幕間「腹ペコ皇女と学食の『味覚革命』」
「――許せない」
昼休みの王立アカデミー食堂。
ざわめく生徒たちの只中で、可愛らしい少女の低い唸り声が響いた。
「なんなのこれ……。これが、人間の食べるものなの……?」
震える手でスプーンを握りしめているのは、ドラゴニア帝国の第三皇女にして、現在アレン一行の食客(居候)となっているシェリーだ。
彼女の目の前には、学食のAランチ――『栄養満点・野菜の煮込みスープ』が置かれている。
色はドブのような深緑色。匂いは青臭い草そのものだ。
「まあまあ、シェリー。ここの学食は『効率重視』だからね。栄養バランスは完璧らしいよ?」
隣でパンを齧っていたリリアが苦笑する。
だが、美食家(健啖家)のシェリーにとって、それは慰めにはならなかった。
「ふざけないで! 食事は生命の源よ! こんな泥水みたいなスープで、どうやって戦えっていうの!?」
バンッ!
シェリーがテーブルを叩いて立ち上がった。
周囲の生徒たちがビクリと振り返るが、彼女は止まらない。
その瞳孔は、獲物を見つけたドラゴンのように縦に割れ、厨房の方角を睨み据えていた。
「アレン! 行くわよ!」
「……へ? どこに?」
「厨房よ! このふざけた料理を作っている責任者に、本当の『食事』を教えてやるの!」
「ええぇ……」
俺――アレン・クロフォードは天を仰いだ。
彼女がこうなったら、テコでも動かない。
俺は諦めて席を立ち、暴走する皇女様の後を追った。
「な、なんだ君たちは! 此処は関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
厨房に乗り込むと、恰幅のいい料理長が血相を変えて飛んできた。
「どきなさい! あなた達、味覚は死んでいるの!?」
シェリーが料理長の胸ぐら(エプロン)を掴み上げる。
怪力スキルのある彼女にかかれば、大の大人も赤子同然だ。
「わ、我々は『錬金術的栄養学』に基づいた完全食を提供している! 味など二の次だ!」
「それが間違いだと言っているのよ! ……アレン、やっておしまいなさい!」
「はいはい……」
俺はため息をつきつつ、寸胴鍋の中身を覗き込んだ。
ただ野菜を水で煮込んだだけの、味気ないスープ。塩気も足りなければ、コクもない。
「料理長。……『旨味(Umami)』って知っていますか?」
「ウマミ? なんだその呪文は」
「第五の味覚ですよ。……いいでしょう。少し『化学実験』をしましょうか」
俺はマジックバッグから、旅の必需品である食材――乾燥させた昆布、干し椎茸、そして完熟トマトを取り出した。
「料理は化学です。……まず、この昆布に含まれる『グルタミン酸』。そして干し椎茸の『グアニル酸』。これらを適切な温度で加熱し、抽出します」
俺は別の鍋を用意し、温度計を見ながら慎重に出汁を取る。
錬金術師にとって、温度管理はお手の物だ。
「さらに、トマトと炒めた玉ねぎを投入。トマトにも大量のグルタミン酸が含まれています。……これを、先ほどの『泥水スープ』と合わせると?」
ジュウゥゥゥ……。
鍋の中で、二つの液体が混ざり合う。
その瞬間。
「!!?」
厨房内に、爆発的な香りが広がった。
それは、脳髄を直撃するような、濃厚で芳醇な「美味しそう」な香り。
ただの野菜スープが、『旨味の相乗効果』によって、極上のコンソメスープへと進化したのだ。
「仕上げに、メイラード反応を利用した『焦がしニンニク油』を少々」
俺が黒い油を垂らすと、香りはさらに凶悪さを増した。
料理長がゴクリと喉を鳴らす。
「さあ、味見を」
お玉で差し出すと、料理長は震える手で口に運んだ。
「――っ!?」
カッ! と料理長の目が見開かれる。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!! 舌の上で味が踊っている! 野菜だけなのに、まるで肉料理のような満足感! これが……ウマミか!?」
「アレン! 私にもよこしなさい!」
シェリーが割り込み、鍋から直接スープをすくい上げる。
「んんっ〜〜〜!! これよ! これこそが食事よ!」
シェリーは恍惚の表情を浮かべ、尻尾をブンブンと振った。
その騒ぎを聞きつけた生徒たちが、食堂から次々と顔を出す。
「おい、すげえいい匂いがするぞ」
「なんだあれ? あのスープ、輝いてる……?」
「ふふん。特別にあなた達にも分けてあげるわ」
シェリーは仁王立ちで宣言した。
「今日からこの食堂は、私が支配する! 全員、感謝して食べなさい!」
「「「うおおおおおおッ!!」」」
その日、王立アカデミーの学食に長蛇の列ができた。
Fクラスの実験器具で作られた『特製・旨味爆弾ラーメン』は、瞬く間に完売し、学園の伝説となった。
そして、この一件で「アレン先生の授業を受けると美味いものが食える」という噂が広まり、俺の講義の受講希望者が倍増することになるのだが……それはまた別の話だ。
「ふぅ、満腹満腹♪」
満足げに腹をさするシェリーを見ながら、俺は思った。
この皇女様、ある意味で最強の「広告塔」かもしれない、と。
(幕間 完)




