第2話 【 踏み潰(つぶ)される蟻(あり)と、仕組まれた地雷 】
指示を出した神崎自身も気づいていなかった。
無名のアカウントが放った第1話は、
単なる「面白い小説」などではなく、
アルカディアが誇るすべての自動化システム
――その「源流」を作った男が仕掛けた、
精巧すぎる時限爆弾の「起爆スイッチ」だということに。
地下二階の蛍光灯の下で、
波多野は冷めたおにぎりを一口かじり、
静かにほくそ笑んだ。
モニターの向こうで、
巨象が動き出す気配が伝わってくる。
ゲームは、すでに始まっていた。
【 巨大資本の圧力】
港区の超高層ビル最上階、
アルカディア・メディアワークスのコンソールルーム。
主席プロデューサーの神崎は、
冷え切ったワイングラスをデスクに置き、
目の前の巨大モニターを睨みつけていた。
「どういうことだ。あの無名の底辺作の順位が、まだ上がっているぞ」
アナリストの青年が、
冷や汗を拭いながらキーボードを叩き続ける。
「も、申し訳ありません! ……、
こちらが用意した『王座量産の方程式』に基づく強力な新作三作品を、
あえて同じヒューマンドラマ枠に同時投入し、
ランキングの上下から挟み撃ちにして押し潰そうとしたんですが、……」
「結果はどうなっている?」
「それが……挟み撃ちにしたはずの我が社の三作品が、
なぜかあの無名作が、読者をそっくりそのまま
吸い取る『踏み台』のようになっています。
我が社の作品を目当てに流入した読者が、
あの文章の独特な中毒性に絡め取られ、
次々と『ただの記録、あるいは数式の墓場について』へと
流れていっているんです。……!」
「馬鹿なことを言うな!」
神崎の怒声が、静かなフロアに響いた。
アルカディアの強みは、
莫大な資本力を用いた
「圧倒的な物量」だ。
新人が現れれば、
潤沢な予算で用意した
別の強力な新作をその上下に配置し、
アルゴリズムの露出面を完全に支配して押し潰す。
それはこれまで何百回も成功してきた、
絶対無敗の緻密なスキームだった。
しかし、今回そのスキームは完全に裏目に出ていた。
波多野の書いた小説は、
最初から大企業に「どう扱われるか」を
完全に見越して設計されていた。
大手が投入する物量やタグの傾向、
ランキングの露出アルゴリズムそのものを
「逆手に取る」ための仕掛けが、
行間の一字一句に埋め込まれていたのだ。
「まるで、我が社のアルゴリズムの動きを
最初からすべて知っていたかのような、……」
神崎の脳裏に、かつてこの社でシステムを構築し、
そしてすべてを奪って追放した男の顔がよぎる。
「……。いや、まさか。あいつはただの敗者だ。偶然だ、偶然に決まっている!」
神崎は歯噛みしながら、さらに用意の命令を下した。
「手加減は無用だ。
広報部を動かし、SNSのインフルエンサーを使って、
あの一作を『ステマによる不正アカウント』として通報・告発させろ。
社会的に息の根を止めるんだ」
【 地下の男と、届き始めた波紋 】
同じ頃、地下二階の湿った空気が漂う雑居ビルの一室。
波多野はモニターに映し出されたランキングの推移を、ぼんやりと眺めていた。
「ふむ、さすがは大企業だね。動きが早い」
画面上では、波多野のアカウントに対して、
突如として不自然な大量の「低評価レビュー」や、
SNS上での「組織的な工作アカウントによる告発風の投稿」が、
ばら撒かれ始めていた。
――『【注意】ランキング底辺にいるこの新作、
海外のボットを使った不正アクセスの疑いがあります』
――『文面が機械的で不気味。絶対になにか裏がある』
一般の新人作家であれば、
こうした大手の組織的なネットいじめや印象操作に直面した時点で、
恐怖に震え、アカウントを削除して逃げ出すか、
精神的に追い詰められて筆を折るだろう。
それこそが、アルカディアが長年培ってきた
「無名潰しの最も効率的なルーティン」だった。
しかし、波多野は冷めた目を細めただけで、
慌てる様子もなくキーボードにコーヒーの缶を置いた。
「いじめのパターンすら、昔から全く変わっていない。
