幕間「先輩狩りと『摩擦係数ゼロ』」
アレン先生が学園を去ってから数日後。
学園の裏庭に、不穏な空気が流れていた。
ノアたちFクラスの生徒を取り囲んでいるのは、最高学年である3年生のSクラス――いわゆる「学園の頂点」に君臨する先輩たちだ。
「おい、お前らか。調子に乗ってるFクラスってのは」
リーダー格の先輩が、杖でノアの胸を小突く。
「トーナメントで優勝したからって勘違いするなよ? たまたま相性が良かっただけの『まぐれ』だろうが」
彼らにとって、落ちこぼれが英雄扱いされている現状は面白くない。
ここで格の違いを教え込み、古い序列を叩き込むつもりなのだ。
「……先輩。僕たちはただ、次の演習に向かいたいだけなんですが」
「生意気なんだよ! 魔法の実戦ってやつを教えてやる。構えろ!」
先輩たちが一斉に詠唱を始める。
強力な攻撃魔法だ。まともに食らえば大怪我は免れない。
だが、Fクラスの誰も動じない。
ノアが眼鏡の位置を直し、短く指示を出した。
「敵対行動を確認。……対象の足元へ、『潤滑剤』散布」
プシュッ! プシュシュッ!
生徒たちが構えた水鉄砲のような器具から、透明な液体が地面に撒かれた。
「はっ! なんだその水遊びは! 『雷撃』……!!」
先輩が踏み込んだ、その瞬間。
ツルッ!!
「え?」
ステーン!!!
漫画のように両足が空を向き、先輩が背中から地面に叩きつけられた。
それだけではない。援護に回ろうとした他の先輩たちも、次々とその場で転倒し、起き上がろうとしてまた滑る。
「な、なんだこれ!? 立てない!? 地面が氷より滑るぞ!?」
もがけばもがくほど、手足が空転して無様な格好を晒すエリートたち。
「『高粘度アルギン酸ナトリウム水溶液』です」
クララが冷めた目で見下ろす。
「物理的な摩擦係数を極限までゼロに近づけました。……一度転べば、支えがない限り二度と立てませんよ」
「き、貴様らぁ……! 卑怯だぞ!」
「戦場に卑怯もありません。……先生の教えその1、『立っている敵は転ばせろ』です」
ノアの合図で、動けない先輩たちに向けて『捕獲ネット』が発射された。
数分後。
簀巻きにされて転がるSクラスの先輩たちと、それを荷車に乗せて医務室へ運ぶFクラスの姿が目撃された。
「先輩、次は『滑りにくい靴』を開発してから挑んでくださいね」
学園の支配構造が、完全に逆転した瞬間だった。
(幕間 完)




