プロローグ 【 王座の裏側と、捨てられた歯車 】
そこは、巨大エンタメ企業やスタジオが投じる莫大な資金と透徹したデータ分析、そして完璧なスキーム(組織的戦略)が支配する、マネーゲームの戦場だった。
業界最大手『アルカディア・メディアワークス』の主席プロデューサー・神崎は、数々のトレンド予測と初動の仕組みを駆使し、……。
夜明け前の港区、超高層ビルの最上階。
『アルカディア・メディアワークス』の特設フロアは、青白いモニターの光と、高級なアロマの匂いに満ちていた。
主席プロデューサー・神崎は、巨大な湾曲ディスプレイに映し出された見事な右肩上がりのグラフを眺め、優雅にワイングラスを傾ける。
「完璧だ。投入した予算、更新のタイミング、そして我が社が誇る『王座量産の方程式』。これだけのスキームを組めば、トレンドなど思いのままだ」
ランキングの1位から10位までを、自社グループの作品で綺麗に独占する。それは偶然の産物などではなく、膨大なデータと透徹したマーケティングがもたらした必然の勝利だった。
だが、神崎の背後で、若いデータアナリストが冷や汗を流しながら声を震わせた。
「……神崎さん。ランキングの底、圏外のはるか下……『その他』のカテゴリに、ちょっと気になることが、……」
「ん? 競合の『ネクスト・プロデュース』の工作か?」
「いえ、それが、……。どの企業のスキームにも引っかかっていません。アクセス解析のデータも、ボットによるものではないと思われます。ただ、……。信じられないほどの初速で、特定の読者層のPV数と滞在時間だけが跳ね上がっています」
モニターの隅に、ぽつんと小さな青い点が灯る。
それは大手二大陣営のどちらの網にも引っかからない、完全な無名アカウントによる新作だった。
タイトルは、あまりにも素っ気ない一文。
――『ただの記録、あるいは数式の墓場について』。
そのフォントの置き方、改行のテンポ、そしてあえてトレンドの王道を外し、人間の認知の死角を正確に突くようなプロットの組み方。
それを目にした瞬間、神崎の優雅な笑みがピタリと凍りついた。
――知っている。この悪趣味なまでの効率の良さを、彼は知っている。
数年前、この『アルカディア』の巨大なランキングシステムそのものをゼロから設計し、そしてすべての功績を奪われて、業界の闇へと「追放」された男の手口だった。
「……バカな。あいつは、業界から干されて朽ち果てたはずだ」
神崎の動揺をよそに、無名のアカウントから放たれたたった1つの物語は、巨大企業が何億もかけて築き上げた鉄壁の仕組みの「たった一つの盲点」を、恐ろしいほどの精度で抉じ開けようとしていた。
スキームの生みの親が、自らの手で、世界で最も美しい破壊工作を、いま始めようとしている。
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都営大江戸線の駅から歩いて十分、古びた雑居ビルの地下二階。
その一室だけが、夜通し安物の蛍光灯の白みを晒していた。
窓はない。壁に貼られたホワイトボードには、複雑な数式ではなく、かつて誰かが書きなぐった「締め切り」の文字が乾いたインクでこびりついていた。
「……ふう」
白髪混じりの男――波多野は、……。
今夜、19:30 に、第1話を投稿します。
よろしくお願いいたします。




