4.嵐のごとく
婚約決定後、イザークは久しぶりにアーレンス家に行き、応接室でリアと会った。
「皇太子殿下との婚約が決まったんだな」
リアは頷く。
「それでこのところ忙しくて」
彼女は疲れてみえた。
家庭教師が増えたらしいし、皇宮へ行ったりして、大変なのだろう。
「息が詰まらないか?」
イザークはリアが心配になる。
「授業がたくさん増えたし、羽を伸ばしたいとは思う」
草原を駆けまわって、互いにあの頃は伸び伸び過ごせたが。
イザークはリアを村に連れていってあげたかった。
(いつになるんだろう)
リアと旅行したり、一緒に留学したりして暮らしたかった。
リアの婚約に痛みを覚えながら、近況を知らせ合っていれば、部屋の外がいやに騒がしくなった。
(?)
「なんか、ざわついてる」
どうしたんだろう。
「領地に行っていたお父様が、戻ってこられたのかも」
「挨拶しないとな」
イザークはリアの兄弟は苦手だが、義父とは話しやすかった。
彼女の実の両親とは更に親しかった。本当に良いひとたちだった。
イザークはぼんやりとしながら訊いた。
「そういえば前、リアは、君のお父さんみたいなひとと結婚したいと言ってたけど、皇太子殿下は似てる?」
もしパウルと結ばれたなら、どちらも大事な友人で大好きだし祝福できた。けれど知らない人間との結婚を祝えるか……わからない。
皇太子はどんな人物なのだろう。
リアを大切にしてくれるひとだといいけれど。
「ううん。父様とは似ていないわ」
リアはかぶりを振り、複雑な表情になる。
すると扉のほうから声が聞こえた。
「何をしているんだ?」
目線を向けると、扉が開いており、そこに一人の少年の姿があった。
金色の髪、セルリアンブルーの瞳──。
リアは椅子から立つ。
「ど、どうしてこちらに……!?」
「その男は誰だ」
「え……」
整った顔立ちの少年に、イザークは瞠目する。
「パウル……!?」
間違いない。パウルだ。
「君、生きていたのか……!?」
声が掠れた。亡くなったはずだが……生きていたのか。
涙ぐむイザークを、パウルは無視した。
「リア。この男は誰かと聞いているんだが?」
リアは戸惑いながら返事した。
「彼は……私の幼馴染ですわ。村にいたときの」
パウルはイザークに視線を移す。
「ああ……侯爵家に引き取られたという」
状況がみえない。
なぜ、知らないひとのように話すのか。
混乱しているイザークにリアが声をかけた。
「イザーク、このかたはジークハルト殿下」
え──。
「皇太子殿下……!?」
(パウルだろ……!?)
これほどそっくりなのだ。
昔より成長はみられるが、そのままだ。
イザークはまじまじとその人物を直視する。
少年は不機嫌な顔をして、検分するようにイザークに視線をあてる。
見知らぬ赤の他人に向ける目だった。
イザークは力が抜ける。
「嘘だろ……」
そんな。
(別人……)
彼はパウルではなく、違う人物……。
しかも……。
(リアの婚約者の皇太子)
イザークは眩暈を覚えながら、泣いてしまいそうな顔を伏せ、挨拶した。
「……殿下、失礼しました。イザーク・クルムです」
ジークハルトは皮肉に笑んだ。
「屋敷を訪れてみれば、幼馴染と逢引きか、リア。オレという婚約者がいながら」
「逢引きなんかじゃありませんわ!」
「現に男と二人きりではないか」
ジークハルトが責めるようにリアに言い、イザークは否定した。
「……殿下、誤解です。俺とリアは昔からの友人です」
リアが誤解され、悪い立場になるようなことになってはいけない。
リアは説明をする。
「イザークは幼馴染で、友人だから会っています。決して逢引きなどではありません」
そう、ただの幼馴染で友人だ。
それだけ。
「幼馴染との話を邪魔したようだな。オレは君に菓子を持ってきただけだ。帰る」
ジークハルトは身を翻す。
衝撃を受けていたが、イザークとリアが見送ろうとすれば、ジークハルトはそれを制した。
「見送りはいい。来るな」
彼は冷ややかに言い放ち、帰っていってしまった。
嵐のようにやってきて、去っていった。




