第60話「帰還、そして……」
「あーあ、もう無くなっちゃった。……ねえアレン、もっとイカ焼き無いの?」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、シェリーが不満げに声を上げた。
彼女の足元には、港町ポルトゥスで買い込んだ「海鮮土産」の空箱が山のように積まれている。
「あれだけあった干物を、一日で食べ尽くすとは……。さすがドラゴンの胃袋ですね」
「失礼ね! 成長期なのよ! ……それに、旅が長すぎるのよ」
シェリーがふてくされて窓の外を見る。
俺たちは今、王都エルデンシアへの帰路についていた。
鉱山都市ヴァルカンから港町への鉄道は開通したが、そこから王都へはまだ馬車での移動だ。
「まあまあ、シェリーちゃん。もうすぐ王都だよ! ほら、外を見て!」
リリアが窓を開けて指差す。
夕闇が迫る中、遠くに王都の城壁が見えてきた。
だが、その景色は俺たちが旅立つ前とは明らかに違っていた。
「あれ? ……なんか、街が明るくない?」
リリアが不思議そうに首を傾げる。
いつもなら、日没とともに暗闇に沈むはずの王都が、ぼんやりと温かな光に包まれているのだ。
「……ガス灯か」
俺は呟いた。
ヴァルカンでの製鉄の過程で出る副産物――「石炭ガス」。
それを廃棄せずに燃料として利用し、鉄パイプで街中に供給する『ガス灯計画』。
俺が出発前に提案し、ダニエルさんが進めていたプロジェクトが、早くも実用化され始めているらしい。
「へえ……。魔法の明かりとは違う、なんか落ち着く色だね」
「ああ。これで夜の治安も良くなるし、人々の活動時間も延びるだろうな」
俺たちは検問を抜け、王都の大通りへと入った。
等間隔に設置されたガラス張りの街灯が、石畳の道を柔らかく照らしている。
その光の下を、遅い時間にもかかわらず多くの人々が行き交っていた。
「見て、アレンさん! あの道具屋さんに並んでるお鍋!」
リリアがショーウィンドウを指差した。
そこには、銀色に輝く真新しい鍋やフライパンが積み上げられている。
どれも形が揃っていて、持ち手の部分には『KIS(王国産業規格)』の認定マークが刻印されていた。
「ヴァルカンの鉄製品が、もう出回っているのか」
規格化された、安くて丈夫な鉄製品。
それが一般庶民の手に届き、生活を変え始めている。
俺たちが煤まみれになって作った「基準」は、確かにこの国に根付きつつあった。
「ふぅ……。やっと戻ってきたな」
馬車が止まったのは、王城の近くにある『王立規格保安院』の前だった。
俺の職場であり、この国の品質を守る砦だ。
「おかえりなさい、アレン君! 無事で何よりだよ!」
執務室に入ると、目の下にクマを作ったダニエルさんが、両手を広げて出迎えてくれた。
相変わらず激務のようだが、その表情はどこか晴れやかだ。
「ただいま戻りました、ダニエルさん。……ガス灯、綺麗でしたよ」
「だろう? 君の設計図通りに配管を通すのは骨が折れたが、市民からは大好評だ。陛下も『夜が明けたようだ』と喜んでおられたよ」
ダニエルさんはニカッと笑い、俺に温かいコーヒー(もちろんアレン工房製の豆だ)を出してくれた。
「君の報告書は読んだよ。……『蒸気機関車』に『転炉法』、そして『旋盤』による標準化。まさに革命だ。君が南へ行ってくれたおかげで、この国の工業力は十年……いや、五十年は進歩した」
「職人たちのおかげですよ。俺はちょっと口出ししただけです」
「謙遜するな。君がいなければ、あの機関車はただの爆弾だったさ」
ダニエルさんは笑い飛ばすと、ふと真面目な顔になり、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。
「さて、アレン君。君が休む間もなく申し訳ないんだが……。その『革命』のせいで、新たな問題が起きている」
「……問題?」
俺は身構えた。
またどこかでボイラーが爆発したのか? それとも旧勢力の嫌がらせか?
「いや、物理的なトラブルじゃない。……『人』の問題だ」
ダニエルさんは手紙を俺に差し出した。
封蝋には、天秤とフラスコをあしらった紋章。それは、王都にある最高学府――『王立錬金術アカデミー』のものだった。
「産業革命によって、新しい技術が次々と生まれている。だが、それを扱う『人材』が圧倒的に足りないんだ」
「……なるほど」
「現場の職人は君が鍛えた。だが、これから錬金術師を目指す若者たちはどうだ? アカデミーの授業は、いまだに『職人の勘』や『秘伝のタレ』を教える古い教育のままだ」
俺は手紙を開封した。
そこには、アカデミー学長からの丁寧、かつ悲痛な要請が綴られていた。
『求む、教育改革。……若き才能たちに、新しい時代の“基準”を教えてほしい』
「アレン君。君にアカデミーの『特別講師』を依頼したい。……未来の錬金術師たちに、君の知識を植え付けてやってくれないか?」
「教育……ですか」
俺は窓の外を見た。
ガス灯の光が、街を照らしている。
ハードウェア(機械)は進化した。次はソフトウェア(人)をアップデートしなければ、この光はいずれ消えてしまうだろう。
「……面白そうですね」
俺は手紙を畳み、ニヤリと笑った。
古い慣習に染まった頭でっかちな教授たちと、生意気盛りの学生たち。
ドワーフの頑固親方よりも手強そうだが、やりがいはある。
「受けますよ、ダニエルさん。……学園に『規格』を叩き込んでやります」
「そう言ってくれると思ったよ!」
ダニエルさんが安堵の息を吐いた、その時。
「ねえー! まだ話終わらないのー!?」
廊下から、しびれを切らしたシェリーの声が響いた。
「リリアがお腹すいたって言ってるわよ! 早く美味しいお店に連れて行きなさい!」
「(えっ、私言ってないよ!? シェリーちゃんが言わせてるんだよ!?)」
リリアの慌てた声も聞こえてくる。
「ははっ。……まずは、あの怪獣たちの腹を満たすのが先決だな」
俺は椅子から立ち上がり、新しい冒険への予感を胸に、執務室のドアを開けた。
鉄と蒸気の旅は終わった。
次は――『学校』の時間だ。
(第5章 完)
次回予告:第6章「アカデミーの異端児(教育改革編)」
アレンが王立錬金術アカデミーの教壇に立つ!
しかし、そこは「伝統」と「血筋」を重んじる貴族主義の巣窟だった。
「計量カップを使わない?」「手順書がない?」
あまりに前時代的な授業風景に、アレンの『教育的指導』が炸裂する!
さらに、シェリーが学食改革に乗り出し、リリアが生徒会長と決闘騒ぎに!?
新章も、規格外の授業にご期待ください!




