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第4話:血統石碑が暴く真実(ガブリエル視点)

兄が言うには、父と義母、義妹は、しばらく帰らないらしい。


「リリ。」

兄が、私の部屋への居間側のドアをノックした。

「はい。」

私は静かに扉を開けた。

兄の顔は、緊張していた。

「……本当にお前も行くのか?」

「はい。」

私はゆっくりと頷いた。

兄の後ろでジュリアンが笑んだ。


夜中の廊下は、静かだった。使用人たちも、もう寝静まっている。3人で、そっと足音を立てないように歩く。

心臓が、早く打っている。兄の手も、震えているのが分かった。


父の書斎の前に着いた。重厚な、木の扉。いつもは従僕が立っているが、夜中なので誰もいない。

兄が、扉の取っ手に手をかける。取っ手が静かに下がるのが見えた。扉が、開いた。鍵は、かかっていなかった。

そっと扉を押す。兄が音を立てないように扉をゆっくりと開け、私たちは後に続いた。


書斎の中は、暗かった。兄が、魔道ランプに魔力を流すと、明かりが灯った。

部屋が、ぼんやりと明るくなると、部屋の様子が見えた。本棚、大きな机、革張りの椅子。

そして、机の上には書類が山積みになっていた。


兄が、机に向かった。

私も、隣に立った。


兄は、机の引き出しを開けた。書類、書類、また書類。

「……これは違う。」

兄が呟きながら、次の引き出しを開ける。


「何をしておられますか。」

不意に声がして、3人がびくりと肩を震わせると、声の主を見た。

「……アンリ、驚かすなよ。」

「お探しのものは、こちらではありませんか。」

アンリは、母と一緒に暮らしていた時からの執事で、こっそりといろいろな便宜を図ってくれていた。この屋敷では下級執事として勤めていた。


「それだ。これが、領地の会計帳簿だ。」

兄は、帳簿を机の上に置いた。ページをめくると、数字が、びっしりと並んでいる。

税収、支出、領地の維持費……。


兄の目が、ページを追っている。

「……おかしい。」

兄が小さく呟いた。

「何が?」

「実際の税収と国への報告が……。」

兄は、指で数字を追った。

「去年の税収、ここに記されている額が……。」

兄の顔が、青ざめていった。


「テオドールが言っていた額より、かなり少ない。」

兄は、別のページをめくった。

「つまり、徴収した税の一部が……。」

「……どこかへ消えている?」

私が続けると、兄は頷いた。


「それだけじゃない。」

兄は、別のページを開いた。

「橋の修理費も、計上されている。」

「でも……。」

「テオドールの持ってきた帳簿にはそんなのなかったよな。」

ジュリアンが答える。

「つまり、この金も……。」

「使い込まれている?」

私の声も、震えていた。


兄は、次々とページをめくっていった。そして、止まった。

「……救援金。」

兄の指が、ある項目を指している。

『王宮より救援金:受領』

「受け取っているのね。」

「ああ。でも……。」

兄は、次のページを見た。

『救援金:領民への配布』

その欄は、空白だった。

「……配っていない。」

兄の声が、かすれた。


「ここを見ろ。」

兄が、別の項目を指した。

『宝石購入費』

『高級織物代』

『音楽教師費用』

「……これは。」

「あの女と、義妹のためだ。」

兄は、帳簿を閉じた。手が、震えている。

「父上は……領民から搾り取った金で、あの女に貢いでいた。」


私は、何も言えなかった。

胸が、痛かった。

怒りか。

悲しみか。

分からなかった。


「母上が生きていた頃も……。」

兄が呟いた。

「父上は、すでに愛人に金を渡していた。」

兄は、静かに天井を見上げた。

「母上は、貧しい別宅で病気と戦っていたのに。」

涙が、兄の頬を伝っていった。


「母上の治療費も……。」

兄の声が、途切れた。

「ここに記されているが……。」

