第66話「錆びついた剣と、電気の魔術」
「……終わった。完全にハメられた」
Fクラスの教室で、クララが絶望的な声を上げて机に突っ伏した。
彼女の手にあるのは、生徒会から届いた『公開実技試験』の課題詳細だ。
『課題:金属製武具の修復』
『支給素材:廃棄区画より選定された劣化した武具』
『条件:制限時間60分以内に、実戦使用可能な状態まで復元すること』
「『修復』だなんて……。そんなの、高位の光魔法か、時空魔法が使えないと無理ですよ……!」
ノアも青ざめた顔で震えている。
錬金術における「修復」は、魔力を注ぎ込んで物質の時間を巻き戻したり、分子結合を強制的に繋ぎ直したりする高等技術だ。
魔力が少ない彼らにとって、最も苦手とする分野である。
「しかも『廃棄区画』の武具だって。
どうせボロボロのゴミを押し付けられるに決まってるわ」
クララが吐き捨てるように言う。
その予想は正しいだろう。
バルトス教頭の狙いは、全校生徒の前でFクラスに「何もできない無様な姿」を晒させ、退学の口実にすることだ。
「先生……どうしましょう。やっぱり僕たちには……」
涙目になるノア。
だが、俺は課題のプリントを見て、フッと鼻で笑った。
「なんだ。『修復』かと思えば、ただの『サビ取り』じゃないか」
「は……? サビ取り?」
「いいか、よく聞け。金属がボロボロになるのは、魔法の呪いじゃない。空気中の酸素と結びついて『酸化』しただけだ」
俺は白衣のポケットに手を突っ込み、二人の顔を見回した。
「時間を巻き戻す必要なんてない。……奪われた電子を返してやれば、金属は元に戻る」
俺は黒板に向かい、大きく文字を書いた。
『酸化還元反応(Redox)』。
そして、もう一つの言葉を書き加える。
『電気分解(Electrolysis)』。
「Fクラスの諸君。稼いだ金で買った機材の出番だ。……電気の力で、時間をねじ伏せるぞ」
翌日から、Fクラスは異様な熱気に包まれていた。
俺たちが用意したのは、大きなガラスの水槽と、大量の『重曹水』。
そして、今回の秘密兵器――『ボルタ電池』の原理を応用し、魔石を触媒にして安定した直流電流を流す『魔導電源装置』だ。
「いいか。サビ(酸化鉄)は、酸素と結びついた鉄だ。これに電気を流して無理やり引き剥がす」
俺は実験用に拾ってきた、赤茶色に錆びついた鉄くずを水槽に沈めた。
そして、マイナス極のクリップを鉄くずに繋ぎ、プラス極には炭素棒を繋ぐ。
「スイッチ・オン」
ブゥン……。
電源装置が低く唸り、水槽の中からシュワシュワと細かい泡が立ち上り始めた。
「わっ! 泡が出てきた!」
「臭っ! 」
「換気扇を回せ! ……ノア、電圧を監視しろ。クララは反応が終わったらすぐに水洗いして乾燥だ」
数分後。
電流を止め、鉄くずを取り出す。
表面を覆っていた赤茶色のサビは、ボロボロと黒い粉になって剥がれ落ちていた。
そして、その下から現れたのは――。
「す……すごい……」
ノアが息を呑んだ。
そこには、鈍色に輝く、滑らかな鉄の肌があった。
新品同様とは言わないまでも、実用には十分な強度を取り戻している。
「魔法でコンコン叩いたり、祈ったりしなくても……電気に浸けるだけで、こんなに綺麗になるなんて」
「これが『還元』だ。魔力消費はゼロ。必要なのは電気代と重曹代だけ」
俺はピカピカになった鉄片を指で弾き、金属音を響かせた。
「これなら……これなら勝てます! Aクラスにも!」
ノアが拳を握りしめる。
クララも、鏡のように光る鉄片に自分の顔を映し、ニヤリと笑った。
「あいつらの驚く顔が目に浮かぶわね。……やってやろうじゃん、先生」
「その意気だ。だが、相手も馬鹿じゃない。当日はもっと酷い『ゴミ』を用意してくるはずだ」
俺は二人に、さらなる秘策――『メッキ加工』の準備を指示した。
ただ元に戻すだけじゃない。Aクラスが絶対に出せない「輝き」を見せつけるために。
そして、決戦の日曜日。
会場となるアカデミーの中央闘技場は、全校生徒と教職員、さらに噂を聞きつけた貴族たちで埋め尽くされていた。
「これより、Fクラスの『進退』を賭けた公開実技試験を行う!」
バルトス教頭の声が、拡声魔法で会場に響き渡る。
アリーナの中央には、二つの作業台。
片方には、Aクラス代表としてランバートが、余裕の表情で立っている。
もう片方には、緊張した面持ちのノアとクララ、そして腕を組んで見守る俺。
「では、課題用の素材を搬入せよ!」
運ばれてきたのは、二つの台車だった。
ランバートの前に置かれたのは、少し表面が錆びただけの、立派な騎士剣。
「おお……」と会場がどよめく。あれなら、普通の研磨魔法でも十分に修復可能だ。
対して、俺たちの前に置かれたのは――。
ドサァッ……!
崩れ落ちるような音と共に置かれた、赤茶色の塊。
それはもはや剣ですらなかった。泥とサビが固まって一体化した、古代遺跡の出土品のような「鉄塊」だ。
「プッ、あははは! なんだあれ! 土塊じゃないか!」
「あんなの修復できるわけないだろ!」
「やっぱりFクラスへの嫌がらせかよ」
観客席から嘲笑が降り注ぐ。
ランバートが勝ち誇ったように俺たちを見た。
「残念でしたね。素材の『運』も実力のうちですよ」
教頭も、高台から冷ややかな視線を送っている。
完全に詰みだ。通常の手段なら。
だが。
俺たちの誰一人として、絶望している者はいなかった。
「……想定の範囲内ね。性格悪いわー」
クララがゴム手袋をパチンと鳴らして装着する。
「先生の言った通りだ。……これなら、いけます」
ノアが保護メガネ(ゴーグル)をかけ、不敵な笑みを浮かべた。
「試験開始!」
合図とともに、ランバートが華麗に杖を構え、呪文を唱え始める。
しかし、Fクラスの動きは異質だった。
「水槽展開! 電解液注入!」
「電源接続! 出力最大!」
俺たちが取り出したのは、杖ではなく、巨大なガラス槽と、雷属性の魔石を組み込んだ機械装置。
会場の誰もが、これから何が起こるのか理解していなかった。
「見せてやれ。化学の輝きを」
俺の呟きと共に、ノアがスイッチを叩き込んだ。
(第66話 完)
お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価(☆☆☆☆☆)、感想などをいただけると執筆の励みになります!
よろしくお願いします!




