幕間「工房からの来訪者と、革命的なティータイム」
「……それで、これが例の『報告書』か」
王立規格保安院の院長室。
俺は手渡された分厚い書類に目を通し、感嘆の息を漏らした。
「完璧だな。データの集計方法も、考察の書き方も申し分ない。……俺が教えていない統計処理まで使っているじゃないか」
「はい! 師匠の残されたメモを元に、ルーカス部長と勉強しましたから」
デスクの向こうで胸を張るのは、アレン工房の原材料部長――エミリアだ。
リバーサイドから定期報告のために、はるばる王都までやって来てくれたのだ。
「工房の稼働率は安定しています。『班長制度』も完全に定着して、今では私や部長の指示がなくても、現場だけでトラブルシューティングが回るようになりました」
エミリアの報告は頼もしい限りだ。
俺がドワーフの国で油まみれになっている間に、弟子たちは着実に成長していたらしい。
「ふーん。やるじゃない。……でも、私の鼻は誤魔化せないわよ?」
ソファでふんぞり返っていたシェリーが、スンスンと鼻を鳴らして割り込んできた。
その手には、おやつ代わりのサラミが握られている。
「あなた、体から微かに『草』の匂いがするわ。……私、野菜と薬草は大嫌いなの」
「あはは……。初めまして、皇女殿下。エミリアと申します」
エミリアは苦笑しながら、優雅にカーテシー(膝を折る挨拶)をした。
以前は田舎の薬草摘みの少女だったが、今は王都の貴族相手でも堂々とした振る舞いだ。
「確かに、私は薬草の世話ばかりしていますから。……でも殿下、今日の私は『ただの草』を持ってきたわけではありませんよ?」
エミリアがバスケットから取り出したのは、乾燥させた茶葉のようなものが入ったガラス瓶だった。
「これは……?」
「以前、師匠が提案してくださった『品種改良』の成果です。……名付けて『スイート・ヒールハーブ』」
俺は目を丸くした。
以前、何気なく話した「メンデルの法則」と「選抜育種」の話。まさか、それを本当に成功させたのか?
「へえ、スイート? ……騙されないわよ。どうせ『良薬口に苦し』とか言って、苦い汁を飲ませる気でしょ?」
シェリーが警戒心丸出しで睨む。
彼女にとって、苦いヒールハーブは天敵だ。
「ふふっ。では、論より証拠。……リリアさん、お湯をいただけますか?」
「うん、任せて!」
リリアがポットを持ってくる。
エミリアは慣れた手つきでティーセットを用意し、その乾燥ハーブにお湯を注いだ。
ふわり、と湯気が立ち上る。
だが、その香りはいつもの青臭いものではなく――まるで花のような、甘く華やかな香りだった。
「……あら?」シェリーの耳がピクリと動く。
「さあ、どうぞ。お砂糖は入れていませんが、驚かないでくださいね」
差し出されたカップを、シェリーは恐る恐る受け取る。
そして、小さな舌を出して、ちょろりと舐めた。
「…………っ!?」
カッ! とシェリーの目が大きく見開かれた。
「あ、甘い!? なによこれ! お砂糖を山盛り入れたみたいな甘さよ!?」
「でも、後味はスッキリしているだろう?」
俺も一口飲んで唸った。
これは……ステビアや甘茶に近い。砂糖の数百倍の甘みを持ちながら、カロリーはゼロ。しかも、ヒールハーブ特有のえぐみは完全に消えている。
「すごいな、エミリア。これなら子供でも水代わりに飲めるぞ」
「はい! 苦味が苦手な患者様のために、何千株もの交配を繰り返して、やっと固定化できたんです」
エミリアが誇らしげに微笑む。
それは単なる偶然の産物ではない。彼女の執念と、俺が伝えた「科学的アプローチ」が生み出した、努力の結晶だ。
「んぐっ、んぐっ……! 美味しい! これなら毎日飲んでもいいわ!」
シェリーはあっという間に飲み干し、「おかわり!」とカップを突き出した。
野菜嫌いのドラゴン皇女を陥落させるとは、大したもんだ。
「師匠。……私たちが作った『ポーション』や『野菜』は、たくさんの人を笑顔にできました」
エミリアが俺を真っ直ぐに見つめた。
「だから、師匠。……これから向かわれる『学園』でも、きっと大丈夫です。師匠の教えは、ちゃんと伝わりますから」
彼女は気づいていたのだ。
俺がアカデミーへの赴任に対して、少しだけ不安を感じていたことを。
「古い慣習に染まった世界を変えられるだろうか」と。
だが、目の前には証拠がある。
俺の知識を受け継ぎ、それを自分なりに発展させ、新しい価値を生み出した弟子がいる。
「……ああ、そうだな」
俺は温かいハーブティーを飲み干し、心の底から安堵した。
「ありがとう、エミリア。……勇気をもらったよ」
俺たちの蒔いた種は、確実に芽吹いている。
なら、恐れることはない。
王都のアカデミーという荒れた土壌も、きっと耕せるはずだ。
「よし! それじゃあ、この『スイート・ハーブティー』に合うお菓子を買いに行こうか!」
「賛成ーっ! ケーキ! ケーキ!」
「ふふ、ご案内しますね」
賑やかな三人の女性陣に連れられて、俺は部屋を出た。
甘い香りと、確かな希望を胸に。
次なる戦場――「教室」への準備は、もう万端だ。
(幕間 完)
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