予算の割に頭を使うのが嫌いな連中だ」
波多野が狙っていたのは、ランキングの1位を取ることなどではない。
彼が仕掛けたのは、
大企業が構築した「自動化されたランキングシステム」の内部に、
あえて自らの小説のデータを噛ませることで生じさせる
「巨大な構造的エラー(システム・クラッシュ)」だった。
アルカディアのアルゴリズムは、人間ではなく「数字の効率」だけで動いている。
「不正の告発」や「大量の低評価」がつけられた作品であっても、
もしその作品の『読者の滞在時間』と『スクロールの完全読破率』が
プラットフォームの限界値を超えてしまった場合、
アルゴリズムの内部処理に深刻な矛盾が生じる。
案の定、波多野の画面の端で、
アルカディアの主要作を監視するための管理ツールに、
小さな「警告の赤色灯」が点滅し始めた。
それは、巨大な歯車のひとつが、
決定的な亀裂音を立ててすり減り始めた音だった。
【 裏切りの足音と、新興の漁夫の利 】
その頃、港区の反対側。
新興エンタメスタジオ『ネクスト・プロデュース』の作戦室。
プロデューサーの鬼頭は、コーヒーを片手に、
信じられないものを見る目でモニターを凝視していた。
--おいおい、マジかよ……。
鬼頭たちのチームは、
本来であればアルカディアと真っ向からシェアを争うライバルだった。
しかし今回のランキング動向において、
アルカディアの主力作品群がなぜか突如として
「不可解なアルゴリズムの挙動不審」を起こし、
次々とランキングの順位を落とし始めていた。
アルカディア側のシステムに何らかの致命的なバグ、
あるいは外部からの見えないハッキングが発生しているのは明白だった。
「プロデューサー! アルカディアの主力作が、
なぜか自動修正システムの誤作動で一時的に露出制限を食らってます!
今がチャンスです、うちの『追放令嬢』を一気に上位に押し上げますか!?」
部下の若いスタッフが興奮気味に提案する。
しかし、鬼頭は苦い顔で首を横に振った。
「バカ野郎。
アルカディアほどのシステムがそんな単純なバグで自滅するわけがない。
裏で何か、もっとデカい化け物がそいつらの足を引っ張ってるんだ」
鬼頭の視線の先には、アルカディアの足元で、
誰の目にも留まらないはずの「底辺のその他枠」に
ぽつんと灯り続ける、あの青い一点があった。
――『ただの記録、あるいは数式の墓場について』。
大企業同士の緻密なマネーゲームの隙間で、
誰も名前すら知らないはずの一人の無名作家が、
巨大な牙城の基盤を静かに、しかし確実に抉り取っている。
「……おい。あの無名の作者の正体を洗えるか?
どこのフリーランスだ、どのスタジオの刺客だ?」
鬼頭の低い問いかけに、アナリストは青ざめた顔で首を振った。
「それが、……。IPアドレスは完全に分散された個人のもの。
過去の商業実績もゼロ。完全に『無』の人間です」
「無、ねえ。……」
鬼頭は笑みを浮かべ、グラスを強く握りしめた。
「そんな幽霊みたいな奴が、天下のアルカディアをここまで狂わせてるってのか?
……、面白くなってきたな。漁夫の利を狙うぞ」
現場の空気が一瞬で凍りついた。
鬼頭はデスクを蹴り飛ばし、
血走った目でモニターに張り付き、怒鳴り散らす。
「泥臭くても何でもいい、サーバーを焼き切ってでもあのバグの正体を引っぺがせ!」
水面下で、二大陣営の思惑と、
たった一人の男が仕掛けた復讐の歯車が、激しく噛み合い始めていた。
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港区の超高層ビル最上階。
アルカディア・メディアワークスのコンソールルームは、
早朝であるにもかかわらず、
異様な熱気と冷たい緊張感に包まれている。
「……どういうことだ。説明しろ」
主席プロデューサーの神崎の声が、
乾いた空間に低く響く。
彼の目の前にある巨大モニターには、
自社が誇る……。
明日も、07:30 に、第3話を投稿します。
よろしくお願いいたします。




