第84話「診断:複合汚染」
翌朝。
エルフの里の中央にある広場は、処刑場のような殺伐とした空気に包まれていた。
俺とリリアは後ろ手に縛られ、長老たちが座る高台の前に跪かされている。
周囲を取り囲むのは、昨夜の警備隊と、不安そうに見守る里のエルフたちだ。
「――人間、アレン・クロフォードよ」
一番高い席に座る、白長い髭の長老が重々しく口を開いた。
保守派の筆頭、大長老だ。
「其方は昨夜、立ち入り禁止区域である世界樹の聖域に侵入し、神聖な根を掘り返した。その罪、認めるか?」
「侵入したのは事実です。ですが、それは世界樹を救うための調査でした」
俺は真っ直ぐに大長老を見返した。
隣でリリアが「縄、ほどいちゃダメ?」と小声で聞いてくるが、目で制する。
今はまだ、暴れる時じゃない。
「調査だと? 穢れた人間が土に触れたこと自体が、世界樹様への冒涜なのだ。……言い訳は無用。このまま地下牢へ――」
「待ってください! どうか、彼らの話を聞いてあげてください!」
刑を言い渡そうとした大長老の声を、凛とした少女の声が遮った。
群衆をかき分けて現れたのは、淡い若草色のドレスを纏ったエルフの少女だ。
透き通るような金髪と、翡翠色の瞳。
彼女こそが、この里の次期族長候補であり、精霊の声を聞く巫女姫――シルフィだ。
「シルフィ様……。しかし、こやつらは禁忌を犯したのですぞ」
「ですが、世界樹様の悲鳴は日に日に大きくなっています! 誰でもいい、助けてくれる可能性があるなら、話だけでも聞くべきです!」
シルフィの必死の訴えに、長老たちが顔を見合わせる。
周囲の若者たちからも「そうだ、話くらいは……」という声が漏れ始めた。
大長老は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、巫女姫の顔を立てるためか、渋々俺に向き直った。
「……良かろう。其方が見つけた『原因』とやらを申してみよ。ただし、妄言であれば即刻首を刎ねる」
チャンス到来だ。
俺は心の中でガッツポーズをし、懐(縄で縛られているので、昨夜没収された証拠品の袋を顎で指した)にあるノートを示した。
「ありがとうございます。……単刀直入に言います。世界樹が枯れている原因は『呪い』ではありません」
俺は広場に集まった全員に聞こえるよう、声を張り上げた。
「原因は三つの『複合汚染』です。一つ目は、大陸全土で降っている『酸性雨』。二つ目は、同じ場所に同じ植物が生え続けることによる『連作障害』。……そして三つ目」
一呼吸置き、大長老を指差した。
「あなたたちが行っている儀式による、『人災』です」
ザワッ……と広場がどよめいた。
大長老の顔が真っ赤に染まる。
「な、なんだと……!? 我々の祈りが、汚染だと言うのか!?」
「祈りではありません。あなたたちが毎朝撒いている『清めの水』です」
俺は昨夜の実験結果――赤く染まったpH試験紙のことを話した。
魔法で濾過しすぎた「超純水」が、土壌のミネラルを奪い、飢餓状態にさせているメカニズム。
専門用語を避け、「腹ペコの水が、土の栄養を食べてしまっている」と噛み砕いて説明する。
「栄養を奪われ、スカスカになった土に、酸性の雨が降る。緩衝材のない土は一気に酸性化し、根を焼く毒の土へと変わる。……その結果、弱りきった世界樹は免疫を失い、『カビ(真菌)』に侵されているのです」
「カ、カビだと……!?」
「はい。森で見かける白いキノコや、幹の黒ずみ。あれはただの汚れじゃありません。世界樹の身体を食い荒らす病原菌のコロニーです」
俺の言葉に、シルフィがハッと息を呑んだ。
彼女には心当たりがあったのだろう。
最近、森のあちこちで異臭が漂い始めていたことに。
「ふざけるなッ!!」
ドンッ! と大長老が杖で床を叩いた。
「神聖な御神木をカビ扱いし、我々の清めを毒だと言ったな! 貴様のそれは科学ではない! 我々の信仰と伝統への侮辱だ!」
「侮辱じゃありません、事実です! データを直視してください!」
「データなど知らん! 1000年続いてきた儀式が間違っているはずがないのだ! 間違っているのは、穢れた貴様の目の方だ!」
ダメだ。
論理が通じない。
彼らにとって「伝統」は「真実」よりも重いのだ。
認知的不協和。自分たちの信じてきた行いが、実は愛する森を殺していたなんて、認めたくないのだろう。
「衛兵! こやつらを地下牢へ放り込め! 二度と陽の光を拝ませるな!」
大長老の号令で、警備隊が槍を構えて殺到してくる。
「アレンさん!」
「くっ……!」
リリアが拘束を引きちぎろうと力を込める。
だが、ここで暴れれば本当に「侵略者」になってしまう。
俺たちは無抵抗のまま引き立てられ、暗い地下への階段を降ろされた。
カビ臭い地下牢。
鉄格子の中に放り込まれ、重い鍵の音が響く。
「……最悪だね、アレンさん」
「ああ。だが、一つだけ収穫があった」
俺は鉄格子の向こう、階段の上を見上げた。
去り際に見た、シルフィの表情。
彼女だけは、俺の話を「妄言」として切り捨てていなかった。
「種は撒いた。……あとは、芽が出るのを待つだけだ」
世界樹の命が尽きるのが先か、俺たちの言葉が届くのが先か。
タイムリミットは、刻一刻と迫っていた。
(第84話 完)
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