受け継がれたものと受け継がれていくもの
砂塵の舞う乾いた大地。
顔を覆ったその馬上の人物は遠くをみていた。
何かが見えたからだ。
進むのをやめたその人物は誰かを待つかのようだった。
砂塵の向こうに人影が見えてきた。
頭から足元まで布をまとっていた。
それは三人だとわかるまでに近づいてきていた。
そして馬上の人物の前までくると、膝を折り頭を垂れた。
夜の大地は、静まり返っていた。
風もなく、虫の声すら遠いほど空気は冷えていた。
その冷えた空気を温めるほどの炎がたかれていた。
その炎の前に昼間の馬上の人物。
そしてその人物に連なる円を描くようにして様々な紋様の彫物をした者達が座していた。
老いた者もいれば、壮年の者、まだ若い者もいる。だが、そのすべてが同じ役割を持っていた。
その円にエルザは座っていた。
彼女の前に進み出たのは呪術師だった。
最も年老いた呪術師だった。
深く刻まれた皺の奥に、強い光が宿っている。
「おまえは……あの村を弔った」
低く、しかしはっきりとした声。
「我らの誰も成し得ぬ、高き儀式で」
エルザは黙っていた。
「見た。感じた。あの魂の帰りゆく道を」
老人は一歩近づく。
「おまえは、ただの呪術師ではない」
周囲の呪術師たちも、一斉に頭を垂れる。
「我らの上に立つべき者だ」
静寂。
そして、別の呪術師が言葉を継ぐ。
「我らは戦いを望まぬ」
「だが、BLACKWOLFの戦いを否定もしない」
「それでも……我らは、別の道を選びたい」
その言葉に、エルザの視線がわずかに揺れる。
「呪術によって、取り戻す」
「血ではなく、祈りによって」
「かつての平和な大地を」
一人、また一人と声が重なっていく。
「そのためには――高き位が必要だ。太古の始祖の力を持つものが…」
「導く者が必要だ」
老人が、エルザの手を取る。
その手の甲に刻まれた黒い三日月の紋章を見つめる。
「これは、未来を選ぶ印」
「部族の行く先を定める印」
「おまえは、選べる」
その言葉は、呪いのようでもあり、祈りのようでもあった。
「我らのいと高き位の呪術師となれ」
「我らをまとめよ」
「それが――おまえの定めだ」
エルザは息を呑む。
重い。
あまりにも重い。
だが、呪術師たちはすでに決めていた。
「私は…」
エルザはどうすべきか迷うということはなかった。
すでに定められた何かが動き出しただけ。
定められた運命が定められた時に舞い降りただけ。
定めを持つものはその定めに迷うことはない。
それが定めだからだ。
彼女の中にある定めの根源が定めに呼応していた。
今、動き出したのだ。
詠唱が始まる。
低く、古く、地の底から響くような言葉。
それは祈りであり、契約であり、力の遷移だった。
「……!」
エルザのからだの奥で、何かが震えた。
呪術の源。
先祖代々呪術師の血統に生まれるという源を持つ存在。
それが――呼応する。
呪術師たちの声が高まる。
その身体から、淡い光が立ち上がる。
煙のように、霧のように。
それが、エルザへと流れ込んでいく。
命の輝きの一部のようなそれが、次々と彼女へと集まる。
彼女は目を閉じただ黙している。
呪術師たちの顔が険しくなる。
その険しさは使命から来るものだ。
やり遂げなければならない。
その意志の現れ。
「全てから生み出されし我らの力を――」
「託す……」
「すべてを……」
その覚悟に、エルザは息を呑んだ。
(……どうして、そこまで)
だがその瞬間。
――声が、聞こえた。
風ではない。
人でもない。
もっと古い、もっと大きなもの。
「――我が子よ」
大地の底から、空の彼方から、同時に響くような声。
エルザの視界が揺れる。
そこに見えたのは――
巨大な影。
人の形をしているが、人ではない。
神話の中の存在。
部族の始祖。
「救え」
短い言葉。
だが、すべてを含んでいた。
「この土を、草を、水を」
「我らの民を」
「阻むものはない」
「お前に渡した」
その瞬間、エルザの中で何かが決まった。
