第77話「最強の盾と最強の矛」
「ええっ!? 障害物なしの平原ですか!?」
Fクラスの作戦会議室。
ホワイトボードに貼り出された「決勝戦フィールド図」――何も描かれていない真っ白な地図を見て、ノアが絶望的な声を上げた。
その声は、部屋に充満していた重苦しい空気をさらに澱ませた。
机に突っ伏す者、頭を抱える者。先ほどまでの勝利の余韻は消え失せ、あるのは「死刑宣告」を待つ囚人のような静けさだ。
クララも苛立ちを隠せない様子で舌打ちをし、親指の爪を噛んだ。
「最悪じゃん。……ウチらの武器は、障害物に身を隠しての『ゲリラ戦』でしょ? なのに、あんな丸見えの場所じゃ、ただの『的』じゃない」
彼女は窓の外、闘技場の方向を睨みつける。
「相手はあのAクラスよ? 開始早々、一斉砲撃で消し炭にされるのがオチだわ」
Aクラスのリーダー、レオナルド・アークライト。
筆頭教授の息子であり、次期宮廷魔導師とも噂される天才。彼の得意魔法は『流星群』だ。
上空に無数の火球を展開し、広範囲に炎の雨を降らせる戦略級魔法。
「遮蔽物のない平原で、あの飽和攻撃を撃たれたら……回避は不可能です」
ノアが震える声で分析結果を口にする。
Fクラスの貧弱な魔力で展開する「障壁」など、レオナルドの火球が一発当たれば紙くずのように砕け散るだろう。
「……詰み、ですね」
誰かがポツリと漏らした一言に、全員が沈黙した。
彼らは知恵と工夫で勝ち上がってきた。だが、圧倒的な「暴力」の前では、小手先の技術など無意味だと突きつけられたのだ。
だが――。
キュッ、キュッ、キュッ。
静まり返った部屋に、マーカーの音が響いた。
顔を上げた生徒たちの前で、俺はホワイトボードの地図の上に、ある複雑な「化学式」を書き殴っていた。
「諦めるのは早いぞ、お前たち」
俺はペンを置き、青ざめた生徒たちを見回した。
「相手が『最強の矛(火力)』で来るなら、こっちは『最強の盾(物理)』を用意すればいいだけの話だ」
「た、盾……ですか?」
ノアが眉をひそめる。
「でも先生、僕たちの魔力じゃ、レオナルドの魔法を防げる障壁なんて作れません」
「誰が魔法で防ぐと言った? ……魔力で防げないなら、『物質』で防ぐんだ」
俺は白衣のポケットから、とある小瓶を取り出した。
中には、ドロリとした白濁した液体が入っている。
「これを使う」
「……牛乳?」
「いいや。これは『ダイラタンシー流体』だ」
「だいら……なに?」
聞き慣れない単語に、クララが怪訝な顔をする。
俺はニヤリと笑い、小瓶を軽く振って見せた。
「水と片栗粉を、特定の比率――重量比で1対1.3程度で混ぜたものだ。こいつは非常に面白い性質を持っていてな」
俺は生徒たちの目の前で、小瓶の蓋を開けた。
そして――。
「えいっ」
思い切り、小瓶を床板に向かって叩きつけた。
「あっ、先生!?」
ガラスが割れ、中身が飛び散る――誰もがそう思った瞬間。
ガァァァァンッ!!
まるで鉄球を落としたような重い音が響き、小瓶は割れるどころか、スーパーボールのように高く跳ね返ったのだ。
俺は空中でそれをキャッチし、唖然とする生徒たちに見せつけた。
「な……なんで!? 割れないの!?」
「これが『ダイラタンシー現象』だ。……この液体は、ゆっくり触るとドロドロの液体だが、強い衝撃を与えると、粒子が噛み合って一瞬でカチカチの『固体』になる」
「衝撃で……硬くなる?」
「そうだ。レオナルドの『流星群』は、炎である以前に、物理的な『衝撃波』を伴う爆撃だ。……魔法障壁なら魔力差で貫かれるが、こいつなら衝撃が強ければ強いほど硬くなって弾き返す」
さらに、と俺は付け加える。
「主成分は水だ。炎の熱エネルギーも、水が蒸発する際の『気化熱』として吸収してくれる。……つまり、対爆撃・対火炎において、これ以上の盾はない」
俺の説明を聞き、ノアの瞳に理知的な光が戻ってきた。
「強い力が加わるほど硬くなる盾……。それなら、レオナルドの魔法だって……!」
「ああ。完封できる」
俺はホワイトボードに、作戦の全貌を描き出した。
ただの料理用の粉と水が、最強のエリートを打ち負かす武器になる。その痛快な図式に、沈んでいたFクラスの空気が熱を帯びていく。
「今回の作戦名は『イージス(絶対防御)』。……レオナルドの流星群を、真正面から受け止めて絶望させてやろう」
俺の不敵な笑みに、生徒たちもまた、獰猛な笑みで応えた。
「了解です、先生! ……調理室にある片栗粉、全部買い占めてきます!」
「クララ、水の手配を頼む! ホースとポンプもだ!」
彼らはもう、負け犬ではない。
科学という武器を手に入れた、革命軍だ。
(第77話 完)
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