時間稼ぎ
乾いた平原に、低く響く号令が広がった。
「――包囲完了!」
草原の向こう、共和国防衛隊の部隊が一つの村を取り囲んでいた。
馬上の将校が腕を振る。
銃を構えた兵士たちが、半円を描くように配置につく。
逃げ道はない。
やがて、一人の通訳が前に出た。
声を張り上げる。
部族の言葉で。
「聞け! 我らは共和国防衛隊である!」
ざわめきが村に広がる。
戸口から、影がのぞく。
子供が母の背に隠れる。
「お前たちを安全な土地へ移住させる!」
通訳の声は続く。
「指示に従えば、危害は加えない! 新しい土地で暮らすことができる!」
沈黙。
誰も動かない。
その空気を裂くように、次の言葉が落ちる。
「だが――抵抗する場合は、武力を行使する!」
銃口が、わずかに持ち上がる。
「犠牲は望まない! 従え!」
村の中央に、年老いた男が進み出た。
長老だった。
静かに、周囲を見渡す。
家族。
仲間。
土地。
すべてがそこにあった。
やがて、ゆっくりと頷く。
抵抗しないという意思表示だった。
その日、その村は焼かれることなく――この土地から消えた。
人々は僅かな身の回りの物だけで馬車に乗せられて列車へと運ばれていった。
老人も子供も。だが、若い男はいなかった。すでに逃亡していたからだ。戦うために。
別の村では――
「戻れ!!」
怒号と共に、銃声が響いた。
戦士たちが抵抗した。
森へ逃げようとする者。
武器を取る者。
そのすべてに、容赦ない弾丸が浴びせられる。
倒れる者。
叫び声。
混乱。
そして――
一人の若者が走り出した。
村の外へ。
その背に向けて、銃声。
土煙の中で、若者は崩れ落ちる。
それを見た者たちは、動きを止めた。
沈黙。
恐怖。
そして――諦め。
また別の村では、炎が上がっていた。
抵抗は激しかった。
だから、鎮圧も激しかった。
家屋が燃え、叫びが夜を裂く。
やがて、火は静まり――
残ったのは、焦げた匂いと、引きずられていく人々だけだった。
こうして、村は一つずつ消えていった。
地図の上から。
大地の上から。
人々は列車に乗せられ、指定された土地へと運ばれていく。
新しく居住地となったところでは外との自由な往来はできなかった。鉄条網と柵で囲まれたそこには小さな町のようなものが作られている。村から強制移住させられた人々はそこで暮らす。
今まで自由に大地を駆けていたがそれもかなわない。僅かな仕事から得る賃金、畑から取れる作物。
それだけが全てだった。
それでも――
生きてはいる。
だが、その裏で――
怒りが、積み上がっていった。
「許せるか……あんなことが」
「家族を……奪われた」
「村を焼かれた」
行き場を失った戦士たち。
武器を手に。
目に宿るのは、怒りと復讐心。
「戦うしかない」
その声は、次第に大きくなっていった。
BLACKWOLFのもとへたくさんの戦士が集まってきていた。
みんな復讐に燃えていた。
だが――
「……待て」
BLACKWOLFは、首を振った。
彼の前に集まる戦士たち。
その顔は、皆、怒りに染まっている。
「今、ぶつかれば……もっと血が流れる」
「もう流れてる!!」
誰かが叫ぶ。
「これ以上、何を待つ!?」
「家族はもういないんだぞ!!」
声が重なる。
怒号が渦巻く。
BLACKWOLFは、黙ってそれを受け止めていた。
拳を握る。
爪が食い込む。
それでも――
「わかった!戦いの準備をする!。武器や弾薬は必要だ。やつらから奪うのだ!」
たくさんの戦士を前にして彼はそういうしかなかった。そうしないと暴走を始める。今はそれしか思いつかなかった。
焚き火の周りにBLACKWOLFと仲間が集まっていた。もう子供の頃から同じ村で育ち、彼とと共に戦ってきたベテランの戦士たちだ。
みんな無言だった。
「あいつも精霊に召された…」
一人がつぶやいた。
「もう、俺達だけになった…あとから集まった奴らはなにもわかっていない…」
また、一人がつぶやいた。
BLACKWOLFが枝を火に焚べた。
「お告げはどうだった?」
「大丈夫だ…精霊が味方をしてくれる…」
BLACKWOLFは嘘をついた。
それは、わかるものにはわかる嘘だった。
古くからの仲間ならなおさらだ。
彼の苦悩がわかるのも長い付き合いだからだ。
「無理はするな…」
仲間の一人が声をかけた。
BLACKWOLFは答えなかった。
「我々の時は終わった。
黒い月に滅ぼされる。」
それがお告げだった。
黒い月…
あの呪術師だ…
あれはいったいなんなのだ。
どうして我々を滅ぼす?
私だけか?
あの呪術師は…
いや、今は大きな戦にならないようにしなければならない…それだけだ。
BLACKWOLFは絞り出すように言った。
「あいつともう一度話す…何かあるかもしれない…」
ざわめきが広がる。
「何か?そんなものがあるのか!?」
答えは、すぐには出なかった。
だが――
ある顔が浮かぶ。
あの男。
敵でありながら、言葉を交わした男。
「……あいつなら」
小さく呟く。
数日後――
共和国防衛隊の駐屯地。
一人の使者が現れた。
武器を持たず、両手を見せて。
緊張が走る。
「……BLACKWOLFからの使者だと?」
駐屯地は緊張に包まれた。
司令部では、すぐに協議が開かれた。
「これは好機だな…」
司令官が言う。
「時間を稼げるかもしれん…」
地図の上に指を滑らせる。
進行中の作戦線。
「話し合うことを軽視はしないが、その間に、掃討の準備と隔離を進める。パトリック少尉には申し訳ないが…偵察要員をつける。BLACKWOLFの足取りを追う。」
冷静な判断だった。
「パトリック少尉に話し合うことを許可しよう。すぐ、連絡してくれ…」