確かに。
その言葉と同時に、呪術師たちの詠唱が最高潮に達する。
光が奔流となる。
それは滝のようにエルザへと流れ込む。
エルザの頭上から。
空気が震える。
大地が唸る。
今まさに――力が一つになる、その瞬間。
――異変が起きた。
エルザの胸元。
伯爵から与えられた魔力石が、強く脈動した。
「……?」
最初に気づいたのは、一人の呪術師だった。
「おお……!」
だが、もう遅い。
魔力石が、眩い光を放つ。
呪術の流れが、ねじ曲がる。
「な、なんだ……これは……!」
恐怖が広がる。
何が起こっているのか。
呪術師たちの顔に、初めて明確な動揺が浮かぶ。
エルザ自身はただ身を任せた。
その時。
別の“意志”が、目を覚ました。
『――なるほど』
声が響く。
それはエルザの口から発せられていたが、エルザのものではなかった。
『これは実にいい』
呪術師たちが凍りつく。
『おまえたちの力、確かに受け取ろう』
「なんということだ……!なんなのだ…あれは」
誰かが叫ぶ。
エルザの中から別の声がした。
呪術師達はその声の主が現れるのをみた。
その声は彼らに伝えた
『我が中に生まれし古の力…旧き呪と魔』
『それらは今、一つになる』
光がさらに増す。
暴力的なまでに。
『新たなる力として――』
エルザの身体が、後ろに反り返る。
今度は前に。
彼女の中に生まれていた、先祖からの宿命と力…
それを利用しようとする何か…
どちらが彼女を支配するのか…
どちらがどちらを使う者と使われる者になるのか…
神と悪魔なのか…
相反する何かと何かが彼女の中に力を生みつつあった。
2つの力…互いに反する力…
彼女の中で混沌と化し、そこから何かが生まれる。
絶叫が続く。
その姿は、もはや人ではなかった。
歪み、崩れ、形となり。
壊れていき、また作られる。
存在がきえ、また存在となる。
髪が宙に舞い、瞳が異様な光を帯びる。
呪術師たちは後ずさる。
「終わりなのか……」
誰かが呟く。
恐怖と畏怖が入り混じった声。
その時――
空が裂けた。
閃光。
まるで天そのものが落ちてくるような光。
それが一直線に――
エルザへと落ちる。
轟音。
世界が白に染まる。
そして。
静寂。
光が消えたあと、そこにあったのは――
倒れたエルザの姿だった。
動かない。
呪術師たちは誰も動けなかった。
ただ、震えながら見つめる。
「………」
誰もなにも言葉をもたない。
誰も答えられない。
彼女は動き出した。
恐れで後退りする呪術師達。
なにも起きなかったかのように、ただ眠りから覚めるように彼女は動き出した。
立ち上がる彼女は辺りを見渡した。
そして、目の前にいる、呪術師達に声をかけた。
「どうかなさったのですか?」
それは、この場には全く合わない言葉。
「あ…我々は…」
そこまで、いい始めて、彼女ををあらためて見直す。
「あ…わかっている…お前達のことは…願いはな…私がかなえてやる。この力でな…」
さっきの彼女とは別の誰かが話した。
微かに笑みさえ浮かべながら。
「我々は失敗したのだ…望みはかなわないだろ…」
そういうと一人また一人と呪術師達は彼女の前から去っていった。
その姿には落胆の色がはっきりとでていた。
彼らの願い…
最高位の呪術師として力を持ち、部族の繁栄と平和をもたらす存在…
そんな存在とは異なる存在…
そうなったことは誰もがわかっていた。
呪術師達の望んだことにはならなかったが、これがこれからどんな存在になるかは誰もわからない。
彼女が伯爵から受け継いだ魔力石が運命を思わぬ方向に変えてしまった。
呪術師達が最後の望みをかけたものが、奪われた。
魔力石に秘められていた、脈々と続いていた魔術の力が呪術師達の力を取り込んでしまった。
エルザの中には伯爵の先祖である魔女が、新たな力をもって存在することに。
風が、遅れて吹いた。
その場に残ったのは、
理解できない力と、
取り返しのつかない何かだけだった。




