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創世の欠片は禁忌の石  作者: Aevum the Sun


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26/26

受理されたもの



アメミトに心臓を食われる。


それは、ただ命を落とすという意味ではない。


古代エジプトの死者の審判において、心臓はその者の生き方や行いを記憶するものとされていた。

死者の心臓はマアトの羽根と天秤にかけられ、その重さによって審判が下される。

心臓が羽根より重ければ、アメミトがそれを食らう。

その者は冥界で永遠の命を得ることも、来世へ進むこともできない。魂の存在そのものを失い、永遠の消滅を迎えるのだ。


即ち。リベーロは、二度と生まれ変わることもできない。


それをよく理解しているロゼリーは、目からとめどなく涙がこぼれ落ちた。




「欠片はどこだ?あやつめ…心臓を重くされながらどこかへ隠したか。なんて奴だ」




その姿に、喉が焼き焦がれるほどの声を張り上げた。




「リベーロを……今すぐ、返しなさい!」




怒りの表情で、目の前にいる巨大な蛇を睨んだ。

だが、それをアペプは嘲笑った。




「ハハハハハ。本来なら、お前の心臓を重くしてやるつもりだったんだがな。

あやつが代わりになったよ。冥界で礼でも言ってこい」




「黙りなさい……!」




アペプの赤い眼が、ロゼリーを見下ろし、その巨体が動いた。


ロゼリーが身をかわす間もなかった。大きく開かれた口が彼女を包み込み、その姿を闇の中へと呑み込んでいく。アペプは、ゆっくりと口を閉じた。


その場に残されたのは、静寂だけだった。


やがて、アペプの身体が不気味に揺れ始める。

表面に亀裂が走り、薄い皮が剥がれ落ちていく。

まるで蛇が脱皮するように。


古い皮の内側から現れた者が、ゆっくりと立ち上がった。


その姿は——


ロゼリー・ヴェスティだった。




「これが……人間の体か。動きにくい……

これで探しやすくなった、欠片はどこだ……」




ロゼリーの姿をしたアペプは、無数の似たような石の転がる洞穴の中で

小さな隙間を見回しながら

リベーロが最後の力で隠したベンベン石の欠片を探していた。


一方、冥界では——。


リベーロは受付されず、神殿へ送られた。

心臓を重くされた者は、書記によってアメミトに心臓を食われる。

では、その書記をする神は誰か--

2人がエジプトに来る前に、ベンベン石返却予定を正しく受理していた

トト神である。


既に厳格なヒエログリフとなって、神聖な帳簿へ刻まれていたのは

「ベンベン石の欠片が戻される」という一字だった。

確かに、心臓は羽根より重くなった為アメミトに食われた。

しかし先に書かれた記録が果たされなければ、マアトは揺らぐ。


トトは静かに筆を置いた。


黄金の月明かりが差し込む神殿で、書記神はゆっくりと立ち上がる。




「記録は、果たされねばならない」




トトの手が、虚空をなぞる。

ほとんど食い尽くされ、存在を失いかけていたリベーロの魂へ、光が降り注いだ。

バラバラになったオシリスの体やホルスの目を修復したのと同じ力。

欠けたものを、再び「完全なるもの」へと戻す力。

だが、心臓を食われ、黒いジャッカルに体を貪り尽くされた傷は深すぎた。


完全な元通りにはならない。


それでも——。


光の中で、リベーロの形が再び立ち上がる。

ウジャトの体として。


意識が戻った瞬間、痛みはないが胸の奥に深い欠落感があった。

どこか前の自分ではない。それでも、指先を動かし、声を出すことはできた。

ベンベン石の欠片は手元に戻されている。目の前に、神々しいトトが立っていた。




「ここはどこだ?ロゼリーは!?」




リベーロが最初に絞り出した言葉だった。

しかし口から出たのは、アラビア語だった。

トトは静かに答えた




「アペプに飲まれた。今、その体は奪われている」




リベーロは一歩前に出た。




「なんだって!!返却より、ロゼリーを助けてくれ。お願いします」




言葉はすべてアラビア語のままだった。自分でも気づいている。

もう、以前の自分の言葉では話せない。




「ロゼリーに初めて告白したんだ、帰国したら一緒に過ごす約束もしています」




リベーロは拳を握りしめた。トトは沈黙したまま、彼を見ていた。

帳簿に刻んだ内容を2人は知らない。


リベーロ・エキタス。ロゼリー・ヴェスティ。

2人が歩み始めたエジプトへの道程。

そして、ベンベン石の欠片が正しく2人で戻されること。

すべてを記したのは、トト自身である。

やがて、書記神は静かに頷いた。




「2人による返却…帳簿にある通りだ、よかろう。では再び戻るのだ」




「再び?ここに来たのは初めてです。一体なんの話をされているのですか?」




「お前は完全な元の体ではない。ウジャトの体として再生し記憶もないのであろう。良いか、ベンベン石を最初に割ったのは、お前だ。アペプの化身にそそのかされ、この地で割って気づき、その時も創世を選ぶと叫んでいた。割った代償として、ウェヘムとなり。繰り返す者として、過去へ戻った」



