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自己愛者(ナルシシスト)の婚約者から逃れて:バリ島で私を救ってくれた人  作者: NoxVane


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第39章 翻弄するメッセージ

 静寂が流れる部屋で、トリアはベッドの上に身を横たえたまま動けずにいた。羞恥心に耐えかねて上げた悲鳴を押し殺すように、顔は枕に深く埋められている。荒かった呼吸がようやく落ち着きを取り戻し始めたが、ユダの声が脳裏をよぎるたびに、心臓はまた不規則な鼓動を刻んだ。


 薄暗い照明が、壁に柔らかな陰影を落としている。トリアは顔を少しだけ動かし、すぐ傍らに置かれたスマートフォンに視線を向けた。画面は消えているが、どうしてもそこから目を離すことができない。


 その時、シーツの上で微かな振動が伝わった。画面が明るくなり、メッセージの通知が表示される。着信ではない。ミラからでもない。見覚えのない番号からの、たった一行のテキスト。けれど、トリアにはそれが誰からのものか、すぐに分かった。


 ユダ:『夕飯、食べた?』


 トリアは息を呑んだ。指先が画面の上で彷徨う。気さくに返すべきか、素っ気なく振る舞うべきか、あるいは見なかったことにするか。


『まだです。動くのが面倒で』と打ち込み、すぐに消した。あまりにカジュアルすぎる。これでは距離が近すぎるのではないか。


 次に『まだ時間がなくて』と打ってみたが、これも消した。今度は冷たすぎる気がした。


 結局、彼女が送ったのは、たった一言だった。


『まだです』


 これ以上深く考えるのが怖くなり、すぐに送信ボタンを押した。


 数秒が経過した。画面は暗いまま。トリアは唇を噛み、すぐに後悔し始めた。怒っているように聞こえただろうか。それとも、機嫌が悪いと思われただろうか。


 スマートフォンを部屋の隅に放り投げようとしたその瞬間、再び通知が届いた。


 ユダ:『料理したくないなら、何か注文しなさい。面倒だからって、お腹を空かせたままにしないように』


 トリアは瞬きを繰り返した。目を細め、それから大きく見開く。その言葉は命令のようにも聞こえたが、そこに含まれた柔らかな響きは、むしろ心配しているようだった。


 今度は、先ほどよりも早く指を動かした。


『お腹は空いてません。ただ……さっきのことが、まだ頭から離れなくて』


 送信ボタンを押した直後、トリアは慌てて自分の口を両手で覆った。なんてこと。さっきのこと? さっきのことって何!?


 彼女は毛布を引き寄せ、顔全体を覆い隠した。このまま消えてしまいたい。けれど、燃えるような恥ずかしさの裏側で、胸の奥には温かな何かが広がっていた。向こう側にいる誰かもまた、自分のことを考え続けているのだと確信したから。


 スマートフォンの画面は点灯したまま、返信を待っている。五秒、十秒。空腹ではなく、不安で胃のあたりが締め付けられるほど、長い時間が流れた。


「また変なことを言っちゃったかな……」


 毛布の端をいじりながら、指先が落ち着かなく動く。送信を取り消そうかと指が画面に触れかけたが、寸前で止まった。


 読んでしまったのなら、仕方ない。読んでいないのなら、それはそれでいい。そう自分に言い聞かせた。


 だが、ユダは確かにそのメッセージを読んでいた。再び通知音が響く。


 ユダ:『家に着いたら電話するって言ったこと? それとも、ミラに向かって「大好き」って叫んでたこと?』


 トリアは息を止めた。目を見開く。左手で咄嗟に口を塞いだ。まるで、そうすれば送ってしまった言葉をすべて回収できるかのように。


 返信はできなかった。勇気がなかった。


 数秒後、さらに短いメッセージが届いた。それはまるで、耳元で静かに囁かれたかのような響きを持っていた。


 ユダ:『俺も、そのことを考えてたよ、トリア』


 トリアはその一文を何度も見つめた。深く息を吸い込み、薄い氷の上を歩くような慎重さで、一文字ずつゆっくりと打ち込んだ。


 トリア:『気にしないでください。ただの……口走っただけですから。ミラがあまりに意地悪だったから』


 ユダ:『ただの口実なら、どうして俺はさっきからニヤけが止まらないんだろうな』


 トリアは息を詰めて画面を見つめた。指先が強張り、あからさまな揶揄に対してどう返せばいいのか分からなくなる。


『変な人』と打ちかけたが、すぐに消した。恥ずかしさを隠すために、より無難な言葉を選んだ。


 トリア:『もうお風呂に入ってください、ユダさん。さっき入るって言ってたじゃないですか』


 数秒後、返信が届いた。トリアは不規則な鼓動を抑えられないまま、それを読んだ。


 ユダ:『ああ、今から入るよ。でも、先に何か食べるのを忘れないように』


 ユダ:『今すぐ注文しなさい。夕飯が遅くならないようにね』


 トリアは深く息を吐き、胸の鼓動を鎮めようとした。文字を通した小さな気遣いが、かえって親密に感じられた。


 トリア:『はい、今から頼みます。ユダさんも、お風呂の後にちゃんと食べてくださいね』


 ユダ:『了解、ボス。また明日、会社で』


 トリアはスマートフォンを胸の上に置いた。薄暗い天井を見上げ、夜の静寂に身を委ねる。


 部屋の隅にある掛け時計の音が、今ははっきりと聞こえた。彼女は体を横に倒し、抱き枕をぎゅっと抱きしめた。


 胸の奥から足の先まで、温かな感覚が広がっていく。枕の端を握りしめ、沸き上がる得体の知れない感情を抑え込もうとした。


 もう一度スマートフォンを手に取り、短いやり取りを読み返す。抑えようとしても、笑みがこぼれてしまう。


 そして、突然――。


 バタン!


