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襲撃

草原は、昼の光に満ちていた。

風が高く伸びた草を揺らし、隊列は規則正しく進んでいる。

その静けさが、唐突に破れた。


帝国辺境騎士団の偵察兵、PNの兵士が隊長に駆け寄ってなにかを告げた。

キャラバンに先行していた兵士だ。

隊長の指示が兵士に飛ぶ。

キャラバンは防御の形をとるために一斉に動き出す。

中央に物資と民間人をの場所を固める。

それを騎士団の馬車が囲む。

兵士の乗っていた馬車が倒されて盾になる。

騎士団は一斉に配置につく。

警備隊も共に。


――遠くで、鳥が一斉に飛び立つ。

次の瞬間。

砂塵が見える。

エルザは伯爵と共に陣形中央の民間人の馬車の陰で銃を取り出していた。

他にも何人かが同じように構えていた。

伯爵が声をかける。

「エルザ、大丈夫だ。心配するな。」

「はい」

そういうエルザの手は汗で濡れていた。

自分には撃てるのか…

相手は同族。

怒りもない。

なぜ、自分は銃を出しているのか。

声をかければ話せるのではないか。

ナヤラのように。

そんなことすら考え始めていた。


地響きと共に叫びが聴こえた。

草原の丘の向こうから、騎乗した影が現れた。

PNの戦士たち。

馬を横に滑らせるように走らせながら、横向きざまに発砲する。

乾いた銃声が何発も聞こえる。

銃声が交錯する。

PNの戦士達は陣形の周りを遠巻きに回り始めた。

何周もしながらこちらに向けて撃ってくる。

こちらの兵士も応戦する。

数では負けている。


「ここにいなさい…」

とエルザに伯爵は言葉をかけて兵士達の中に入っていった。

何人かが撃たれて戦列を離れる。


「エルザ…トマスをお願い…トマス、お母さんはお父さんを手伝ってくるから、エルザお姉ちゃんとここで待ってるのよ…」


そういうとナヤラはトマスをエルザの方に押し出した。

「わかりました。トマスお姉ちゃんと一緒にいようね…」


トマスはおとなしかった。というよりは、大人の緊張を感じ取っていた。

トマスはエルザの背中にしがみついていた。

エルザはいつでも撃てるようにリボルバーを構えていた。


突然、叫び声が聞こえてきた。

何が起こったのかわからないままエルザは銃を構えていた。

その時目の前に突然誰かが倒れてきた。

するともう一人も。

エルザの前で揉み合う二人。

兵士がもう少しで胸を刺されそうになる。

必死に防戦する。

誰か、助けにこないのか?

エルザ方を兵士はみていた。

というよりその手のリボルバーをみていた。

エルザは構えた。

同じ部族の男を撃った。

そこに躊躇いはなかった。

頭の中ではもし同じ部族が…とは考えていたはずなのに…

咄嗟になんのためらいもなく…


「トマス、お姉ちゃんはお母さんやお父さんを手伝ってくるからね…ここから動いちゃだめよ!」


そういうと、少し離れたところにいた女性が、私が預かるからと声をかけてくれた。エルザは礼を言って、射撃の戦列に加わった。


エルザは祈りを捧げた。


「精霊達よ…我が血を捧げます…大地の神よ…我が血で汚れを清め給え…我が血で清めます…」


ナイフで指を切り血を地面に垂らす。

その一滴は染み込んでいく。

そして、指で銃身をなぞる。

血が銃身に伸びていく。

それを見届けるとエルザは銃を握り直した。

そして構える。

もうなんのためらいもない。

機械のように撃つ。 

それは一つの作業を黙々とするようだった。


「精霊よ…力を…我が精霊よ…」


撃つたびにその言葉を自然と口にした。

射撃は正確だった。



それを伯爵はみていた。

明らかになにかの力がエルザに働いているのがわかった。

なんの躊躇いもなく撃っているエルザは普通の人とは違っていた。

これが、この土地の力を使う彼女の力なのか…

研究者として今の彼女の様子を伯爵はみていた。

俗な表現を使えば神の御業…とでもいいのか…



仲間とは、彼女にとっての仲間とは…

籠城戦の時もそうだった。

あの時もきっとエルザは仲間のために撃った。

同じ部族という基準で考えることが間違っていた。

それは、ある種の見下している差別意識だったのかもしれない。

伯爵はエルザの姿を横目でみながらそんなことを考えていた。


音が胸に響く。

乾いた破裂音が、鼓動と重なる。

草原を駆けるPNの姿が見える。

彼らは叫び声を上げながら旋回し撃つ。

無駄な接近はしない。

試すような動き。

様子を測る目。

それは明らかだった。

だが、弾は本物だ。

誰かが当たれば、死ぬ。


エルザの頭の中の視界にひとりの戦士が映る。

馬上で振り向き、撃とうとしている。

黒髪。

編み込まれた飾り。

アルカール。

同族。

引き金に指がかかる。

撃てるのか。

自分は。

あれは敵か。

それとも――。

――自分はどちら側だ。

ケルムの鉄を握る、アルカール。

胸が締め付けられる。


どれほど時間が経ったのか。

PN達は一斉に引き上げていった。

エルザは最後まで撃ち続けた。



リードが駆け寄ってきた。


「もう大丈夫ですよ。もう襲ってはこないでしょう。今のところは」

リードの落ち着いた声でエルザは少し緊張が溶けた。


自分を守ることは誰かを殺すことにもなる…


伯爵のその言葉が思い出された。



エルザはまだ銃を構えたままだった。

息が荒い。

指が白い。


伯爵が静かに言う。

「大丈夫か…」

エルザは頷く。

だが、胸の奥は震えている。


さーっと誰かの視界が目の前に広がった気がした。

誰の?

あの丘だ…

あの丘からみてる視界だ。

一瞬エルザの視界があの丘にいる誰かの視界になった。


黒い狼。

黒い月。

黒い血。

誰かの声、言葉。


それはすぐに消えた。

草原は再び穏やかだ。

だがエルザの中では、何かが確かに始まっていた。

大地が呼んでいた。

エルザの足元はその大地の土を踏んでいる。

そこからなにかがエルザを覆い始めていた。

これは精霊の響きなのか…なにか呪いか…

エルザの中のなにかが変わっていた。


いつか、その瞬間は来るのか。

その時、自分は――

風が草を揺らし、

キャラバンは再び前へと進み始めた。

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