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ローゼンシュタイン伯爵

潮の匂いと鉄の軋む音が混じる港は、いつもより騒がしかった。

積み荷の間を縫うようにして、人々の怒号と泣き声が響いている。

ナヤは桟橋の端に立たされていた。

手首は荒縄で縛られ、背中には無理やり押された痕が残っている。

目の前には、腹を張り出した奴隷商人と、その取り巻きたち。

そしてその先には、闇のように口を開けた船倉。

——乗せられたら、終わりだ。

そう本能が叫んでいた。

「歩け!」

肩を突き飛ばされた瞬間、ナヤの足がもつれた。

砂に膝をつき、唇を強く噛みしめる。

血の味が口いっぱいに広がった。

それでも、ナヤは笑った。

震える喉で、幼いころ祖母から教えられた言葉を紡ぐ。

自然と精霊に捧げる、最後の祈り。

唾と混ざった血を——地面へ吐き捨てた。


その瞬間、その吐き捨てられた血は地を這うように立ち上がった、赤黒い影。まるで大蛇のようだった。

それは怒りと悲しみと怨念で形作られた血の化身。

次の瞬間、悲鳴が上がった。

奴隷商人の手下たちが、見えない力で宙へと放り投げられていく。

人形のように舞い、甲板や積み荷に叩きつけられる。

港は一瞬で地獄になった。

「な、なんだこれは……!」

見えぬなにかに殴られ、引きずられ、空へ投げられる人々。

逃げ惑う群衆。転がる荷箱。

その騒ぎで繋がれた人達が逃げ出そうとした。



だが——

その混乱の中で、ただ一人、静かにそれを見つめる男がいた。

黒い外套を纏い、銀縁の眼鏡越しに港を観察する紳士。

彼の目には、血の怨霊がはっきりと映っていた。

「……やはり存在する。新大陸の精霊魔術」

低く、感嘆を含んだ声。

男は杖で地面になにかを描いた。

次の瞬間、淡い光の幾何学模様が空に広がり、怨霊を包み込む。

まるで霧が晴れるように、血の怨霊は悲鳴もなく溶けて消えていった。

港に、急激な静寂が訪れる。

倒れ伏す人々。

呆然と立ち尽くす奴隷商人。

そして——ナヤ。

逃げるはずだった彼女はその光景に足を止めてしまっていた。

彼女は目を見開き、その紳士を見つめていた。

紳士もまたナヤを見つめていた。

少しの笑顔で…

ナヤは男が自分の呪術を封じたことに驚きと恐れを感じていた。


(あの男は私の力がみえている…)


ナヤは男から目を離せなかった。

逃げることも忘れて。

男がナヤに近づいてきた。

男が近づいてくる。


逃げなきゃ…


とうとう男はナヤを見下ろせるところまできていた。

「君だね、さっきのは」

優しいが、どこか冷静な声。

なにを言ってるかはわからなかった。

男は微笑んでいた。それだけはわかった。


ナヤが起こした混乱で奴隷の多くが逃げ出していた。

しかし混乱が収まると商人の手下に次々と捕まえられた。

そしてひどい目に合わせれていた。

銃声もした。きっと殺されたのだろう。

ナヤは悲しかった。

自分がやったことがこんなことになることが。

もし、自分が何もしなければ、そのまま奴隷として船に積まれていてら、ここで殺されることはなかっただろう。

死ぬまで殴られ蹴られることもなかっただろう。


ナヤはただ泣いていた。

それを男は黙って見下ろしていた。


「さあ、もう立てるはずだ。」

男はそういうと、ナヤの腕を引き上げていた。

泣きながらナヤは男の言うままになっていた。



「旦那〜それを返していただきますね。」


手下がやってきて、ナヤを連れて行こうとする。


「君…その子を買い取りたいのだが…」


すると近くにいた商人がやってきた。


「いやあ〜紳士の旦那〜それはもう私のものなんで〜


男は奴隷商人の前へ歩み寄る。

「その娘を私に売りなさい」

「は、はあ!? いやあ〜冗談じゃありませんよ!そんな簡単には…」

すると男は静かに商人の耳元へ顔を寄せ、何かを囁いた。

商人の顔色が、みるみる青ざめる。

「……そ、そんな……あんた……」

数秒の沈黙の後、商人は震える声で言った。

「わ、わかりました……お譲りします……」

紳士は満足そうに頷き、金貨を差し出した。

そして、ナヤの前に膝をつく。

「怖がらなくていい。君を傷つける者はいない」

その目は、優しさと探究心が奇妙に混ざっていた。

「私の名はアルブレヒト・フォン・ローゼンシュタイン。

君の力を、守り、学び、未来へ繋ぎたい」

ナヤは縛られた手を見つめ、それから彼を見上げる。

——この人について行けば、何かが変わる。

恐怖と希望が入り混じる中、彼女は小さく頷いた。

こうして、

精霊の魔術を宿す少女と、滅びゆく魔術を求める貴族の運命は交わった。

そしてこの出会いが、

やがて“魔弾の魔女”を生み出すことになる。

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