第65話「疑惑のSランクと、破格の報酬」
「は、は、は……八百万ガルドぉぉっ!?」
旧校舎のFクラス教室に、ノアの裏返った絶叫が響き渡った。
彼は机の上に積み上げられた金貨と銀貨の山を見て、目を白黒させている。
購買部での査定結果は、学園の歴史を塗り替えるものだった。
Sランクポーションの買取価格は、一本につき金貨3枚(約15万ガルド)。それが50本。
締めて金貨150枚、日本円にして約750万円相当の大金である。
「やっば……。これマジ? 夢じゃないよね?」
クララも金貨の山を前に、いつもの強気な態度が消え失せている。
震える手で金貨を一枚つまみ上げ、恐る恐る噛んで確かめていた。
「夢じゃないさ。これが技術の対価だ」
俺は教壇でふんぞり返りながら言った。
「材料費と購買部の手数料、そして俺の技術指導料として3割は貰う。残りの7割はお前たちの取り分だ。……山分けしろ」
「な、ななな……七割!?」
ノアが指を折って計算し、また悲鳴を上げた。
一人あたり二百万ガルド以上。
平民のノアにとっては、数年分の生活費に匹敵する額だ。貴族の端くれであるクララにとっても、小遣いのレベルを遥かに超えている。
「ちょ、先生! こんな大金、怖くて持って帰れないよ!」
「バカねノア! 服もアクセも買い放題じゃん! ……って言いたいけど、さすがに引くわね、この額は」
二人は金貨の輝きに圧倒され、逆に冷静になっていた。
「使い道なら決まっているだろう」
俺は二人の前に、分厚いカタログ冊子をドン、と置いた。
それは王都の魔導具店や、ガラス工房のカタログだ。
「え……?」
「金は使うためにあるんじゃない。『回す』ためにあるんだ。より良い環境、より良い道具への投資だ」
俺はカタログのページをめくる。
「Sランクポーションを作れるようになったとはいえ、今の設備はお粗末すぎる。換気設備、精密蒸留器、耐熱試験管……欲しいものは山ほどあるだろう?」
「あ……」
ノアの目が輝いた。
彼はカタログの中にある、ピカピカの実験器具を食い入るように見つめた。
「ぼ、僕……この『自動撹拌機』、ずっと欲しかったんです。でも高くて……」
「買えるぞ。今の君ならな」
「あ、あたしはこの『成分分析用の水晶板』! これがあれば、もっと楽に成分が見れる!」
先ほどまでの恐怖はどこへやら。
二人はカタログを奪い合いながら、「あれも欲しい」「これも必要だ」と盛り上がり始めた。
その姿は、完全に研究者のそれだった。
「いい傾向だ。……この金で、このボロ教室を最高の『ラボ(研究室)』に改造するぞ」
俺はニヤリと笑った。
Fクラスの逆襲には、軍資金が必要だ。これでようやく、スタートラインに立てた。
一方その頃。
本校舎の最上階にある教頭室は、冷ややかな沈黙に包まれていた。
「……Sランクが50本、だと?」
バルトス教頭は、報告書を持ってきたAクラスのランバートを睨みつけた。
「はい……。間違いありません。購買部のピム夫人が保証しました。成分、純度、魔力定着率、すべてにおいて完璧だったと」
ランバートは悔しさに唇を噛み締めながら報告する。
バルトスは不愉快そうに鼻を鳴らし、羽ペンをへし折った。
「ありえん。絶対にありえん」
彼は立ち上がり、窓の外――森の奥にある旧校舎を睨みつけた。
「魔力を持たないクズどもに、Sランクなど作れるはずがない。……不正だ」
「不正、ですか?」
「決まっているだろう。あのアレンとかいう講師……経歴不詳だが、裏で完成品を仕入れているに違いない。ドワーフの国から流れてきた高級品を、生徒が作ったように見せかけているのだ」
バルトスの中にある「常識」では、そうとしか考えられなかった。
魔力なき者が、高貴な錬金術を操れるわけがない。
それは、この学園の存在意義、ひいては貴族社会の根幹を否定することになるからだ。
「ランバート君。君も悔しいだろう? ゴミ屑どもに顔に泥を塗られて」
「は、はい! このままではAクラスの面目が立ちません!」
「安心したまえ。すぐに化けの皮を剥いでやる」
バルトスは引き出しから一枚の書類を取り出した。
それは『定例実技監査』の通知書だった。
「来週、全校集会の場で『公開実技試験』を行う。そこでFクラスの生徒に、衆人環視の中でポーションを作らせるのだ」
教頭は醜悪な笑みを浮かべた。
「裏工作ができない状況で、果たして同じものが作れるかな? ……失敗すれば、即刻『退学』。そしてアレンとかいう詐欺師も追放だ」
「なるほど……! さすが教頭先生です!」
ランバートが目を輝かせる。
「楽しみにしていろ、Fクラス。……神聖なアカデミーを汚した罪、償わせてやる」
暗い部屋の中で、悪意のある笑い声が重なった。
翌日。
Fクラスの扉に、一枚の張り紙が叩きつけられていた。
『通告。次週、公開実技試験を実施する。対象:Fクラス全員』
それを見た俺は、ため息をつくどころか、深く口角を吊り上げた。
「……釣れた釣れた。予想通り(デフォルト)の反応だな、石頭どもめ」
向こうから喧嘩を売ってくるなら、好都合だ。
俺は教室の中で、新品の実験器具を組み立てている二人の弟子に声をかけた。
「おい、お前ら! 稼いだ機材の試運転だ。……来週のショータイムに向けて、特訓メニューを変更するぞ!」
(第65話 完)
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