第62話「Fクラスの落ちこぼれ」
「アレン君かね。……君の処遇が決まったよ」
学園のボヤ騒ぎから数時間後。
俺は教頭室に呼び出されていた。
重厚なデスクの奥で、鷲鼻の男――バルトス教頭が、不愉快そうに書類を叩いている。
「本来なら、王城からの推薦とはいえ、君のような『経歴不詳の平民』を講師に迎えるなどありえん。我が校は伝統と格式、そして『血統』を重んじる場所なのだ」
バルトス教頭は「平民」という言葉を、汚いものでも吐き捨てるように言った。
どうやらこの学園は、貴族主義の巣窟らしい。
「だが、ダニエル院長の顔を立てて、籍だけは置いてやろう。……君の担当クラスは『特別補習クラス』。通称『Fクラス』だ」
「Fクラス……ですか」
「才能がなく、素行も悪く、見込みのないクズどもの集まりだ。……そこで大人しくしていれば、給料分は払ってやる。実験室の使用は禁止だ。いいな?」
要するに、窓際族として飼い殺しにするつもりか。
俺は小さく笑った。
「分かりました。……ただし、俺のクラスの授業方針には口を出さないでくださいね」
「ふん。好きにするがいい。どうせ誰も授業など聞きはせんよ」
教頭は興味なさげに手を振った。
本校舎から離れた、森の裏手にある旧校舎。
そこが『Fクラス』の教室だった。
壁には蔦が絡まり、窓枠は錆びついている。まるで幽霊屋敷だ。
「……ここか」
俺は埃っぽい廊下を歩き、教室の扉を開けた。
ガララッ……。
乾いた音が響く。
教室の中には、机が五つほど並べられているだけ。生徒の数は、たったの二人だった。
「うう……また失敗だ……。火がつかない……」
一人は、一番前の席でうずくまっている小柄な少年。
ボサボサの髪に、分厚い眼鏡。必死に杖を振っているが、杖先から出るのはマッチ棒程度の火花だけだ。
「あーあ。ノアってば、またやってんの? 無駄だってば」
もう一人は、窓際の席に足を投げ出して座っている少女。
派手な金髪を巻き毛にして、制服を着崩している。机の上には教科書ではなく、化粧道具が広げられていた。
「どうせ私たちは『魔力ナシ』の落ちこぼれなんだからさ。卒業まで適当に遊んでればいいじゃん」
「で、でもクララさん……。僕、どうしても錬金術師になりたくて……」
少年――ノアは泣きそうな顔で杖を握りしめている。
少女――クララは、ふん、と鼻を鳴らして爪を磨き始めた。
俺は教壇にカバンを置き、カツカツと黒板の前を歩いた。
「……おい。誰だアンタ」
クララが不機嫌そうに俺を睨む。
「今日からこのクラスの担任になった、アレンだ。……随分と静かな歓迎だな」
「はあ? 新しい先生? どうせまたすぐ辞めるんでしょ」
クララはつまらなそうに言った。
「前の先生も、その前の先生も、『お前たちごときに教えることはない』って言って逃げ出したわよ」
なるほど。
教師からも見捨てられ、自分たち自身も諦めている。これが「Fクラス」の実態か。
俺はノアの席まで歩み寄った。
「君は、何をしているんだ?」
「ひっ!? ご、ごめんなさい! 遊んでるわけじゃなくて……その……『着火』の練習を……」
ノアがビクついて身体を縮こまらせる。
「僕、生まれつき魔力が少なくて……。初級魔法の『ファイア』すら出せないんです。……錬金術には『火』が必要なのに……」
「そうか。魔力が少ないのか」
この世界の錬金術は、素材の加工や加熱をすべて「魔法」で行う。
だから、魔力がない者は、入り口に立つことすら許されない。それが常識だ。
「……諦めなよ、ノア。才能がないのよ、私たちには」
クララが冷たく言い放つ。
だが、俺はノアの目を見た。
その目は怯えていたが、まだ光を失っていなかった。「知りたい」「作りたい」という探究心の残り火がある。
「ノア君、だったな。……君は、火を出したいのか?」
「は、はい……。でも、僕の魔力じゃ……」
「魔力なんて、いらないよ」
俺は鞄から、ある道具を取り出した。
それは、リバーサイドの工房で作らせた特製のガラス容器に、燃料用アルコールを入れたもの――『アルコールランプ』だ。
そして、マッチを擦って芯に近づける。
ボッ。
青く、安定した炎が灯った。
「え……?」
「ほら。火だ」
「で、でも先生! 魔法陣も詠唱もなしに……!?」
ノアが目を丸くする。
クララも爪を磨く手を止めた。
「これは『科学』だ。燃料と酸素、そしてきっかけ(熱)があれば、誰でも火は作れる」
俺はさらに、ビーカーに入れた水を五徳の上に置いた。
やがて水はコポコポと音を立て、沸騰を始める。
「いいか、よく聞け」
俺は二人を見回し、断言した。
「錬金術の本質は、魔力で不思議なことを起こすことじゃない。『物質の理』を理解し、再現することだ」
俺は沸騰するビーカーを指差す。
「魔力が多かろうが少なかろうが、100度になれば水は沸騰する。……平等だと思わないか?」
「びょ、平等……」
「君たちが落ちこぼれなのは、才能がないからじゃない。……教え方が間違っていただけだ」
俺は白衣を翻し、黒板に大きく文字を書いた。
それは、魔法陣の書き方でも、精神論でもない。
『Curiosity(好奇心)』と『Verification(検証)』。
「Fクラスの諸君。……今日から俺が、君たちを『最強の技術屋』に変えてやる。エリート気取りのAクラス連中が、腰を抜かすような魔法を見せてやろうじゃないか」
俺はニヤリと笑った。
「授業を始めるぞ。……まずは、そのダサい杖を捨てろ」
ノアがポカンと口を開け、クララが「はあ!?」と声を上げる。
錆びついた教室に、新しい風が吹き込んだ瞬間だった。
(第62話 完)
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