人質のエルザ
街の入口で、エルザは取り囲まれた。
銃を持った男たち。
怒りと警戒が入り混じった顔。
「動くな!」
誰かが叫ぶ。
エルザはゆっくり両手を上げた。
抵抗はしない。
またか…
エルザにはこういう体験が結構あった。
逃げることも、相手を倒すこともできるが
ただの住民相手に大事を避けるのがいつものことだった。
「なにか?」
「私はただの旅人です」
男達が叫ぶ。
「PNだろ!」
「仲間だ!」
「私には仲間なんていません!」
怒号が飛ぶ。
リーダーらしい男がエルザに近づいてきた。
「悪いが、しばらく監視させてもらう…」
「私達はあんたらの襲撃にさらされている。万が一の用心のためだ…従ってくれ…」
エルザにはその男が嘘を言ってるようには思えなかった。
紳士的といってもいいくらいだ。
それよりは襲撃にさらされているということの方が気にはなった。
こういう街は多い。
家畜を奪われ、倉庫を焼かれ、商人も襲われている。
見知らぬ旅人、それもPNが現れれば、疑われるのは当然だった。
エルザは何も言わない。
大人しく、住民のすることに従った。
簡素な倉庫の中。
エルザは椅子に縛られていた。
「あんたは呪術師か?」
男が聞いてきた。
椅子に縛る時に手の甲に入墨が見えたのだ。
「そうよ…」
手の甲。
黒い三日月の彫り物。
服の隙間から見える、細かな紋様。
男たちがざわめく。
「呪術師だ」
誰かが呟いた。
「呪術師なら……」
別の男が言う。
「PNの襲撃とは関係ないかもしれない」
「逆に仲間かもしれないだろ!」
意見が割れる。
エルザは黙ったままだった。
ここは様子をみるしかない。
エルザは感じていた。
その頃。
街道の先でパトリックたちは馬を止めていた。
「……またまかれた」
部下がため息をつく。
エルザの痕跡は途中で消えていた。
パトリックは苦笑する。
「やっぱり呪術師だな(笑)」
そのとき、部下が崖の下を指した。
「隊長」
男たちがいた。
十数人。PNだ。
銃を持っている。
伏せて双眼鏡を構える。
パトリックは目を細めた。
「あいつら……」
彼らは商人と取引していた。
箱が渡される。
銃だった。
パトリックの表情が変わる。
「どこか襲う気だな…」
「どうします?」
部下が聞いてきた。
「この先には街がある。
襲うならそこだろ。」
パトリックは少し考えた。
そして言う。
「先回りする」
パトリック達は馬を走らせた。
街の門。
パトリックたちは馬で飛び込んできた。
住民が驚く。
一人の住民に尋ねた。
「さっき武装したPN達をみたぞ!なにか知ってるか?」
すると、住民は顔色を変えて走り去った。
「PNが来る!」
人々がざわめく。
「ほんとうか!」
「バリケード作れ!」
街は一瞬で臨戦態勢になった。
パトリック達はその中でも冷静に通りを進んでいた。
住民達の慌てぶりとは対象的だった。
パトリックはあることに気づいた。
みたことのある馬と鞍の荷物。
それはエルザものだった。
近くにいた住民をつかまえて尋ねてみた。
「おい、あの馬と鞍は誰のだ?」
「あれは捕まえたPNの女のだよ」
「そいつはどうした?」
「お前ら仲間か?」
「いや、ちょっと金貸してるんだ。」
「あいつならそこの倉庫だ」
住民の指さした方向には大きな倉庫があった。
倉庫の壁の隙間から覗いてみると、そこにはエルザが縛られていた。
見張りの男が2人。
パトリックは倉庫の外から中に呼びかける。
パトリック達はかんぬきを外して倉庫に入った。
見張りの男の話では、エルザは人質だ。襲撃してきたら交渉に使うらしい。
男が言う。
「PNが来たら交渉材料に――」
「やめとけ、そいつは仲間じゃないんだ。効果ないぞ。」
パトリックが言った。
「効果ないって、こいつもPNだから仲間だぞ!」
静かに言う。
