幕間1「工房の悲鳴と、届いてしまった『国宝級のゴミ』」
「ふぅ……。今のところ、製造ラインは順調ですね」
王都エルデンシアにある『王立錬金術師協会』の一室。
僕、ルーカス・ブラウンは、山積みになった納品書にハンコを押しながら、重い息を吐いた。
師匠であるアレン・クロフォードが「エルフの森」へ旅立ってから数週間。
留守を預かる僕とエミリアは、死に物狂いで工房を回していた。
「ルーカス部長、休憩中ですか? ギルドの配送便から、師匠の荷物が届きましたよ」
原材料部長のエミリアが、大きな木箱を抱えて部屋に入ってきた。
箱には『割れ物注意』『取扱注意』そして『※至急開封のこと』という師匠の几帳面な字が書かれている。
「師匠から? 定期連絡にしては箱が大きいな……。お土産かな?」
「だと良いんですけど。……嫌な予感がします」
エミリアが真剣な表情で箱を睨んでいる。
僕たちは顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲み込むと、慎重に箱を開封した。
パカッ。
中に入っていたのは、新聞紙のような緩衝材と、真っ黒な『炭』の塊。
そして、大量の枯れ枝だった。
「……は? ゴミ?」
「枯れ木と……炭、ですか?」
僕たちは拍子抜けした。
同封されていた手紙を読む。
『ルーカス、エミリアへ。元気か? エルフの森で面白い素材が手に入ったから送る。この炭は「剪定した枝」を焼いたものだが、吸着力が凄い。これを使えば、ポーションの濾過工程を3倍効率化できるはずだ。枯れ枝の方は、細かく粉砕して肥料に混ぜてみてくれ。たぶん、成長速度が5割増しになる。アレンより』
「なんだ、ただの炭か。師匠も人騒がせだなあ」
僕はホッと胸を撫で下ろし、黒い炭の塊を手に取った。
軽い。
そして、不気味なほどに黒光りしている。
「……ちょっと待ってください、部長」
エミリアが顔色を変えて、鑑定用のモノクル(片眼鏡)を装着した。
彼女は僕の手にある炭を凝視し――そして、小さく悲鳴を上げた。
「ひっ!?」
「どうしたんだ、エミリア?」
「そ、その手を! 今すぐ離してください!!」
「えっ、あ、はい!」
慌てて机に置く。エミリアは震える手で、鑑定結果を読み上げた。
「……『世界樹の炭(最高品質)』。不純物除去率99.9%。……これ、ひとかけらで金貨10枚はします」
「…………はい?」
「それが、この箱に……ざっと50キログラム」
計算したくない。
金貨数百枚……いや、下手をすれば小国の国家予算レベルの金額が、無造作にダンボール箱に入っている。
「そ、それじゃあ、こっちの枯れ枝は……」
「……『神木の枝』ですね。杖の素材にすれば、宮廷魔導師クラスが血眼になって奪い合うレベルの代物です。それを……肥料にしろ、と?」
部屋に、重苦しい沈黙が流れた。
師匠は「面白い素材」と言った。
だが、これは面白いで済むレベルではない。市場に流せば経済が崩壊し、肥料にすれば野菜が魔物化しかねない劇薬だ。
「……ルーカス部長」
「……なんだい、エミリア」
「見なかったことにしませんか?」
「賛成だ。とりあえず、協会長が来るまで金庫に厳重保管しよう」
僕たちは無言で箱の蓋を閉じ、ガムテープでぐるぐる巻きにした。
遠い空の下、無邪気に笑っているであろう師匠の顔を思い浮かべながら、僕は新たな胃薬の瓶を開けた。
(幕間1 完)
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