その記録はトトの帳簿に全て記されていた。

さらに厳格なヒエログリフとなって。神聖な帳簿へ更新され刻まれていく



「新たな記録を記す。過去へ戻りロゼリー・ヴェスティが食われる前に守り、返却を果たせ」




「過去へ戻れ?一体なんの話を…」




黄金の月光が静かに降り注ぐ神殿の中で、トトは悠久の時を司る神としての深淵な眼差しをリベーロに向けていた。

それは単なる記録の神としての姿ではない。過去、現在、そして未来という無数の時間の糸が織りなす大いなるタペストリーを俯瞰し、宇宙の秩序が狂うことを許さない「時の支配者」としての神威だった。

トトが管理する神聖な帳簿に刻まれた「2人のベンベン石返却」という未来の既定事項は、すでに定まった時間軸の絶対的な法である。時の神にとって、過去の改変や時間の逆行ですら、大いなる暦の円環を正すための必然のプロセスにすぎなかった。

トトの手が、再び虚空をなぞる。




「過去へもう一度戻り、己にベンベン石の欠片を託せ。そうすれば記録は果たされ、ループは閉じる。その後、お前は私のもとで働け。ウジャトの体は神殿で働くためのものだ。欠片を託したら速やかに去れ。お前が誰にも見られることなく神殿へ戻るよう、私が手配する。これが記録だ」




神聖な光がリベーロを包み込んでいく。




「行け。ウェヘムよ」




次の瞬間、リベーロの姿は神殿から消え、時間の流れの中へと溶けていった。


---


初夏の太陽が容赦なくアスファルトを焼いて照りつける通学路を、少年は全力でダッシュしていた。

息を切らしながら駅の改札を抜け、ホームへの階段を駆け上がる。その時だった。




「遅刻寸前の時、俺はここを必ず通る」




リベーロは毎朝の動きから、すぐ自分を見つけると欠片を取り出して駆け寄った。




「——!لا تُفْلِتْهُ! أَوْصَيْتُكَ…!」

(この石を絶対に離すな!)


「え? うわ、なになに!? なんて言ったの?

落とし物なら、これは俺のじゃないよ」




少年は階段の踊り場で、突進してきたボロボロの男と正面衝突しかけた。


一瞬だったが男の身なりは異様だった。汗くさい作業着を着崩し、顔は青ざめ、目の下に濃い隈を作って呼吸を荒らげている。

何かの怯えの様な物がその瞳に宿っていた。

男は俺の胸元にしがみつくように寄ると俺の右手の中に強引に「何か」を押し付けてきた。冷たく、異常なほど重い感触が手のひらに伝わる。




「ちょっと待って! なんだよこれ!」




男は荒い息を整える間もなく、震える声でさらに畳みかけるように叫んだ。




「!أَنْقِذْ رُوزِيلِي!」

(ロゼリーを助けるんだ!)




「え?ロズーリー?誰かの名前かな…」




リベーロは、少年のポケットへ手を突っ込んでスマートフォンを取り出し画面を指して訴えた。




「لا تُشَاهِدْ فِيتُوبَرْ!」

(VTuberを観るな!)




「なんで俺のスマートフォンの場所知ってるんだよ!返せ!」




スマートフォンを返すと、その場でポカンと佇む少年を置き去りにして

リベーロは人波をかき分けるようにして階段を駆け下りた、

この場で何かを変えることは許されない。

トト神の言葉に従いながら心で必死に祈った。




「頼む…察してくれよ!」




そのまま、誰もいない場所で静かにウジャトの体を持つリベーロは神殿へ戻ると。

神殿では、番号で名前を呼ばれた。




「ウェヘムの100番」




自分と同じ顔が他に99人いた。


嵐のような出来事に呆然と立ち尽くしながら、少年は手のひらを開いた。

そこに握らされていたのは、変な模様や浮き彫りが刻まれた

掌に収まるほどの黒ずんだ石の破片。

それと戻されたスマートフォンは、地図が開かれていた

そこはアビドス遺跡群だった。


ー完ー

ここまで『創世の欠片は禁忌の石』をお読みいただき、本当にありがとうございました。

第26話で完結です。

第1話の、朝遅刻ギリギリで急いでいた駅のホームで、見知らぬ男から押し付けられた「黒い石」と「聞き慣れない言葉」あの慌ただしい日常の裏側には、こんなにも壮絶な時間と因果のループが隠されていました。


アペプの脅威、トト神が管理する神聖な帳簿、そして文字通り“繰り返す者(ウェヘム)”であったリベーロの宿命。すべてのピースがカチリと噛み合い、物語はここで一つの完結としました。


果たして、欠片を託されたリベーロはロゼリーがアペプに丸飲みされる運命を覆し、ベンベン石を正しく返却することができたのか――?


もし「彼らのその後の冒険が見たい」「もし目的を果たせたなら、帰国してからの続きまで読みたい」と思っていただけましたら、ぜひ感想や応援の声をいただけると嬉しいです。

作中VTuberがとても悪役になってますが、VTuberさんになんの恨みもありません。

資料として、沢山の配信を拝見させていただきました。この場でお礼をさせていただきます。

自分で生み出した物語を自分で終わらせる、それがこんなにも消失感のような、胸が張り裂けそうな感じがあるなんて思いも寄りませんでした。


また次回作は、グルメをテーマに執筆予定です。異世界グルメ、ダンジョングルメ等の中に新たな一石を投じてみようと思っています。こちらもお楽しみにして下さい。


それでは皆様のご要望があれば、いつか必ず創世の欠片は禁忌の石『2』でお会いしましょう。


2026.10/30 Aevum the Sun

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