「彼女は呪術師だ。解放しろ」
「何だと?(笑)冗談もいい加減にしろ!」
「ふざけるな!」
「PNの仲間かもしれない!」
住民達が集まり始めていた。
まずいなあ…
パトリックは人が集まって来るのを恐れていた。
集団になるとどうなるか…
パトリックは共和国防衛隊の徽章を取り出した。
「彼女は俺が預かる。責任を持つ。これでどうだ。」
「信用できないなら私をあいつらの前に立たせればいい。…」
エルザが口を開いた。
「私が裏切ったら撃てばいい…」
「どうだ?私を解放してくれたら私がそいつらを倒す…」
「そいつらが現れるまではこのままでもいい…私をそいつらの前に投げ出せ…」
エルザの不適で堂々とした言葉だった。
パトリックはそのエルザの言葉から彼女の度胸を感じた。
「エルザさん…ほんとにそれでいいんだな…」
「ここの人達になんの気持ちもない…だけど、見殺しにしたら、後悔はする…私は自分のためにやる。」
「わかった…」
住民達は話し合いパトリックとエルザの提案を飲んだ。
パトリック達が共和国防衛隊だったことも説得力があった。住民からしたらエルザ一人がどうなろうがどうでもよかった。
そしてその日が来た。
バリケードには住民達が銃を構えてはりつく。
エルザが連れてこられてバリケードからはライフルの射程距離の範囲内に立たされる。
蹄の音が聞こえてきていた。
だんだん大きくなる。
パトリックがエルザのライフルを持って来る。
もうすぐ奴らがやってくる。
パトリックは彼女を見た。
エルザは無言だった。
パトリックはエルザのロープをはずしながら話しかけた。
「相手は同族だ」
「撃てるか?」
エルザは住民たちを見た。
「この人たちに恨みはない」
短く答える。
パトリックはうなずいた。
「PNに銃を売ってる奴がいる」
「奴らはアンタ達に襲わせて、住民を追い出して土地を買い占めるそういう連中だ」
パトリックは言う。
「あいつらはそういう奴らに騙されてる」
パトリックは砂煙の舞う方向をみて言った。
そしてエルザを見る。
「それでも撃てるか?」
沈黙。
遠くから馬の音が聞こえた。
奴らだ。
エルザは住民達に叫んだ。
「私が撃つまで撃たないで!」
住民が怒る。
「裏切る気だ!」
「逃がすつもりだ!」
パトリックは手を上げた。
「裏切ったら容赦なく撃てばいい。どうだ!」
「エルザさんそういうことだ…どうする」
「わかった…」
「いいんですか…少尉」
部下達は心配していた。
住民はなにも言わなかった。
バリケードの前。
エルザは一人ライフルを抱えて立っていた。
砂煙の中に人が馬が見えてくる。
もうすぐ射程距離だ。
バリケードの内側からパトリック達や住民が銃を構えてエルザの背中をみている。
住民の銃口はエルザに向けられていた。
パトリックは焦っていた。
「頼むぞ…こんな無茶なことはできればやらせたくはないが…」
(俺はもしかしてとんでもないことをしているのではないか…いや、大丈夫だ…エルザは…)
パトリックの手にも汗が滲む。
エルザは一人仁王立ちしていた。
ただ、じっと前を見て。
砂塵が大きくなる。
エルザが片膝をついてライフル構えた。
エルザは呪文を唱える。
低く、静かに。
「土の神よ…風の神よ…私の願いを聞け…私は黒の月…願いを聞け…土よ舞え…怒れ…立て…風よ撃て…風よ放て…風よ狙え…」
エルザの周りに砂が舞い始めた。
それはエルザを囲むように。
そして、地面が微かに揺れている。
引き金を引く。
轟音。
弾丸は奴らの直前に刺さった。
突然地面が横一線で割れ、壁のように立ち塞がった。
襲撃団の先頭はその土の壁で停止した。
その壁は次の瞬間全てが崩れた。
壁で混乱しているところを第二弾を撃つ。
男の胸に風があたる。男が吹き飛ぶ。
苦しそうに胸を押さえる。
気を失いそこに仰向けに倒れ込んだ。
