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第82話「飢える森、祈る民」

「……これが、エルフの『ご馳走』なの?」


案内された来客用の小屋――というより、監視用の粗末なログハウスで、シェリーが絶望に染まった声を上げた。


彼女の目の前には、木製の皿に盛られた料理が並んでいる。

森で採れたと思われる葉野菜のサラダ、木の実のスープ、そして黒ずんだパンのような固形物。


肉気は一切ない。完全な精進料理だ。


「お客様、何か不服でも?」


給仕役の若い女性エルフが、冷ややかな視線を向けてくる。


彼女の態度には、「穢れた人間たちに貴重な食料を分けてやっているのだから感謝しろ」という無言の圧力が込められていた。


「不服も何も……。私、野菜も好きになったけど、これはちょっと……」


シェリーはフォークで葉っぱを突き刺し、恐る恐る口に運んだ。


咀嚼すること数回。

彼女の動きがピタリと止まる。


「……味が、しない」


「は?」


「味がしないって言ってるのよ!ただの繊維の塊じゃない!甘みも旨みも何もない、そこら辺の雑草を食べてるみたいだわ!」


ガチャン!とシェリーがフォークを叩きつける。

食いしん坊の彼女にとって、不味い食事は何よりも許しがたい罪なのだ。


「無礼な!これは世界樹の加護を受けた聖なる野菜です!下等な舌を持つあなた方には、この繊細な滋味が分からないのですか!」


女性エルフが激昂して反論する。

だが、俺にはシェリーの言い分が単なるワガママではないことが分かっていた。


皿の上の野菜を見る。

葉の色は薄く、黄色がかっている。茎は細く、見るからにひょろひょろとして頼りない。


「……いただきます」


俺も一口食べてみた。

口の中に広がるのは、青臭いエグみと、パサパサとした繊維の食感だけ。

野菜特有の瑞々しさや、糖分による甘みは皆無だ。


(……ひどいな。これは料理の腕以前の問題だ)


俺は音を立てないように飲み込み、冷静に分析した。


葉色が薄いのは「窒素」不足。

根や茎が育っていないのは「カリウム」不足。

そして味がしないのは、光合成が十分にできていない証拠だ。


「この野菜、いつ収穫したものですか?」


「……今朝採れたばかりの新鮮なものです」


「そうですか。……失礼ですが、里の皆さんもこれを食べているのですか?」


「ええ。長老様も、私たちも、皆等しく森の恵みを頂いています。感謝して食べなさい」


女性エルフはそう言い捨てると、逃げるように部屋を出て行ってしまった。


部屋に残されたのは、不味い料理と、重苦しい沈黙。

俺は窓から外の様子を窺った。


夕闇が迫る広場には、大勢のエルフたちが集まっている。

彼らは世界樹の方角に向かって跪き、一心不乱に祈りを捧げていた。


「……みんな、痩せているね」


リリアがポツリと呟く。


その通りだった。


遠目に見ても、エルフたちの体は細く、頬がこけているのが分かる。


美しい金髪もパサつき、肌は土気色で艶がない。

神秘的で美しいと謳われる種族の面影は、今の彼らにはなかった。


「アレン。これ、本当に食べなきゃダメ?」


シェリーが涙目で訴えてくる。

俺はため息をつき、マジックバッグから保存食の干し肉とドライフルーツを取り出した。


「無理して食べなくていいよ。……栄養失調になるからな」


「えっ? 栄養失調?」


「ああ。この野菜には、体を維持するために必要な栄養素ビタミン・ミネラルがほとんど含まれていない」


俺は皿の上の萎びた野菜を指差した。


「人間で言えば、毎日水を飲んでいるだけの状態に近い。……彼らは『清貧』だと思っているかもしれないが、実際には森全体が飢餓状態にあるんだ」


植物が土から栄養を吸い上げられない。


だから、それを食べる動物やエルフたちも栄養不足に陥る。


負の連鎖スパイラルだ。


「祈れば救われる、か……」


広場から聞こえてくる祈りの歌声が、今の俺には悲痛な叫びに聞こえた。

彼らは信じているのだ。自分たちの信仰心が足りないから、森が恵みを与えてくれないのだと。


だから、痩せ細った体でさらに祈り、絶食に近い修行をして、余計に体を壊していく。


「精神論で腹は膨れないし、作物は育たない」


俺は拳を握った。


これは「呪い」なんかじゃない。

明らかな「土壌の死」だ。


そしてそれを解決できるのは、神への祈りではなく、適切な「肥料」と「化学」だけだ。


「アレンさん、どうするの? このままじゃ、世界樹の治療どころか、私たちまで干からびちゃうよ」


リリアが心配そうに眉を下げる。


俺は立ち上がり、窓の外の暗闇を見つめた。


「調査に行こう。……彼らが寝静まったら、土のサンプルを採りに行く」


「えっ、外出禁止だって言われてるのに?」


「バレなきゃいいんだよ。それに、本当の原因を突き止めない限り、長老たちを説得することなんてできない」


俺はリリアとシェリーに向き直った。


「リリアは護衛と隠密行動のサポート。シェリーは……ここで留守番して、誰か来たら誤魔化してくれ」


「えーっ! 私も行きたい!」


「ダメだ。シェリーの尻尾は目立ちすぎる。それに、ここにある干し肉、全部食べていいから」


「……行ってらっしゃい、アレン」


即答だった。


俺たちは装備を整え、深夜の森へと忍び込む準備を始めた。

この森が隠している「病巣」を、白日の下に晒すために。


(第82話 完)

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