第5話 ファーマ君、スカウトされる
今日は昼前から、リリ、ミミ、僕の3人で街へ買い物に来ている。昨日の夜は干し肉作りで夜中までかかってしまったので2人も今日の仕事はお休みだ。
今日の目的は、野菜などの食材の購入と服の生地の購入。昨日の干し肉作りの際に、リリとミミの服が、かなり傷んでいたのに気付いたので、2人に服を作ってあげる事にしたのだ。2人とも最初は遠慮していたのだけど「生地から作れば安くできるから遠慮しないで」と説得したら、今は納得してくれて、生地選びを楽しみにしている。
あと、僕は収納魔法道具が気になっているのでそれも見てみたいな。
最初に向かったのは、リリ達が服を買う時にいつも利用している、この町で1番安い服屋さん。それでも、2人が新しい服を買えるのは年に数回だけなのだとか。
店の名前は【デオドラン】……体臭が抑えられそうな名前だな。
「いらっしゃいませー」
店に入ると、明るく元気な声で女の子が挨拶してきた。
「リリ、久しぶりね」
「久しぶり、アンナ」
「元気にしてた? 本当にリリは滅多に来ないんだから。女の子はもう少しおしゃれしなきゃダメよ?」
「あはは……そうしたいところだけどお金が、ね」
結構親しい仲のようだ。聞いてみると2人は同じ年齢で、子供の頃からの友達らしく、成人してからはリリが服を買いに来た時にしか会わなくなっているらしい。ちなみにこの国の成人年齢は16才だそうだ。
「今日は服じゃなくて生地を買いに来たの、見せてもらっても良い?」
「もちろんよ。でも生地なんてどうするの? 服、作った事ないわよね?」
「へへー、実はね。この子、ファーマっていうんだけど、この子が作ってくれるのよ」
「男の子みたいな名前ね。どこの子? こんな小さな子に服なんて作れるの?」
「アンナ、男の子みたいじゃなくて、ファーマは男の子よ。可愛い顔はしてるけど」
「うそっ?」
はい、男です。リリが小声でフォローを入れてくれたけど横に居るんで丸聞こえなんだよね……男としては女の子みたいとか可愛いとか言われるのは嫌だ。髪、短く切ろうかな?
「ファーマは凄いんだよ。なんでも出来ちゃうんだから」
ミミ、誉めてくれるのは嬉しいけど、なんでもは出来ないから……
「とりあえず、錬成魔法が使えるんで、服なら作れますよ」
「ええー! 錬成魔法?」
僕の言葉を聞いて、店の奥から小太りの男性が慌てた様子で走ってきた。
「君、本当に錬成魔法が使えるのかい?」
「ええ、まあ……」
小太りの男性は僕の両肩をガシッと掴み、僕をガクガク前後に揺らしながら興奮している。
「お父さん落ち着いて」
「ああ、すまない」
どうやら、彼はこの店の主人でアンナの父親らしい。名前はワックスさん。床がピカピカになりそうだね。
「ところで、なんでそんなに驚いているんですか? 物作りの商売をやっているお店なら普通に使える人がいるんじゃ?」
「馬鹿な事言っちゃいけない。一般庶民の店に魔法なんて使える人がいるわけがないだろう。そんな魔法が使えるなら貴族のお高い服を作っている店で高い給金貰って働いているよ。うちは全部手縫いだ」
それは知らなかった。魔法の世界だからって誰でも魔法を使っている訳じゃないんだな。
「それは知りませんでした。まだ、田舎から出てきたばかりで、そういった常識には疎くて……すいません」
「君は子供なのに、大人びた話し方するねぇ」
「あ、それ私も思った」
「うんうん、私も思ってた」
まあ、頭の中は中学生なんだけどね。自分でも子供らしくないとは思うけど、取り繕っていてもボロが出そうだし、自然体が1番だよね。
「まあ、そんな事より生地見せてもらおうよ」
「ファーマ君、だったな」
「はい」
「生地はタダであげるから、ここで服を作ってみせてくれないか?」
「お父さん!?」
「いや、こんなチャンス滅多にないだろ?」
「それはそうだけど」
「本当に良いんですか?」
こちらとしてはお金がいらないのは、ありがたいけど、この店もそんなに余裕があるようには見えない。今、いるお客さんも僕達だけだし……
