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第63話「『計量』という魔法」

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「……また、黒焦げだ」


旧校舎の理科室に、溜息が溶けていく。

ノアは実験机に突っ伏し、目の前の失敗作――コールタールのようにドロドロになった液体を見つめていた。


「どうしてだろう……教科書通りにやったのに」


「あんたの『通り』がズレてんのよ、ノア」


隣の席で、クララが頬杖をつきながらあくびをしている。

彼女の目の前にある鍋も、微妙に濁った紫色(失敗色)をしていた。


今日の課題は「初級回復薬ヒールポーション」の作成。


錬金術師なら目をつぶっていても作れると言われる基本中の基本だ。

だが、このFクラスでは、まともなポーションを作れる者は一人もいない。


「だって、教科書にはこう書いてあるんだよ!」


ノアが涙目でボロボロの教科書を開く。

そこには、達筆な文字でこう書かれていた。


『薬草を適量入れ、水に馴染ませる』

『魔力を込めつつ、色が“いい感じ”になるまで煮詰めること』

『最後に祈りを込めて、魔力の輝きが落ち着けば完成』


「『適量』ってどれくらい!? 『いい感じ』ってどんな色!? 僕には魔力の輝きなんて見えないよ……!」


ノアの叫びは切実だった。


魔力量が少ない彼には、素材から溢れる微弱な魔力の変化を感じ取ることができない。

だから、いつもタイミングを逃して焦がしてしまう。


「それが才能の差ってやつよ。諦めな」


「そんなぁ……」


その時。


ガララッ、と扉が開き、アレン先生が入ってきた。

抱えているのは教科書ではなく、木箱に入った奇妙な道具たちだ。


「随分と湿気た顔をしてるな、お前たち」


アレン先生はノアの鍋を覗き込み、「うわ、臭っ」と顔をしかめた。


「炭化してるな。温度が高すぎるのと、加熱時間が長すぎる」


「で、でも先生! 教科書には『輝きが落ち着くまで』って……」


「その教科書を今すぐ窓から投げ捨てろ」


「えっ?」


先生は俺の教科書を取り上げると、本当に窓の外へ放り投げてしまった。


「ああっ!? 僕の教科書が!」


「あんなものは文学小説だ。技術書じゃない」


先生は黒板の前に立ち、チョークを走らせた。

そこに書かれたのは、見たこともない記号と数字の羅列だった。


『乾燥ヒールハーブ:5.0g』

『精製水:200ml』

『加熱温度:85℃』

『抽出時間:180秒』


「いいか。錬金術に必要なのは『祈り』でも『勘』でもない。……『再現性』だ」


先生は木箱から、銀色の金属板のような道具を取り出し、俺たちの机に置いた。


中央に水晶の板が嵌め込まれており、横には数字が浮かび上がる小窓がついている。


「これは……?」


「俺が開発した『魔導天秤デジタルスケール』だ。0.1グラム単位まで正確に重さを量れる」


先生はさらに、目盛りのついたガラスメスシリンダーと、細長いガラス棒(温度計)を配った。


「ノア。魔力を込める必要はない。ただ、この手順書レシピ通りに作業しろ」


先生が渡してきた紙には、恐ろしく細かい指示が書かれていた。


「えっと……まず、薬草を5.0グラム……」


俺は恐る恐る、乾燥した葉を天秤に乗せた。


パラパラ……。


水晶の数字が『4.8』……『4.9』……『5.0』と変わる。


「ストップ。次、水を200ミリリットル。目盛りを真横から見て合わせろ」


言われるがままに水を測り、ビーカーに入れる。

そして、アルコールランプに火をつける。


「温度計を見ろ。85度になったら火を弱めてキープだ。……今だ!」


液体の温度が上がる。赤い線が85の目盛りを指した瞬間、俺はランプの芯を調整した。


コトコト……。静かな沸騰音が響く。


「そのまま3分間。……秒針を見ろ」


長い。


たった3分が、永遠のように感じる。


いつもなら「まだかな? もういいかな?」と不安になって、つい魔力を込めすぎたり、混ぜすぎたりしてしまう。


でも今は、数字という「答え」がある。


『85℃』『残り10秒』……。


「よし、火を止めろ! 濾過ろか紙で漉せ!」


俺は慌ててランプを消し、漏斗ろうとに液体を注ぎ込んだ。


ポタ、ポタ、ポタ……。


ビーカーの底に溜まっていくのは、いつもの焦げ茶色の液体じゃない。


透き通るような、美しい緑色の液体だった。


「……できた」


俺は震える手でビーカーを持ち上げた。

濁り一つない。教科書の挿絵にあるような、完璧なポーションだ。


「うそ……。魔法、使ってないのに?」


横で見ていたクララが、信じられないという顔で呟く。


「飲んでみろ」


先生に促され、俺は一口含んだ。


苦くない。


すっきりとしたハーブの香りが広がり、指先の切り傷がスーッと塞がっていくのが分かった。


「す、すごい……! 僕にも、作れた……!」


「当たり前だ」


先生は腕を組み、ニヤリと笑った。


「条件さえ揃えれば、誰がやっても同じ結果が出る。それが『科学』であり、これからの『錬金術』だ。……魔力がないなら、道具で補えばいい」


「先生……」


視界が滲んだ。


これまで、どれだけ努力しても「才能がない」の一言で片付けられてきた。

魔力が見えない自分には、錬金術師になる資格がないのだと絶望していた。


でも、この人は道を示してくれた。

「感覚」という曖昧な壁を、「数値」という梯子で乗り越えさせてくれたんだ。


「お、おい! 私にもその秤、貸しなさいよ!」


クララが慌てて身を乗り出してきた。


「アンタばっかりズルい! 私だってちゃんとした道具があればできるもん!」


「ははっ。順番だ。……さあ、忙しくなるぞFクラス。お前たちがこの学園の『常識』をひっくり返すんだ」


アレン先生の言葉に、俺は涙を拭いて強く頷いた。


僕にもできる。

この『計量』という新しい魔法があれば。


(第63話 完)

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