 ノックもなしに、部屋のドアが勢いよく開いた。そこには、少し乱れた仕事着のまま、肩で息を切らしたシャニアが立っていた。


 トリアは飛び上がった。手に持っていたスマートフォンが滑り落ちそうになったが、間一髪の反射神経で掴み取った。


「ちょっと、お姉ちゃん!」


 スマートフォンを胸に抱え込み、トリアは叫んだ。驚きのあまり、心臓が倍の速さで跳ねている。


 シャニアは悪びれる様子もなく、白いビニール袋を掲げた。そこからは、ニンニクと唐辛子の食欲をそそる強い香りが漂ってくる。


「お腹空きすぎて死にそう、トリア。一緒に食べよう。表でナシゴレン・ギラを買ってきたから」


 シャニアはそう言いながら、部屋の外にある小さなダイニングスペースへと歩いていった。


 文句を言おうとしたトリアだったが、その誘いに毒気を抜かれた。堪えていたはずの満面の笑みが、自分でも制御できないほど溢れ出した。


「ちょうどよかった。私もまだ食べてなかったの」


 トリアは弾むような足取りでベッドから降りた。


 木製の椅子に座り、テーブルの上で湯気を立てる二つのナシゴレンを見つめる。その料理を見る彼女の瞳は、キラキラと輝いていた。


「じゃあ、着替えてくるわね」


 シャニアは着替えのために自分の部屋へと向かった。


 トリアは小さく頷いた。両手で頬杖をつき、ナシゴレンの包みをぼんやりと、けれど喜びを隠せない様子で見つめていた。


 ほどなくして、リラックスしたTシャツと短パン姿のシャニアが戻ってきた。彼女はトリアの向かいに座り、包みを開き始めた。


 二人は黙々と食べ始めた。けれど、トリアが一口運ぶたびに、その口角は甘く、緩やかに持ち上がっていく。


 スプーンの上の米粒を見つめながらも、彼女の思考は「ニヤけが止まらない」と言ったユダの言葉に囚われたままだった。


 シャニアが手を止めた。スプーンを置き、眉間に深い皺を寄せてトリアの顔をじっと観察する。


「トリア、あんた大丈夫?」


 シャニアが平坦な声で尋ねた。


 トリアは顔を上げた。顔にはまだ、消しきれない笑みの残滓が浮かんでいる。「大丈夫だよ。どうしたの?」


「ナシゴレンは確かに美味しいけど、一人でニヤニヤしながら食べるほど面白くはないでしょ」


 シャニアが呆れたように皮肉を言った。


「ゲホッ!」


 トリアは軽くむせた。慌ててコップの水を手に取り、突然の動揺を隠すように一気に飲み干した。


「な、何言ってるの? 温かいうちに美味しく頂いてるだけだよ」


 頬が再び熱くなるのを感じながら、トリアは言い返した。


 シャニアは目を細め、疑いの眼差しを向ける。「ありえない。その笑い方は怪しすぎる。宝くじでも当たったの? それとも、男からメッセージでも来た?」


 ドキッ。


 シャニアの推測は図星だったが、トリアは聞こえないふりをした。頬を膨らませるほど、ナシゴレンを口いっぱいに詰め込む。


「ホテルの方はどうだったの? 仕事は順調?」


 口の中がいっぱいで、少し不明瞭な声でトリアが尋ねた。


 シャニアは鼻を鳴らした。スプーンを置き、腕を組んでトリアの挙動をさらに鋭く観察する。


「話をそらさないで。今、私が気になってるのは、あんたのその変な顔よ」


 トリアは平静を装おうと努めた。ゆっくりと飲み込み、突然乾きを感じた喉を潤すために再び水を飲んだ。


「変って何よ。普通だよ。お腹が空いてたから、食べられて嬉しいだけだってば」


 論理的な理由を探しながら、トリアは再び言い逃れをした。


 シャニアは目を細めた。「トリア、私はね、ただお腹が空いてる人と、何かがあって浮かれてる人の区別くらいつくわよ」


 トリアはシャニアと目を合わせることができなかった。再び俯き、スプーンの先で皿の端にあるクルプックを突き刺した。


 食卓に一瞬の沈黙が流れる。シャニアは頭の中でバラバラになったパズルのピースを組み立てているようだった。


「ちょっと待って……」


 シャニアが低く呟いた。何かに気づいたかのように、彼女の目が突然大きく見開かれた。


 トリアが顔を上げる。「え?」


 シャニアは身を乗り出し、トリアの目を真っ直ぐに見つめた。


「もしかして……ユダと付き合い始めたの!?」


「ゲホッ! ゲホッ、ゲホッ!」


 トリアは激しくむせた。顔が真っ赤になるまで激しく咳き込む。パニックになりながら、テーブルの上で水を求めて手を彷徨わせた。


 その反応を見たシャニアは、満足げに高笑いした。彼女はすぐに立ち上がり、トリアの背中を勢いよく叩いた。


「ほら! やっぱり! 図星じゃなきゃ、死にそうになるほどむせるわけないもんね!」


 シャニアは勝利を確信したように、声を弾ませた。

第39章、お読みいただきありがとうございます。

ユダさんとのLINE交換、そしてシャニア姉さんの鋭いツッコミ……トリアさんは落ち着く暇がありませんね。

「シャニア怖い」「二人のやり取りが甘い」など、感想をコメントでいただけると嬉しいです。

次章もどうぞお楽しみに。ブックマークよろしくお願いいたします。

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