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大地に根付く魔術

ローゼンシュタイン伯爵の研究室は、昼でも薄暗かった。

分厚いカーテンに遮られた光、壁一面の古書、錬金術器具と魔法陣。

その中央で、エルザは両手を胸の前に構えていた。

「……精霊よ、大地の記憶を呼び覚ませ」

小さく呪文を唱える。

だが——何も起こらない。

空気は沈黙したまま、冷たいだけだった。

「……また、失敗か」

伯爵は顎に手を当て、眉を寄せる。

「理論上は間違っていない。君の魔力も十分だ。だが、なぜ発動しない……」

エルザは唇を噛んだ。

故郷では、目を閉じるだけで大地が応えてくれた。

血の精霊も、風の囁きも、自然はいつもそばにあった。

なのにここでは——何もない。

まるで世界に拒まれているようだった。

幾日も、幾度も試した。

水を呼ぼうとしても動かず、

土を操ろうとしても沈黙する。

伯爵の顔には次第に困惑が増していく。

「君の魔術は……大地と一体化している。

どうやら旧大陸の理と根本的に違うようだ」

エルザは俯いた。

「……ここには、精霊がいないんですか?」

「いる。だが、君の知る精霊とは性質が違う。

この土地の自然は、人と距離を保っている」

ここは、古い森と岩山の国。

だが新大陸のように、精霊と人が共に息づく土地ではなかった。

エルザの魔術は——故郷の大地に根ざした力だったのだ。

その事実は、彼女の胸を深く抉った。

しばらく沈黙が流れた後、エルザは顔を上げた。

「……伯爵様」

「なんだい?」

「あなたの魔術を、教えてください」

伯爵の目がわずかに見開かれる。

「旧大陸の魔術を?」

エルザは強く頷いた。

「ここで使えない力にしがみつくより……

ここで生きられる魔術を覚えたいです」

小さな手が、ぎゅっと握られる。

「強くなりたいんです。どこにいても」

その言葉に、伯爵はしばらく黙り込んだ。

そして、静かに笑った。

「そうか…実に興味深い(笑)」

研究者の笑みだった。

「自然に宿る魔術と、性質を操る魔術。

もし両方を扱える者が現れたなら……それは新しい時代の魔術師だ」

彼はエルザの頭にそっと手を置く。

「いいだろう。私の魔術を教えよう」

エルザの目が輝く。

「だが条件がある」

「……はい」

「君は、ここで君自身の魔術を再び根付かせる努力を続けること。この土地の精霊を探し、この大地と繋がるのだ」

エルザは力強く頷いた。

「必ず、やってみせます」

こうして——

彼女の二つの魔術の修行が始まった。

それからエルザは毎日、館の森へ入った。

霧の立ちこめる深い森。

人の足音が消えるほど奥へ、奥へ。

木々に触れ、土に膝をつき、耳を澄ませる。

「……ここに、いるんでしょう?」

風が枝を揺らすだけ。

何日も、何十日も、応えはなかった。

それでも彼女は諦めなかった。

指先が泥に汚れ、膝が擦り切れても、探し続けた。

——私は、どこにいても魔術師だ。

その想いだけが彼女を動かしていた。

ある夕暮れ。

森の奥で、空気がふっと温かくなった。

エルザは足を止める。

木漏れ日の中に、淡く光る影が浮かんでいた。

人の形でもなく、獣でもなく、

風と葉と光が混ざったような存在。

「……あなたが、この土地の精霊?」

その瞬間、胸の奥が震えた。

大地が、微かに応えたのだ。

——ここにいる。

涙がにじんだ。

「お願い……力を貸して」

精霊はゆっくりと近づき、彼女の額に触れた。

温かい波が体を巡る。

そして——

エルザの足元から、小さな芽が芽吹いた。

ほんのわずかな奇跡。

だが確かに、魔術だった。

「……できた」

声が震える。

新大陸とは違う、

この土地に根ざした精霊の力。

エルザは笑った。涙を流しながら。

その日から、彼女は少しずつ魔術を取り戻していく。

旧大陸の理で物質を操びながら、

精霊の力を借りて自然と繋がる。

二つの魔術が、彼女の中で交わり始めた。

ローゼンシュタイン伯爵は、その成長を見つめながら呟いた。

「……君は橋になる。古き魔術と、新たな力を繋ぐ存在だ」

だがエルザは知らなかった。

この融合こそが、やがて魔弾という禁忌の力を生み、

荒野を震わせる伝説へと変わっていくことを。

森の静けさの中で——

少女は、復讐者への第一歩を踏み出していた。

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