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第88話「萌芽と証明」

そして、約束の三日目がやってきた。


早朝。


森はまだ薄靄うすもやに包まれている。

若木の周囲には、この里の運命を見届けるべく、大勢のエルフたちが集まっていた。


その最前列には、険しい顔をした大長老と、不安そうに両手を組むシルフィの姿がある。


「……時間だ」


大長老が重々しく口を開いた。


「見ろ、この無惨な姿を。神聖な木は毒のような青色に穢され、枝を切り落とされ、見る影もない。やはり人間になど頼るべきではなかったのだ」


確かに、遠目に見れば若木は異様だった。


葉はほとんど落とされ、幹は鮮やかなスカイブルーに染まっている。

森の緑の中で、そこだけが人工的な不協和音を奏でているようだ。


「シルフィよ。約束通り、族長の座を降りてもらう。そして人間たちには、死をもってこの冒涜を償わせる」


警備兵たちが動こうとした、その時だ。


「待ってください」


俺は彼らを制止し、若木を指差した。


「遠くから眺めて勝手に絶望するのはやめてくれ。……もっと近くで、よく見てみろ」


「何を往生際の悪い……!」


大長老は苛立ちながらも、若木へと歩み寄る。

そして、青く染まった幹に顔を近づけ――息を呑んだ。


「な……!?」


「どうしました、大長老様!?」


シルフィも慌てて駆け寄る。

そして、彼女もまた大きく目を見開いた。


「こ、これは……!」


切り落とされた枝の断面。

そして、節々の隙間から。

 

鮮烈な緑色をした、小さな「新芽」が顔を出していたのだ。


「バカな……。あれほど衰弱していた木が、たった三日で芽吹くだと?」


「黒いシミが……消えています!」


シルフィが叫んだ。


かつて幹を覆っていた不気味な黒い斑点は、青い薬膜の下で白く乾燥し、ボロボロと剥がれ落ちていた。


カビは死滅したのだ。


「『ボルドー液』の銅イオンがカビの胞子を焼き尽くしたんだ。そして、石灰が土壌を中和し、根の活力を取り戻させた」


俺は解説しながら、小さな新芽を指先で優しく撫でた。


「さらに『剪定』によって余計な枝への栄養供給を断ったことで、木は生き残るために全エネルギーを『成長』へと回した。これが植物本来の生命力だ」


毒を以て毒を制し、傷つけることで生を促す。

それが錬金術師(俺)の出した答えだ。


「……信じられん」


大長老は震える手で、若木の幹に触れた。


かつてのような冷たく湿った感触ではない。

脈打つような、力強い魔力の胎動が伝わってくるはずだ。


「神木が……生きている。いや、以前よりも力強く……」


大長老はその場に膝をついた。

その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。


「私は……間違っていたのか。古きを守ることだけに固執し、変化を恐れ、この木を殺そうとしていたのは……私の方だったのか」


「大長老様……」


「……人間よ、いや、錬金術師アレン殿」


大長老は地面に額をこすりつけ、俺に向かって深々と頭を下げた。


「非礼を詫びる。貴公の知恵と技術が、我らの守り神を救ってくれた。……ありがとう」


その言葉を合図にしたかのように、周囲を取り囲んでいたエルフたちからも、ワッと歓声が上がった。


恐怖の対象だった「青い木」は、今や「再生の象徴」として称えられている。


「やりましたね、アレンさん! さすがです!」

「ふふん、当然でしょ! 私の見込んだパートナーなんだから!」


リリアとシェリー(いつの間にか来ていた)が背中を叩いてくる。

そして、涙を拭ったシルフィが、満面の笑みで俺の手を握った。


「アレン殿! 本当に、本当にありがとうございます……! このご恩は一生忘れません!」


「仕事をしただけだよ。……それに、まだ治療は終わっていない。しばらくはこの青い色のままだが、雨で薬が流れ落ちる頃には、新しい葉が生い茂っているはずだ」


「はい! 大切に、大切に育てます!」


朝陽が差し込み、若木の青い幹と、新芽の緑を照らし出す。

どうやら、俺たちの首は繋がったようだ。


そして同時に、世界樹の若木という最高品質の素材(の欠片や落ち葉)を入手するコネクションも確立できた。


クエストクリア。

俺は心の中で小さくガッツポーズをした。


(第88話 完)

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