……も」

「も?」


まるでレイラからの熱が移ったかのように、気恥ずかしさとそれを上回る愛しさをぶつけた。

さっきの悲壮感が、嘘のように消え去っていた。

受け入れてくれた悦びが、吸血衝動とは別の衝動を沸き上がらせていく。

ああ。これが──恋に落ちるという感覚。


「僕もレイラが好き。最初にあったときから、一緒にいたいと思った」

「うん。嬉しいな」


互いに互いを求めるように、抱きしめ合う。

レイラの背中を、メリアドールの指が撫でていく。そろそろ、我慢できなくなってきたのを、メリアドールは熱に浮かされながら感じる。

そっと差し出すように、首を見せるレイラの首へ……牙を突き立てた。


──洞窟内で、幼い二人の嬌声が溢れる。


レイラの血が、甘い。暴君熊みたいな苦味ではなく。いくらでも吸いたくなってくるぐらいの、甘露。

腕の中では、レイラが幼い顔を、妖艶なまでに色っぽい声で初めての快楽の洗礼を受けていた。夜の民の吸血は、人の夜の営みを時には凌駕する程の気持ちよさがあるという知識がちらりと掠める。

いつしかレイラを押し倒して、手足をつかってレイラの体を捕らえていた。

いつしかレイラからは百合に似た香りがすることに気づいた。甘く蕩けるような甘い香り、(メリアドール)という存在を誘う無垢で艶やかな華。

肉食獣のようにレイラを貪るという背徳感と征服感が、メリアドールに悦楽を感じさせる。もっとレイラが欲しいという欲望が渦巻く。


「あぅっ、んっ、はひっ……!」

「ん、ふぅ……もっと、聞かせて欲しいな。レイラの、声」

「メリアぁっ、ふわふわ、するぅ、血、吸われただけ、なのにぃ」


いけないことをしているのを自覚しているくせに、のめり込んでいく。

ああきっと、これが溺れるということなんだろう。

恥ずかしさで目を瞑って、洪水のような快楽を耐え忍ぶ様子が愛らしい。

落ちて、落ちて、どこまでも堕ちていく……メリアドールはその逸楽に身を委ねた。

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