表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/106

幕間「腹ペコ皇女と学食の『味覚革命』」

「――許せない」


昼休みの王立アカデミー食堂。

ざわめく生徒たちの只中で、可愛らしい少女の低い唸り声が響いた。


「なんなのこれ……。これが、人間の食べるものなの……?」


震える手でスプーンを握りしめているのは、ドラゴニア帝国の第三皇女にして、現在アレン一行の食客(居候)となっているシェリーだ。

彼女の目の前には、学食のAランチ――『栄養満点・野菜の煮込みスープ』が置かれている。

色はドブのような深緑色。匂いは青臭い草そのものだ。


「まあまあ、シェリー。ここの学食は『効率重視』だからね。栄養バランスは完璧らしいよ?」


隣でパンを齧っていたリリアが苦笑する。

だが、美食家(健啖家)のシェリーにとって、それは慰めにはならなかった。


「ふざけないで! 食事は生命の源よ! こんな泥水みたいなスープで、どうやって戦えっていうの!?」


バンッ!

シェリーがテーブルを叩いて立ち上がった。

周囲の生徒たちがビクリと振り返るが、彼女は止まらない。

その瞳孔は、獲物を見つけたドラゴンのように縦に割れ、厨房の方角を睨み据えていた。


「アレン! 行くわよ!」

「……へ? どこに?」

「厨房よ! このふざけた料理を作っている責任者に、本当の『食事』を教えてやるの!」


「ええぇ……」


俺――アレン・クロフォードは天を仰いだ。

彼女がこうなったら、テコでも動かない。

俺は諦めて席を立ち、暴走する皇女様の後を追った。




「な、なんだ君たちは! 此処は関係者以外立ち入り禁止だぞ!」


厨房に乗り込むと、恰幅のいい料理長が血相を変えて飛んできた。


「どきなさい! あなた達、味覚は死んでいるの!?」


シェリーが料理長の胸ぐら(エプロン)を掴み上げる。

怪力スキルのある彼女にかかれば、大の大人も赤子同然だ。


「わ、我々は『錬金術的栄養学』に基づいた完全食を提供している! 味など二の次だ!」

「それが間違いだと言っているのよ! ……アレン、やっておしまいなさい!」


「はいはい……」


俺はため息をつきつつ、寸胴鍋の中身を覗き込んだ。

ただ野菜を水で煮込んだだけの、味気ないスープ。塩気も足りなければ、コクもない。


「料理長。……『旨味(Umami)』って知っていますか?」

「ウマミ? なんだその呪文は」


「第五の味覚ですよ。……いいでしょう。少し『化学実験』をしましょうか」


俺はマジックバッグから、旅の必需品である食材――乾燥させた昆布、干し椎茸、そして完熟トマトを取り出した。


「料理は化学です。……まず、この昆布に含まれる『グルタミン酸』。そして干し椎茸の『グアニル酸』。これらを適切な温度で加熱し、抽出します」


俺は別の鍋を用意し、温度計を見ながら慎重に出汁を取る。

錬金術師にとって、温度管理はお手の物だ。


「さらに、トマトと炒めた玉ねぎを投入。トマトにも大量のグルタミン酸が含まれています。……これを、先ほどの『泥水スープ』と合わせると?」


ジュウゥゥゥ……。

鍋の中で、二つの液体が混ざり合う。

その瞬間。


「!!?」


厨房内に、爆発的な香りが広がった。

それは、脳髄を直撃するような、濃厚で芳醇な「美味しそう」な香り。

ただの野菜スープが、『旨味の相乗効果』によって、極上のコンソメスープへと進化したのだ。


「仕上げに、メイラード反応を利用した『焦がしニンニク油』を少々」


俺が黒い油を垂らすと、香りはさらに凶悪さを増した。

料理長がゴクリと喉を鳴らす。


「さあ、味見を」


お玉で差し出すと、料理長は震える手で口に運んだ。


「――っ!?」


カッ! と料理長の目が見開かれる。


「な、なんだこれはぁぁぁッ!! 舌の上で味が踊っている! 野菜だけなのに、まるで肉料理のような満足感! これが……ウマミか!?」


「アレン! 私にもよこしなさい!」


シェリーが割り込み、鍋から直接スープをすくい上げる。


「んんっ〜〜〜!! これよ! これこそが食事よ!」


シェリーは恍惚の表情を浮かべ、尻尾をブンブンと振った。

その騒ぎを聞きつけた生徒たちが、食堂から次々と顔を出す。


「おい、すげえいい匂いがするぞ」

「なんだあれ? あのスープ、輝いてる……?」


「ふふん。特別にあなた達にも分けてあげるわ」


シェリーは仁王立ちで宣言した。


「今日からこの食堂は、私が支配する! 全員、感謝して食べなさい!」


「「「うおおおおおおッ!!」」」


その日、王立アカデミーの学食に長蛇の列ができた。

Fクラスの実験器具で作られた『特製・旨味爆弾ラーメン』は、瞬く間に完売し、学園の伝説となった。

そして、この一件で「アレン先生の授業を受けると美味いものが食える」という噂が広まり、俺の講義の受講希望者が倍増することになるのだが……それはまた別の話だ。


「ふぅ、満腹満腹♪」


満足げに腹をさするシェリーを見ながら、俺は思った。

この皇女様、ある意味で最強の「広告塔」かもしれない、と。


(幕間 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