第64話「ゴミ捨て場の宝の山」
「……先生。これ、本当に全部僕たちが作ったんですか?」
夕暮れのFクラス教室。
ノアが呆然とした声で呟いた。
目の前の作業台には、木箱に入った『初級回復薬』がズラリと並んでいる。
その数、実に50本。
「ああ。紛れもなく、お前たちの成果だ」
俺は完成したポーションの瓶を一本手に取り、光にかざしてチェックする。
不純物なし。色味も完璧な翠玉色。
そして何より恐ろしいのは――50本すべてが、まったく同じ色と粘度をしていることだ。
「疲れたぁ〜……。マジで腕パンパンなんだけど」
クララが机に突っ伏して文句を言うが、その顔には隠しきれない達成感が浮かんでいる。
最初は嫌がっていた彼女だが、やり始めると意外な才能を見せた。
化粧で鍛えたのか、1ミリグラム単位の計量や、温度管理の手際が抜群に良いのだ。
「従来の錬金術は『芸術品』を作る作業だ。職人の調子や魔力によって、品質にムラが出る」
俺は二人に説明する。
「だが、俺たちがやったのは『工業製品』の製造だ。レシピ(プログラム)通りに動けば、1本だろうが100本だろうが、同じ品質のものが出来上がる。……これを『品質管理』と言う」
「クオリティ……コントロール……」
ノアが魔法の言葉のように復唱する。
「よし。これを持って『購買部』に行くぞ。作ったポーションを換金して、次の実験材料を買うんだ」
アカデミーには、生徒が作成したアイテムを買い取り、評価点として還元するシステムがある。
Fクラスの逆襲を始めるには、ちょうどいい場所だ。
本校舎の一角にある購買部は、多くの生徒で賑わっていた。
俺たちが木箱を抱えて入っていくと、周囲の空気が一変した。
煤けた旧校舎の制服を着たノアとクララを見て、あからさまな嘲笑が広がる。
「おい見ろよ、Fクラスだぜ」
「うわ、なんか薬品臭くない?」
「ゴミ拾いの帰りかよ」
ノアがビクついて身を縮める。
クララは「ああん?」とメンチを切ろうとするが、俺はそれを手で制した。
「並ぶぞ」
俺たちは査定カウンターの列に並んだ。
その時、一つ前の列にいた男子生徒が振り返った。
仕立ての良い制服に、胸元には『Aクラス』を示す金色のバッジ。取り巻きを連れた、いかにもなエリートだ。
「やあやあ。Fクラスの諸君じゃないか」
彼は大げさに鼻をつまむ仕草をした。
「こんな所に何用だ? 掃除用具の買い出しかね?」
「……ランバートさん」
ノアが怯えたように名前を呟く。
どうやら顔見知りらしい。
ランバートと呼ばれた男は、ノアを見下して鼻で笑った。
「魔力ナシの落ちこぼれが、錬金術師の真似事か? 悪いことは言わん、早く退学届を出して田舎に帰れ。君たちがいるだけで、アカデミーの品位が下がる」
「そ、それは……」
「おやおや、無視ですか?」
ランバートの視線が、俺に向く。
「あなたが噂の新任講師ですか。平民出身だとか。……教育者なら、身の程というものを教えてやるべきでは?」
「アドバイスどうも。……だが、俺の生徒は優秀だよ。少なくとも、口だけのどこかの誰かさんよりはな」
俺がサラリと返すと、ランバートの顔が朱色に染まった。
「なっ……! 貴様、Aクラス筆頭のこの私を愚弄するか!」
「いいから、さっさと査定してもらったらどうだ? 後ろがつかえてる」
俺は顎でカウンターをしゃくった。
ランバートは「ふん!」と鼻を鳴らし、カウンターの老婆――査定係のピム夫人に、恭しく瓶を差し出した。
「マダム・ピム。私の新作です。自信作ですよ」
「はいはい、ランバート君ね」
ピム夫人は分厚い眼鏡の奥で目を細め、ランバートのポーションを鑑定用の魔道具にかざした。
「ふむ……魔力の込め方は流石ね。純度も高い。……判定は『Aランク』。買い取り価格は一本、金貨1枚ってところかしら」
周囲から「おおっ!」と歓声が上がる。
学生が作るポーションでAランクは相当な高評価だ。
「見ましたか、先生。これが『選ばれし者』の錬金術です」
ランバートは勝ち誇った顔で俺たちを見下ろした。
「凡人が何年努力しても届かない領域があるのです。……さあ、君たちのゴミを見せてもらいましょうか」
彼はわざとらしく場所を空けた。
周囲の生徒たちも、ニヤニヤしながら見守っている。Fクラスが恥をかくのを楽しみにしているのだ。
「……行け、ノア」
俺はノアの背中をトン、と押した。
ノアは震える手で、木箱をカウンターに置いた。
「Fクラスの……ノアです。……これ、お願いします」
「はいはい。……あら? 随分とたくさん持ってきたわね」
ピム夫人は呆れたように木箱を開けた。
そして――動きを止めた。
「……え?」
夫人は眼鏡の位置を直し、木箱の中身を凝視した。
一本を取り出し、光にかざす。そして、もう一本。さらにもう一本。
「……ちょっと、これ……」
夫人の顔色が変わり、慌てて鑑定魔道具を起動した。
ブゥン、と魔道具が唸りを上げ、判定の光を放つ。
「嘘……そんな……」
「どうしたんですか、マダム? 腐ってましたか?」
ランバートが嘲笑う。
だが、ピム夫人は震える声で告げた。
「……Sランク」
「はい?」
「不純物ゼロ。魔力定着率、完全。……『Sランク』よ」
静寂。
購買部の中が、水を打ったように静まり返った。
Sランク。
それは宮廷錬金術師クラスが最高のコンディションで作って、やっと出来るかどうかの「奇跡の品質」だ。
「ば、バカな! 見間違いでしょう!?」
ランバートが叫ぶ。
「しかも……これを見て」
ピム夫人は木箱の中身を指差した。
「50本……。50本すべてが、ミクロン単位で同じ成分構成、同じ品質なの。まるでコピーしたみたいに……」
「な……!?」
ランバートが木箱を覗き込み、絶句する。
そこには、彼のAランクポーションさえ霞むような、至高の輝きを放つ翠玉の液体が、軍隊のように整然と並んでいた。
「ありえない……。魔力の制御もできない落ちこぼれが、こんな……!」
「言っただろ。俺の生徒は優秀だって」
俺は呆然とするランバートの横を通り過ぎ、カウンターに手をついた。
「マダム。これ全部買い取りで。……ああ、その金で新しい実験器具を買いたいんですが」
俺はニヤリと笑い、強張った顔のAクラス生たちを見回した。
「Fクラスの逆襲は、まだ始まったばかりだぞ」
ノアとクララが、信じられないものを見るような目で、自分たちの手を見つめていた。
その手はもう、落ちこぼれの手ではない。
世界を変える「技術者」の手だった。
(第64話 完)




