銃と呪術師
帝国辺境騎士団の最前線駐屯地は、草原の中に唐突に現れた。
高い柵と見張り塔。
土嚢で固められた砲座。
乾いた地面を踏みしめる軍靴の音。
「小隊!整列!2列横隊!」
下士官の号令が飛ぶ。
オコネル一等兵も列に並ぶ。
キャラバンが到着して小さな町は人と馬車で溢れていた。そんな中帝国辺境騎士団の部隊は駐屯地に吸い込まれていった。
エルザは馬を繋ぎながらそれをみていた。
ここまでくる間にこの帝国辺境騎士団がPNと敵対するものだということはもうわかっていた。
それがこんなに隣合わせで存在している町。
そこで暮らす敵対するはずのPNたち…
荷を下ろす馬車が行き交い、砂埃が舞う。
キャラバンの大半はここで終点だった。
荷が下ろされ、商人たちは安堵の息をつく。
帝国辺境騎士団の主力もここに留まる。
ここからさらに奥へ向かうのは、
食品会社の警備隊が主体となる小規模な隊列。
騎士団の小隊が途中まで同行するだけだ。
草原の奥は、ここよりさらに不確で危険な場所らしい。
町に足を踏み入れたとき、エルザはまず匂いに気づいた。
干し肉と油。
火薬と汗。
そして、乾いた土。
PNとCIが入り混じっている。
市場では、近隣の村から来たPNが毛皮や薬草、乾燥肉を並べ、
CIの商人が布や工具、金属製品を売っている。
声は低く抑えられている。
敵意が露骨にあるわけではない。
だが親しさもない。
視線は短く交わり、すぐ逸らされる。
金が介在するときだけ、言葉が交わる。
それはどこか、冷たい平衡だった。
PNの子供が、鉄の鍋を珍しそうに触っている。
その横で母親が値段を交渉している。
近代の物資を、アルカールが買っていく。
鉄はケルムのものだが、
生活はもう混ざり始めている。
エルザは歩く。
すると視線が集まった。
PNの視線。
好奇。
戸惑い。
警戒。
――変わったPNが来た。
貴族の外套をまとい、
伯爵と並んで歩く少女。
腰には銃。
アルカールの娘でありながら、
ケルムの鉄を帯びている。
その矛盾が、彼らの目に映っているのがわかる。
PNが銃を持つことは珍しくはない。
警備隊や帝国辺境騎士団の雇われたPN達もそうだった。
だが、彼らは生活のためとはいえ、侵入者に加担する裏切者とみなされることがほとんどだ。
エルザも同じように見られている。
エルザは視線を受け止めながら、何も言わない。
どこにも属さない感覚が、ここではむしろ鮮明だった。ここは混沌の町だ。
伯爵は町に住むPNの呪術師を訪ねた。
小さな家だった。
乾燥した薬草が吊るされ、土の匂いが濃い。
老婆が奥から現れる。
深い皺。
静かな目。
彼はエルザを見るなり、眉を上げた。
「……銃を持つ呪術師は初めて見る」
エルザは黙っている。
伯爵が、周辺の村の呪術師について尋ねる。
老呪術師は首を振った。
「もう、ほとんどいない。若い者は鉄を選ぶ。祈りよりも、火を噴く武器を…」
その視線が、エルザの銃に落ちる。
「だが、お前のそれは違う」
静かな声。
「その銃には、魔力が込められている」
エルザは瞬きをした。
わかるのか…
否定しない。
祖霊への祈り。
古の呪文。
月の下で額を地に付けた夜。
老呪術師はゆっくり言う。
「この辺りでは、お前の魔力が一番強い」
沈黙。
そして、かすかな笑み。
「おまえの銃は魔女の銃だ……」
その呼び名は、土壁の中で静かに響いた。
エルザはそんな言葉など気にしない。
魔女でも何でもいい。
必要なら撃つ。それだけだ。