「ああ、構わない」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
リリとミミに生地を選んでもらい、早速服を作る。2人が選んだのは白色の生地と、水色に近い青い生地。希望は動きやすい服。
作業台を1台借りて生地をそこに乗せ、生地に神力を馴染ませる。服のイメージを頭に浮かべ【創造】を発動。
数十秒ほどで、リリとミミのお揃いの服が完成した。
良い出来だ。僕と同じくポケットの沢山付いたジャケットとズボンを青の生地で作り、白色の生地はTシャツにした。生地が薄かったので、ジャケットとズボンは生地を重ね合わせて厚くしているので、破れにくいだろう。
「僕と同じ服にしたけどこれで良い? 動きやすくて良いと思うけど」
「うん、ありがとう。早速着てみるわ」
「お姉ちゃん、お揃いだね」
どうやら気に入ってくれたようで、2人は試着室へ入っていった。
「合わなかったら微調整は着たまま出来るから言ってね」
「「はーい」」
「で、デザインは兎も角、凄いわね……」
「魔法を使うと、こんなに直ぐに出来るんだな。ファーマ君、この生地使ってこれと同じ服を作れるかい?」
ワックスさんが茶色っぽいワンピースと、薄い緑の生地を手にやって来た。
「はい、作れますよ」
僕は服を見ながら生地に手を当て神力を通す。そして薄い緑の生地を変化させ、同じ形のワンピースを作った。
「凄い、私が作った物と寸分違わないな。恐れ入ったよ」
「生地の量が多ければ複数まとめて作ることも出来ますよ」
「本当かい?」
「はい、柄の違う生地同士を組み合わせる事も出来ますし」
「魔法って便利なのねぇ」
「魔力が枯渇しなければ1日に何百着でも出来るんですけどね。あと、熟練次第で、もっと細かい形でも簡単に作れるようになります」
僕の神力が枯渇する事はまずないけど。
「熟練次第ってところは手作業と同じなんだね」
「そうですね。僕も今ぐらいの腕になるのに2年かかりました」
「それは、早いのか? 遅いのか? どっちにしても手作業より早くて良いものが出来そうだねぇ」
確かに手縫いより楽だし、錬成で繋ぎ合わせているから縫い目もなく解れる心配もない。なんなら出来上がった服からでも別の服を作れる。本当の錬成魔法がここまで出来るかは分からないけど、創造の力はとんでもなく便利だ。
そうこうしている内に、リリとミミが着替え終わって戻ってきた。
「凄いよファーマ、計ったようにサイズぴったりよ」
「動きやすーい」
それは【神眼】先生のお陰です。人間メジャーと呼んでください。2人とも新しい服を気に入ってくれたようだ。
「ちょっと、ファーマ君」
「はい、なんでしょう?」
「この生地も使って良いから、2人にこのデザインの服も作ってあげて」
アンナが服のデザインを描いた紙と数種類の生地を渡してきた。動きやすさという点では僕の作った服に文句はないらしいけど、「女の子の服装じゃない。これは作業着だ」と言われた。……女の子が着ても格好良いと思うんだけどな。
早速、【神眼】でデザインを確認。生地に神力を馴染ませ、服を作成。世界史の教科書に載っていた、中世ヨーロッパの町娘風の服が完成した。
「デザインからでも作れるのね」
「はい、ちゃんとイメージさえできれば大抵の形にはできます」
「ファーマ君。うちで働く気はないかい?」
ワックスさんに、スカウトされた。物作りの仕事はやりたいと思っていたし、良い話だ。あとは給料の相談だな。
「雇ってもらえるなら、雇ってもらおうかな。給金は僕が作った服の売り上げの1割5分でどうでしょう?」
「子供なのに、しっかりしてるねぇ……解った。それで良いから、早速、明日から来てくれ」
簡単に交渉が成立してしまった。と、いう事は錬成魔法が使える人の給金はそれより上って事か? まあ、兎に角安定した就職先がみつかった。
この後、リリとミミは、アンナがデザインした服に着替え、食材の買い出しを終えた僕達は家に帰った。