兄は、ページを指した。

その額は、驚くほど少なかった。

「……あの女への贈り物の、十分の一以下だ。」

私は、目を閉じた。母の、弱った姿を思い出す。あの優しい笑顔。

「兄上様……。」

私が呼ぶと、兄は私を見た。

目が、赤かった。


兄は、机に両手をついた。

肩が、震えている。

「……許せない。」

兄の声は、低かった。

「僕は、父上を……許せない。」


私は、兄の背中に手を置いた。

「兄上様。」

「リリ……。」

兄が振り返った。涙が、止まらない様子だった。

「僕は……何もできなかった。」

「そんなことは……。」

「母上を、守れなかった。」

兄は、拳を握った。

「領民を、守れなかった。」


私も、涙が溢れてきた。

兄は、帳簿を手に取った。

「この証拠を持って、告発する。」

私は頷いた。


「いつ、告発するのですか。」

私が尋ねると、兄は考え込んだ。

「……ジュリアンにアンリ。」

兄は、ジュリアンとアンリを見た。

「一緒に、王宮へ持っていって相談しようと思う。」

二人はうなずいた。



兄は王宮へ出かけて行った。

私は部屋で刺繍を刺していた。ワンピースの裾部分に、花が舞って蔓草が絡んでいる様子を描き出した。これが終わったら、剣帯飾りへの刺繍をするつもりだった。兄が侯爵位を継ぐときに必要になるはずだからだ。刺繍のオーダーを受けたときに、その前金で布と糸を購入してきた。


兄たちは、その日のうちには帰ってこなかった。食事などを適当にごまかして、スープはジュリアンの部屋で具材を水増しして作り直した。パンは少し焼くとまた食べやすくなった。


そんなこんなで待ち続けて、翌日の夕刻には帰ってきた。


王宮で相談に乗ってくれた下級官吏が、いい人だったようで、証拠となるものを示して調べてもらうように伝えてきたようだった。税の虚偽報告が明らかになれば、父は横領・背信の罪に問われるはず。地位剥奪は確実だろう。そうなれば、兄が家督を継ぐことができ、私たちは安全になる。



父と義母と義妹が帰ってきた。玄関に迎えに出ると、義母は非常に不愉快そうな顔を見せた。

近づいてくると、いきなり頬を強く叩かれ、体がよろめいた。兄が支えてくれた。

「あんた、何で帰ってきたの。誰の許可を取って帰ってきたの。」

「……寄宿学校が卒業になったので帰ると、お手紙には書きました。」

「……旦那様、この娘、私の下女にしてもいいでしょうか。」

「――そうだな、それがいい。」


義母は私に外の掃除や洗濯をさせた。それ自体は別にどうってこともなかった。冷たい水とブラシで、外の東屋や石畳になっている床をきれいに洗った。でも、いちいち文句をつけては、バケツの中の汚れた水を、従僕に私に掛けさせたりもした。とにかく母に似ているらしく、憎らしいようだった。


伯爵令嬢だった義母は、もともと侯爵嫡男だった父の恋人だったらしい。父は政略結婚で母と結婚することになり、二人とも大いに迷惑したと話していた。理不尽なことを言って、罰で食事を抜かれたり、外で洗濯をさせられたりしたが、ジュリアンのところで食べられたし、洗濯は別に苦にならなかった。


兄は大変心配してくれたが、こんなことは平民なら皆やっていると伝えると、「お前は侯爵令嬢なのに」と、呆れたように微笑まれた。



「若様たちも今日は王宮へついてくるようにとのことでした。」

義母に私とは一緒に食べたくないと言われて、私はまかないにありつけるという、義母が想像していないラッキーな状態になっていた。食事の席で語られた話を、ジュリアンが事細かにいつも教えてくれる。私が用意した食事を兄はジュリアンの部屋で食べている。


今日は義妹のエレオノールが、王子妃となるための血統石碑の儀式が行われるらしく、両親と兄妹を同伴することと決まっているようだった。メイドのお仕着せからエプロンを外した格好が、地味なワンピース的で一番無難だと思い、私はそのような恰好にした。兄はジュリアンの一張羅を借りたようだ。


