第86話「竜の洞窟と青い秘薬」
森の北端。鬱蒼とした木々が途切れ、岩肌が剥き出しになった崖の中腹に、その洞窟はぽっかりと口を開けていた。
『古の竜の洞窟』。
かつてドラゴンが住処にしていたと伝えられる、エルフたちですら近づかない危険地帯だ。
「……本当に、ここに入るのですか?」
入り口の前で、案内役のシルフィが不安げに身を震わせた。
洞窟の奥からは、生温かい風と共に、獣のような唸り声が微かに響いてくる。
「ああ。この中に、世界樹を救う鍵がある」
俺はランタンを掲げ、迷いなく足を踏み入れた。
リリアが剣を抜いて先頭に立ち、シルフィが最後尾を警戒する。
ちなみにシェリーは「暗くてジメジメしたところは嫌い。お留守番しててあげる」と言って、監視小屋でふんぞり返っていた。
あの皇女様、本当に自由だな。
洞窟内部は広く、鍾乳石が牙のように垂れ下がっていた。
俺は壁や地面に視線を這わせながら、目当ての「石」を探す。
「あった。これだ」
入り口から数百メートルほど進んだ場所。
俺は壁面の一部が、鮮やかな緑色に変色している箇所を見つけた。
「きれいな石……。宝石ですか?」
「『孔雀石』だ。銅を多く含んでいる鉱石だよ」
俺はスコップとハンマーを取り出し、緑色の岩盤を削り取っていく。
これが一つ目の材料、「銅」の元だ。
そして、そのすぐ近くの地面には、白く脆い岩石が転がっていた。
「こっちは『石灰岩』。太古の貝殻やサンゴが固まってできたものだ」
二つ目の材料、「カルシウム」も確保。
思った通り、ここは鉱物資源の宝庫だ。ドラゴンの魔力が地脈を刺激して、特殊な鉱脈を作ったのかもしれない。
「キシャアアアアッ!!」
作業を始めた瞬間、頭上から金切り声が降ってきた。
天井に張り付いていた巨大な影――翼長2メートルはある大コウモリの群れが、一斉に襲いかかってくる。
「きゃあっ!」
「させないよ!」
悲鳴を上げるシルフィの前で、銀色の閃光が疾走った。
リリアだ。
彼女は壁を蹴って宙に舞うと、空中で回転しながら斬撃を放つ。
「剣技『円舞』!」
ズババババッ!
一瞬にして数匹のコウモリが切り裂かれ、地面に落下する。
残った群れは、格の違いを悟ったのか、慌てて洞窟の奥へと逃げ去っていった。
「す、すごい……。人間の剣術がこれほどとは……」
「へへん、どう? アレンさんの護衛ならこれくらい朝飯前だよ!」
リリアがドヤ顔でVサインを作る。頼もしい限りだ。
安全が確保されたところで、俺は採取した石を地面に並べた。
ここからが錬金術師の出番だ。
「構成・分解・再構築――」
俺は両手をかざし、魔力を流し込む。
まずは緑色の孔雀石から。
不純物を取り除き、化学反応を促進させる。
「生成せよ、『硫酸銅』!」
ボンッ、と小さな煙が上がり、緑色の石が鮮やかな青色の結晶へと変化した。
まるでサファイアを砕いたような、美しいブルーだ。
続いて白い石灰岩。
こちらは熱を加えて二酸化炭素を飛ばし、水を加えて反応させる。
「生成せよ、『消石灰』!」
ジュワアアッ……という音と共に、岩が崩れ、真っ白な粉末が出来上がった。
「青い石と、白い粉……。これが薬になるのですか?」
「ああ。この二つを水に溶かして混ぜ合わせるんだ」
俺はビーカーを取り出し、現場で調合を開始する。
硫酸銅の水溶液(青)に、石灰乳(白)を少しずつ加えていく。
青と白が混ざり合い、液体は独特な色合い――空の色を濁らせたような、淡いスカイブルーの懸濁液へと変わった。
「完成だ。名付けて『ボルドー液』」
前世で19世紀のフランス・ボルドー地方で発明され、ワイン畑をべと病から救った伝説の農薬。
強力な殺菌力を持ちながら、雨にも強く、効果が長持ちする。
カビに侵された世界樹を救うには、これしかない。
「きれいな色……。でも、なんだか独特な匂いがしますね」
「うん。銅と石灰の匂いだ。……正直に言うと、これは『毒』でもある」
「えっ? 毒?」
シルフィが驚いて後ずさる。
「カビという微生物を殺すための毒だ。濃度を間違えれば植物も枯らす。……だが、適切に使えば命を救う『薬』になる」
毒を以て毒を制す。
それが化学農薬の真髄であり、錬金術の基本だ。
「行こう、シルフィ様。この『青い秘薬』で、若木の悪い菌を根こそぎ退治する」
「……はい! 信じます、アレン殿の錬金術を!」
俺たちは必要な量の素材をマジックバッグに詰め込み、洞窟を後にした。
タイムリミットまであと2日。
治療の準備は整った。
(第86話 完)
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