「もうすぐ黒い狼がやってくる…おまえはどうするのか…お前の魔力は私よりはるかに強い…精霊の指し示す先を読むのもよい…それはおまえが決めればよい…」
老呪術師はエルザに語った。
エルザはその言葉についてはなにも感じなかった。疑問など無い。
だが伯爵にはその老呪術師の言葉が気になった。
「黒い狼とは?」
「それがやってくるとはどういうことなのか?」
老呪術師は伯爵と視線を合わせることなく答えた。
「それはそこの魔女に聞けばよい」
エルザには老呪術師のいう言葉がなにを意味するのかはわかった。だがそれは言葉に出来るわかりかたではなかった。だから、伯爵に答えることはできなかった。
「私にはなんのことか…」
長年、呪術師の魔力の研究もしてきた伯爵には、老呪術師の言葉は、必ずなにかを表していることは確かだと確信していた。
外に出ると、町のざわめきが戻ってくる。
兵士の笑い声。
商人の怒鳴り声。
子供の泣き声。
PNとCIが、隣人として生きる町。
争いの最前線でありながら、
奇妙な均衡を保つ場所。
エルザは空を見上げる。
夕陽が微かに空を照らしていた。
ここは境界だ。
草原と帝国の。
祈りと鉄の。
自分の立つ場所も、きっとその境界なのだろう。
遠くで、騎士団のラッパが鳴った。
エルザは銃の重みを確かめ、
ゆっくりと町を見渡した。
この場所もまた、
いつか火に包まれるのだろうかと、
ぼんやり思いながら。
酒場は今日駐屯地に着いた新兵達で大盛り上がりだった。やっと着いた任務の土地。
苦しい訓練、長い行軍、どれもがここで終わった。
その解放感…
羽目を外すのは恒例のこと。
酒場もそこはわかっている。
歓迎ムードで財布の紐を緩める。
兵士は確実に給料が入ってくる。
その辺のわけのわからない客とは格段に違う。
オコンネル一等兵もそのなかにいた。
エルザはなかなか眠れない。
なにかが変わっている。
でもなにかがはっきりしない。
モヤモヤしながらベッドから出ると着替えて町の端の草原までやってきた。
月は明るいが、冷気がエルザの身を包んでいた。
あんなに昼間は暑かったのに。
月は青黒い夜空に輝いていた。
エルザはその月になぜか魅かれていた。
黒い月
黒い狼
黒い血
お前は誰だ
声…
私は…
月が突然大きくなりエルザに迫ってきた。
だが不思議と逃げようという気が起きなかった。
月が…
月がエルザを包んだ…
黒い月
エルザは足元からなにかがやってくるのがわかった。
大地の霊…
大地に繋がる様々な生きとし生けるもの…
水、土、木々や草花、虫たち、動物…
その息吹が足元から入ってくる…
染み透る…
それはつま先から頭まで…
エルザは頭を抱えて地面に伏せてた。
エルザの目が月の光になる。
この大地と空の神々にエルザは感謝の言葉を唱えていた。
そう…精霊ではない、神々の力がエルザを覆っていた。
酔っ払ったオコンネルは月の光に誘われるようにとうとう町の端まで来てしまっていた。
月は明るい。
寒さで身が震える。
月を見上げるとその下に人が立っていた。
なんだ?
目を凝らして見続ける。
あ………
酔いが覚めていくのがわかった。
月の光が照らしているのか…
オコンネルはただ見つめていた。
人なのか…
子供の頃教会の聖母の像をみた…
オコンネルは祈っていた…
子供の頃のように…
辺りの光が消えて暗闇になった。
エルザの視界には炎が映っていた。
その炎の向こうには戦士が二人座っていた。
なにかをこちらに話している。
懐かしい言葉…
二人の戦士も視界の奥のエルザをみていた。
お前は誰だ…
黒い月
黒い狼
黒い血…
お前は誰だ…