「王子妃って、エレオノール、すごいのね。」

「何言っているんですか。オレリー様の方が血筋もよろしいですし、お美しいですからね。」

「その通りだ。」

「二人とも何言ってるのよ、私は結婚とかしたくないわ。ずっと兄上様と一緒にいます。」

「それがいい。」

「若様、そこ納得するところじゃないですからね。」

「そうか?」


3人でわちゃわちゃと支度して、玄関におりて他の人たちが来るのを待った。


父が一番に現れて、私たちを見て舌打ちをした。

続いて、エレオノールが煌びやかなドレスを身に着けて階段を降りてきた。

最後に、義母が高価そうなドレスを身にまとって、階段上に現れると、父が昇っていき、エスコートする。

父は、なんだかんだ言って、あの義母を愛しているように思う。

今日はエレオノールが、王宮で正式に婚約者と認められる日となるので、気持ち悪いほどに父の口角が上がっている。


3人が6頭立ての立派な侯爵家の馬車に乗った。その後ろに、2頭立ての小さな馬車が付けられていて、それに私たちは乗るようだった。


兄は先に馬車に乗ると、上から私に手を出して、引き上げてくれた。隣り合って座り、兄の肩に頭を寄せた。

「兄上様、今日は何か美味しいものが食べられるでしょうか。」

兄は肩を揺らして笑った。

「今日はそういう日ではないと思うぞ。でも、王宮だからな。何か用意されているかもしれないな。」

「ふふふ。――先日の、背信の件はどうなっているのでしょうね。」

「正式な婚約式の前に、父に突き付けられたらよかったのだけど。」

「間に合いそうにないですね。」


馬車はすぐに王宮へ到着した。御者が扉を軽く叩き、開けてくれた。兄が先に降りると、私を優しく下ろしてくれた。兄のエスコートで父たちの後ろをついていった。


王宮の神殿に行くと、控室へ案内された。今日は立会人となる貴族たちが大勢神殿に集まっていると聞いた。馬車止めには確かにたくさんの馬車が止められていて、人が下りると次々に馬車が動かされていた。


時間が来るまで、控室の隣にあった待合室に用意されていた菓子をつまむことができた。控室にいたら、不機嫌そうにする父がいたので、そっと二人で部屋を出たのだった。おかげで王宮の職人が作った菓子を食べることができた。


カラーンと鐘が鳴った。

「神様、共に。」

胸の前で手を組んで唱えると、兄がびっくりして私を見た。

「……習慣でしたので。さて、控室へ戻りましょうか。」

「そうだな。」


控室へ戻ると、しばらくして案内人がやってきて、案内されて神殿内部へと入っていった。キラキラしい王子がやってきて、エレオノールをエスコートする。そして、その後ろを父達、私たちとついて行った。


神官様が儀式の説明をする。

王族に嫁がれる方の身分を神殿が保証するために、血統石碑の儀式が行われてきたこと。両手を石碑に置くと、魔法陣が発動し、実の両親の名が石碑上部に大きく示される。これによって各家の嫡女だということが証明されて、そのまま、正式な婚約式へと移行する予定だと説明された。


エレオノールは石碑に手を置いた。すると、魔法陣が発動して、石碑上部に大きく「父:ハンス(平民)、母:ロシュフォール侯爵夫人」と出た。


父はレオン・ド・ロシュフォールだ。ハンスじゃない。


小さく会場から笑い声が漏れた。その声がやがて大きくなっていった。


「お前たち、全員で私を謀っていたのか?」


王子がエレオノールと父に問う。義母は顔面蒼白で床に崩れていた。

「謀るなど……私は知りませんでした。」

「殿下、私もですわ。」


「もういい、どちらにしても、平民とは結婚できん。侯爵には管理責任は取ってもらおう。しかし、この儀式は意味があったのだな……危うく平民と結婚してしまうところだった。」


「私は、平民ではありませんわ……父上様、どういうことでしょうか。」

「……私は帰る。お前たちは伯爵家に戻るがいい。」


目の前で、父は顔を赤くして怒り、義母は顔を青くしてうずくまり、義妹は状況が分からないと言った様子だった。


「お待ちください。殿下、侯爵家への告発状がございます。」

「……お前たち、まだ何かあるのか……。許す、この場で報告せよ。」

「税収の過少申告について、侯爵家嫡男ガブリエル様より告発がございました。調査しましたところ、押さえました証拠の通りであると認めましたので、ご報告に上がりました。」

「……横領に背信。侯爵、いや、もう侯爵ではいられまい。夫人も、王家を愚弄したのは確かだな。追って沙汰を出すから、二人とも牢へ。デュラン伯は、エレオノールを連れて帰れ。」


人込みから、デュラン伯爵が進み出て、ついには泣き出しているエレオノールを連れて、会場を出て行った。


「侯爵家は嫡男のガブリエルが家督を継ぐように。では、今日は皆、集まってもらって悪かったが解散だ。」


王子は淡々と情報から現場指揮を執った。優秀な方なのだと思った。


「リリ。」

「兄上様。」

私たちは二人で顔を見合わせて微笑んだ。終わったのだ。














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