終点
列車は、軋むような音を立てて減速し、やがて建設途中の駅へと滑り込んだ。
ここが現在の終点駅だ。
そこは駅と呼ぶには粗末な場所だった。
未完成のプラットホーム。剥き出しの枕木。
遠くではまだ線路を延ばす工夫たちの槌音が響いている。
だが広場にはすでに無数の馬車が集まっていた。
食品会社の紋章を掲げた大型の輸送馬車。
木箱、塩漬け肉、小麦袋、樽。
奥地へ送られる最後の積み荷が次々と下ろされる。
その周囲を取り囲むのは、雇われた警備兵たちだった。
服装は統一されていない。
元軍人、流れ者、借金持ち、野心家。
能力も人格もまちまち。
銃の扱いに慣れた者もいれば、目が泳いでいる者もいる。
さらに駅の一角には、整然と並ぶ部隊があった。
帝国辺境騎士団。
濃色の外套、整備された騎兵銃。
彼らは最前線の駐屯地へ向かう部隊だった。
新兵も混じっている。
新兵は全員整列して直立不動の姿勢で立っている。上官がなにか大声で叫んでいる。
その中の一人の前で上官が説教を垂れる。
別になにかやったわけではない。
「オコネル一等兵!」
鋭い大きな声がその新兵に向かって吐き出されていた。
「ハイ!」
若い兵士は思い切り返事をしていた。
上官の声は周囲にも聞こえるほど大きかった。
「最前線の駐屯地は、開拓民の最後の砦だ!」
「PNはどこから襲ってくるかわからん。草の陰、丘の裏、夜の闇。常に引き金を曳く準備をしておけ!」
エルザの耳にも届く。
襲ってくる…その言葉はエルザには不快だった。
襲ってきたのはそっちじゃないか…
エルザの過去にはそんなことしかなかった。
ここは本当に神経が休まらない。
不快と敵意とそれに抗う心の強さとで…
「襲ってきたら迷うな。迷えば自分が死ぬ。仲間が死ぬ。開拓民が死ぬ!」
若い兵士たちの顔が強張る。
「ここはもう争いの場所だ。理解しろ!」
オコネルは唇を噛み、強く返答した。
「はい、少尉殿!」
その目は、まだ恐れを隠しきれていない。
エルザは視線を逸らした。
――争いの場所。
それは、彼女の大地でもある。
警備兵の中にはPNもいた。
通訳や案内役として雇われた者たち。
地形を知り、部族の動きを知る。
帝国にとっては有用な存在。
だがアルカールから見れば、裏切り者。
視線が交わることはない。
やがて隊列が整えられた。
先頭と最後尾に帝国辺境騎士団。
中央に食品会社の輸送馬車。
左右を警備兵が囲む。
騎士団の中にも、偵察要員として雇われたPNが混じっている。
境界は曖昧だった。
リードは馬に跨がる。
元軍人らしい姿勢。
妻と息子トマスは、荷物を積んだ馬車の片隅へ。
伯爵とエルザは並んで騎乗する。
「行きます」
リードの短い声。
キャラバンは動き出した。
草原は広大だった。
長い隊列が、ゆっくりと蛇のように進む。
鉄道の終点から離れれば、文明の匂いは薄れていく。
風だけが支配する世界。
その隊列を、離れた丘の上から見下ろす影があった。
数十名のPN。
アルカールの戦士たち。
その中央に立つ男は、静かにキャラバンを見つめていた。
黒い髪に黒い布を頭に巻いて後ろに垂らしていた。
編み込まれた髪。
鋭い横顔。
彼の名は――
ヴァルグ・ナカル。
PNの言葉で
「黒き狼」を意味する。
ICは彼をこう呼ぶ。
ブラックウルフ。
すでに幾つもの襲撃を指揮し、
帝国辺境騎士団の報告書に名が載る存在。
やがて反乱軍を束ねる指導者となる男。
彼は遠くの隊列を見つめる。
視線は冷たいが、憎悪だけではない。
計算。
観察。
待機。
「鉄の民がまた進む」
誰かが呟く。
ナカルは答えない。
ただ一言。
「まだだ」
風が草を揺らす。
キャラバンはそれに気づかない。
若いオコネルは緊張で喉を鳴らしながら、隊列の中ほどを歩いていた。そのかなり後方にはエルザがいた。二人はまだなんの関係でもなかった。
草の海の向こうで、
黒き狼は静かに機を待っていた。