「狙え…ひとつ」
エルザは再び撃つ。
また一人吹き飛ぶ。
「狙え…ふたつ」
また。
「狙え…みっつ」
また。
ライフルが唸るたび、倒れる。
遠くで見ているパトリックたち。
住民たち。
誰も言葉を失っていた。
「……なんだあれ…射程距離が…あんなに届くわけがない…」
部下が呟く。
パトリックも黙る。
戦いは終わった。
地面には奴らがあちこちに横たわっている。
エルザは振り返るとバリケードからみているパトリック達をみつめていた。
そして彼女はパトリック達の方に歩き始めた。
黙ったままライフルをパトリックに渡そうとした。
パトリックはバリケードを乗り越えた。
「持っとけ…」
一瞬住民達の顔をみたが、不服そうな顔をしていた。だか、誰もなにも言わなかった。エルザが言葉どおりあいつらを倒したからだ。
「何もない…」
パトリックは地面に横たわる一人一人を調べてまわった。
倒れている体には銃創がなかった。
血が流れていない。
全員。
「ロープだ!ロープを持ってこい!生きてるぞ!すぐ縛れ!」
すると住民たちが叫ぶ。
「なんでだ!」
「殺せ!」
「今すぐ!」
「だめ!」
エルザが叫ぶ。
住民が怒鳴る。
「裏切るのか!」
パトリックが叫んだ。
「軍に引き渡す!」
「裁判にかける!それでどうだ!」
住民たちは黙る。
パトリックはエルザを見る。
「それでいいか?」
エルザはうなずいた。
街は救われた。
だが空気は重かった。
住民たちは助かった。
だが誰もエルザに感謝の言葉をかけなかった。
誰もエルザをみようとはしなかった。
住民にはこの結末は満足のいく形ではなかった。
今までに奴らに殺された人もいたのに、奴らは生きている。
それは住民には許されないことだった。
それでも、仕方なく受け入れた。
パトリックはそんな雰囲気を露骨に感じていた。
パトリックの部下が小声で言う。
「……難しいですね」
パトリックもうなずく。
住民の気持ちもわかる。
エルザの気持ちもわかる。
だが。
パトリックはエルザを見た。
少しだけ背筋が寒くなる。
どういうことだ。
わからなかった。
もし。
エルザがBLACKWOLFに出会ったら。
彼女はどちらにつくのか。
パトリックは初めて、
エルザという存在に
小さな脅威を感じていた。
「エルザさん、なにが起こった?…いや…なにをしたんだ…」
「どうしてもわからない…撃ったのか?」
パトリックの問いにエルザは答えなかった。
「話したくないならいい…」
パトリックはまさかと思った。
これは呪術なのか?
いや、そんなことができるわけはない。
パトリックは話題を変えてみた。
「まあ、言ってみればこいつらもとばっちり受けてる側だからな…ここの奴らもそうだ…誰もが翻弄されてる…それだけだ…」
「私は…BLACKWOLFに聞きたいことがある…それだけ…でも…」
エルザが突然話し始めた。
「そこなんだけどな…」
「なにを聞くんだ?」
パトリックの問いにエルザは答えない。
「まあいい…」
「こっちも聞きたいことがある…」
「BLACKWOLFを探してどうするつもりですか?」
突然エルザからの問いに驚いたパトリック
「はは…決まってる!捕まえるんだよ!」
「友達になるわけじゃない(笑)」
「奴がいると、それだけで、落ち着かないんだ世の中が…もう落ち着いてもいい頃だろ…いつまで今日起きたことやってるんだと俺は思ってる…あんたはどうなんだ?」
エルザにはパトリックの言ってることがよくわかっていた。
もう、たくさんの人が争うのは嫌だった。
あのときのような事がまだ続いてると思うと。
どこかで同じことが起こっているかもしれない。
そう思うだけで,気持悪くなってくる。
居ても立ってもいられなかった。
だからこそBLACKWOLFに聞きたいことがたくさんある。




