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ルートヴィヒ大佐

館での静かな日々の合間に、エルザはときどき伯爵とともに近くの大都市へ出かけた。

馬車から降りた瞬間、空気が違う。

人の波。

蒸気の匂い。

石畳を打つ靴音と、馬車の車輪の軋み。

活気に満ちた街は眩しく、美しかったが——同時に、エルザにとっては少し息苦しい場所でもあった。

通りを歩くたび、視線を感じる。

ひそひそ声。

一瞬止まる会話。

遠慮のない好奇の目。

浅黒い肌。異国の顔立ち。

「……」

エルザは自然と伯爵のコートの袖を握っていた。

伯爵が一緒にいることで露骨な侮辱はない。

だが、無言の距離ははっきりと存在していた。

まるで——珍しい動物を見るような目。

エルザはそれに慣れたふりをして、街を見つめ続けた。

ある日、立ち寄ったカフェで、隣の席の紳士が読んでいた新聞の一角が目に入った。

小さな見出し。

――新大陸にて原住民の蜂起発生。

胸が強く脈打つ。

故郷。

森。

燃える集落。

「伯爵さま……あの…新聞を…読んでもいいですか?」


「いつもの?」


「いえ…あの…故郷の…」


そこまで言うと伯爵は一瞬だけ表情を曇らせたが、何も言わず新聞をってエルザに渡した。

震える手で新聞を広げる。

そこには、暴動、討伐、鎮圧という冷たい文字が並んでいた。

“野蛮な反乱”

“秩序回復”

そう書かれている。

「……野蛮じゃない」

エルザの声は小さく震えていた。

「みんな、生きる場所を守ろうとしただけ……」

伯爵は黙って彼女の頭に手を置いた。

「歴史とは、勝った側の言葉で書かれるものだ…」

エルザは新聞を強く握りしめた。

紙面はエルザの小さな手のなかでくしゃくしゃになった。それはエルザの心だった。


——わたしは、負けた側なんだ。勝たないと、なにも残せない…勝つんだ…


その現実が、胸に深く突き刺さった。


数日後、館に珍しい客が訪れた。

玄関から響く、やけに明るい声。

「相変わらず陰気な城だなあ!」

「静かにしろ、近所迷惑だ」

現れたのは、軍服姿の快活な男だった。

笑顔が絶えず、空気を一気に明るくするタイプの人物。ルートヴィヒ・フォン・ヴァルデック

「おお、この子が噂のエルザちゃんか!」

エルザは少し緊張して頭を下げた。

「は、はじめまして……」

「固い固い!俺はただの古い友人さ!」

その後ろで、もう一人の人物が静かに立っていた。

——女性だった。

だが、その体格は女性にしては並の兵士を軽く超えている。

エルザもこの体格の女性は初めて会った。普通の女性の装いだが、立っているだけで、どこか、凄みを感じさせる。隙がない。目は帽子に少し隠れて見えなかった。だが、視線は鋭かった。

まるで獣のような鋭さをまとっていた。

エルザには、獲物を襲う体勢の肉食動物にすら見えていた。


「こちらは——」

軍人が楽しそうに紹介する。

「俺の部下。銃、格闘、刃物、なんでもござれの専門家イルマ クロイツァー少尉だ!」

女性は短く頷いた。

「イルマ クロイツァー少尉です。お初にお目にかかります。伯爵。そして、よろしく、エルザ」

その声は低く落ち着いていて、不思議と安心感があった。

エルザは目を輝かせた。

「……すごい……」

こんな女性を見たことがない。

強くて。

迷いがなくて。

守る側に立つ人。

故郷の村の戦士を思い出させるほどの女性だった。

エルザはイルマをずっとみていた。

それに気づいたルートヴィヒ大佐。


「どうした?笑 イルマが気になるか?」


「すいません…つい…」


するとイルマは口を開いた。


「大尉、この子は私を見抜いてますよ笑」


「どういうことだ?」


「あ…あの…戦士だなと思って…」


エルザはつい口に出してしまってから、まずいことをしたと思った。


イルマとルートヴィヒは笑い出した。


「いや!そのとおりだよ!イルマは戦士だ!戦場の英雄だ!俺はイルマに何度も危機を救われた。今度はエルザちゃんの危機を救うことになるからな!」


エルザには意味がわからなかった。


「クロイツァーさんは今日からここで一緒に暮らすんだよ。エルザを守ってくれるんだ。それからなんでも相談するといい…」


伯爵は微笑みながら話した。


「エルザ、よろしくね笑

なんでもといってもまずはお互いのことよく知らないとね…私はあなたの役に立ちたいから(笑)」


イルマはエルザに握手を求めた。 

 

「よ…よろしくお願いします…」


エルザは頬が熱くなるのを感じた。

イルマの手は少し固かった。

でも、その暖かさはエルザが昔感じた懐かしさがあった。


その日からエルザは、イルマに懐いてしまっていた。

憧れであり、目標であり、

どこか姉のようで、母のような存在。

戦場に立つ“強い女性”。

この人のようになれたら、自分はもう負ける側にいなくてもいいのかも…

そう思い始めていた。

勝つ側のその姿が、初めて具体的に見えた気がした。



「わ、わたしも……あなたみたいになれますか?」

ある時思わず口にしていた。

イルマは少し驚いたあと、ふっと微笑んだ。

「努力すれば、誰だってなれる…」

その言葉が、胸に温かく広がる。

エルザはその瞬間、はっきりと感じていた。

この人は勝つ側の人だと。

魔術が使えるだけでは何かが違うし、足りない気がしていた。

自分自身も強くなるんだ。

もっと強いものが自分にも欲しかった。

今それがはっきりとエルザの中で固まりつつあった。



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