幕間2「世界樹のシロップと、皇女のパンケーキ」
「お腹すいたー! アレン、朝ごはんまだー?」
エルフの森を後にし、王都へ向かう帰路。
朝日が差し込む街道沿いの野営地で、シェリーの不満げな声が響いた。
彼女は切り株に座り、スプーンとフォークを握りしめて待機している。
「もうすぐ焼けるから待ってくれ。今日は特別な『シロップ』があるからな」
俺は携帯用の魔導コンロの上にフライパンを置き、生地を流し込んだ。
ジュワァ……という音と共に、甘く香ばしい匂いが立ち込める。
「ふふん。アレンさん、また変なこと考えてるでしょ?」
隣でコーヒーを淹れていたリリアが、呆れたように笑う。
「変なことじゃないさ。ただの科学調理だ」
今日のメニューはパンケーキ。
だが、ただのパンケーキではない。
生地には、昨日手に入れた『世界樹の葉』を乾燥させて粉末にしたものを、ほんの少し混ぜ込んである。抹茶のような爽やかな香りが特徴だ。
そして、メインディッシュは――。
「はい、お待たせ」
俺はふっくらと焼き上がった3段重ねのパンケーキを、シェリーの前に置いた。
そして、小瓶に入った黄金色の液体をたっぷりと回しかける。
「……わぁ」
シェリーが感嘆の声を漏らした。
蜂蜜よりも透明度が高く、琥珀のように輝く液体。
シルフィから貰った『世界樹の雫』を煮詰めて作った、特製メープルシロップだ。
「いっただきまーす!」
シェリーが大きな口を開けて、パンケーキを頬張る。
瞬間、彼女の動きが止まった。
カッ! と目が見開かれ、尻尾が残像が見えるほどの速度で左右に振られる。
「んんんん~~~~っ!!」
「どうだ?」
「なにこれ!? 甘いけど、全然くどくない! 濃厚な森の香りが鼻に抜けて……噛めば噛むほど、元気が湧いてくる感じ!」
シェリーは夢中で二口、三口と食べ進める。
『世界樹の雫』には、高濃度の魔力と生命力が含まれている。
疲労回復効果はポーション以上だ。
「リリアも食べてみてくれ」
「え、いいの? ……じゃあ、一口」
リリアも切り分けて口に運ぶ。
咀嚼した瞬間、彼女の頬が朱に染まった。
「……おいしい。すごく上品な甘さ。……でも、アレンさん」
リリアは幸せそうな顔のまま、恐ろしいことに気づいたように俺を見た。
「このシロップ、市場価格だといくらくらいするの?」
「……考えるな。考えたら負けだ」
世界樹の雫は、一滴で金貨数枚と言われる幻の霊薬。
今、シェリーの皿の上には、たぶん王都の豪邸が一軒買えるくらいの金額がかかっている。
だが、最高級の素材を一番美味しく食べるのが、生産者(錬金術師)の特権だ。
「おかわり! アレン、もっと焼いて!」
「はいはい。材料はあるから、好きなだけ食え」
鼻にクリームをつけた皇女様と、高級すぎて震えながら食べる元冒険者。
そんな二人を見ながら、俺は次のパンケーキをひっくり返した。
平和な朝だ。
この先に待ち受ける、新たなトラブルのことなど、今は忘れておこう。
(幕間2 完)
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