6.花の冠のように
「馬車に着替えがあるって話していたけど」
「馬車?」
イザークは妹の様子を思い返してみる。
「その方向には行ってはいなかったと思う」
むしろ逆の方向だった。
メラニーはなぜ自分に、リアの体調が悪いと言ったのか。
勘違いしたのか?
イザークが眉を顰めれば、リアは溜息をついた。
「私、このドレスを着直して、このまま帰るわ」
「でもリア、ドレスを一人で着ら──」
一人で着られるのかとイザークが思ったとき、椅子から立ったリアのドレスが落ちそうになった。
「リア」
どうすれば防げるかわからず、半ばパニックとなって、イザークは手を伸ばしてリアを抱き締めた。
「大丈夫か」
「……ええ。ごめんなさい」
ドレスは落ちずにすむ。
「いや」
ほっとするが……密着している。
リアのプラチナブロンドの髪。花のような香りがして、眩暈がした。
ずっとリアを抱きしめたいと思っていた。
はじめてこうしてリアを腕に抱き、思考が曖昧になった。
頭の芯が痺れたようになって。
「──リア、俺……」
リアの顎に指をかけ、彼女の紫色の双眸を見つめる。
「俺……君が──」
ずっと抱えていた想い。それが言葉となって、唇からふと零れ落ちてしまった。
「君が好きだ」
告白して、イザークは凍り付いた。
(言ってしまった)
「イザーク?」
リアは瞬く。
ずっと告げる気はなかったのに──。
「私もあなたを信頼しているし好きよ?」
そうじゃない。
(そうじゃないんだよ、リア……)
リアはイザークのことを幼馴染で、友人として好きだと言っている。
自分の気持ちは、それだけじゃない。
──リアに恋をしている。もう、本当にずっと長く。
「俺の好きはそういうのじゃなくて……」
「え?」
説明しようとして、イザークは胸が詰まった。
哀しみ。強い自己嫌悪で。
(……俺は馬鹿か。恋心を伝えても仕方ない。リアを困らせるだけだ)
大切にしていたリアとのこの関係性も壊れてしまう。
「……いや」
諦めている。
リアには婚約者がいる。違う相手と結婚する。
今まで何度もしてきたように、自身に言い聞かせる。
「ドレス、押さえているからもう大丈夫よ」
「ああ」
気をつけて、イザークはそっとリアから離れた。
「……着るの手伝うよ。リボンを付ければいいのか?」
「ええ」
手助けしたいと思い、そう提案したが女性のドレスというのは繊細で複雑だった。
イザークは手こずりながら、なんとか背中のリボンを丁寧に結ぶ。
「ちゃんとできてるか、わかんないけど」
もう崩れたりはしないはず。
彼女は鏡で背を映した。
「ありがとう、イザーク。助かったわ」
リアが微笑み、イザークは胸を撫でおろした。
意図せず、気持ちを口にしてしまった。
(……きっと俺は意識がないリアを前にしても、何にもできない)
好きすぎて。
絶対に、手なんて出せない。
とても大事だから。
リアが傷つかないよう、何もないように、ただ見守ることしかできない。
「私、屋敷に戻るわ。メラニー様に、帰ったと伝えておいてくれる?」
「了解」
イザークは首肯した。
「馬車まで送るよ」
リアと部屋を出る。帰る彼女を馬車まで送った。
◇◇◇◇◇
お茶会の会場に続く小道で、白い花を見つけた。
昔の記憶が頭をよぎった。
(花の冠をリアに作ってもらったっけ)
──子供の頃、リアはイザークとパウルに言った。
「いつか絶対、二人とかけっこして勝って、私が作ってもらう!」と。
勝者は、本当はいつもリアだったのだ。
自分もパウルもリアのことが大好きだったから。
イザークは白い花の前に跪く。
リアは花の冠を一つずつ編んでくれた。
リアも花の冠のように、もう一人いれば。
そうしたら、もう一人のリアは自分に恋をしてくれたかもしれない。
イザークは髪をかきあげる。
(本当馬鹿だ、俺)
リアは一人。
子供の頃は、リアはパウルに恋をし。
今は皇太子と婚約していて。
自分を好きになることは、たとえリアが二人いたとしてもなかっただろう。
でも。
もしも。
子供の頃、リアと村に残っていたら。
あるいは彼女が皇太子と婚約しなければ。
リアと自分が結ばれる未来もあったのだろうか……?
イザークは立ち上がる。
皇太子を前にすればいつも懐かしく感じる。ジークハルトに好感をもっている。
ジークハルトに対してリアも同じなはずだ。
気持ちを告げてしてしまったからか。
感傷的に昔を思い出してしまった。
風に揺れる白い花の咲く小道を、イザークは苦く笑み、一人歩いた。
完




