表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/106

第60話「帰還、そして……」

「あーあ、もう無くなっちゃった。……ねえアレン、もっとイカ焼き無いの?」


ガタゴトと揺れる馬車の中で、シェリーが不満げに声を上げた。

彼女の足元には、港町ポルトゥスで買い込んだ「海鮮土産」の空箱が山のように積まれている。


「あれだけあった干物を、一日で食べ尽くすとは……。さすがドラゴンの胃袋ですね」


「失礼ね! 成長期なのよ! ……それに、旅が長すぎるのよ」


シェリーがふてくされて窓の外を見る。


俺たちは今、王都エルデンシアへの帰路についていた。

鉱山都市ヴァルカンから港町への鉄道は開通したが、そこから王都へはまだ馬車での移動だ。


「まあまあ、シェリーちゃん。もうすぐ王都だよ! ほら、外を見て!」


リリアが窓を開けて指差す。


夕闇が迫る中、遠くに王都の城壁が見えてきた。

だが、その景色は俺たちが旅立つ前とは明らかに違っていた。


「あれ? ……なんか、街が明るくない?」


リリアが不思議そうに首を傾げる。

いつもなら、日没とともに暗闇に沈むはずの王都が、ぼんやりと温かな光に包まれているのだ。


「……ガス灯か」


俺は呟いた。

ヴァルカンでの製鉄の過程で出る副産物――「石炭ガス」。


それを廃棄せずに燃料として利用し、鉄パイプで街中に供給する『ガス灯計画』。

俺が出発前に提案し、ダニエルさんが進めていたプロジェクトが、早くも実用化され始めているらしい。


「へえ……。魔法の明かりとは違う、なんか落ち着く色だね」


「ああ。これで夜の治安も良くなるし、人々の活動時間も延びるだろうな」


俺たちは検問を抜け、王都の大通りへと入った。


等間隔に設置されたガラス張りの街灯が、石畳の道を柔らかく照らしている。

その光の下を、遅い時間にもかかわらず多くの人々が行き交っていた。


「見て、アレンさん! あの道具屋さんに並んでるお鍋!」


リリアがショーウィンドウを指差した。


そこには、銀色に輝く真新しい鍋やフライパンが積み上げられている。

どれも形が揃っていて、持ち手の部分には『KIS(王国産業規格)』の認定マークが刻印されていた。


「ヴァルカンの鉄製品が、もう出回っているのか」


規格化された、安くて丈夫な鉄製品。


それが一般庶民の手に届き、生活を変え始めている。

俺たちが煤まみれになって作った「基準」は、確かにこの国に根付きつつあった。




「ふぅ……。やっと戻ってきたな」


馬車が止まったのは、王城の近くにある『王立規格保安院』の前だった。

俺の職場であり、この国の品質を守る砦だ。


「おかえりなさい、アレン君! 無事で何よりだよ!」


執務室に入ると、目の下にクマを作ったダニエルさんが、両手を広げて出迎えてくれた。

相変わらず激務のようだが、その表情はどこか晴れやかだ。


「ただいま戻りました、ダニエルさん。……ガス灯、綺麗でしたよ」


「だろう? 君の設計図通りに配管を通すのは骨が折れたが、市民からは大好評だ。陛下も『夜が明けたようだ』と喜んでおられたよ」


ダニエルさんはニカッと笑い、俺に温かいコーヒー(もちろんアレン工房製の豆だ)を出してくれた。


「君の報告書は読んだよ。……『蒸気機関車』に『転炉法』、そして『旋盤』による標準化。まさに革命だ。君が南へ行ってくれたおかげで、この国の工業力は十年……いや、五十年は進歩した」


「職人たちのおかげですよ。俺はちょっと口出ししただけです」


「謙遜するな。君がいなければ、あの機関車はただの爆弾だったさ」


ダニエルさんは笑い飛ばすと、ふと真面目な顔になり、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。


「さて、アレン君。君が休む間もなく申し訳ないんだが……。その『革命』のせいで、新たな問題が起きている」


「……問題?」


俺は身構えた。


またどこかでボイラーが爆発したのか? それとも旧勢力の嫌がらせか?


「いや、物理的なトラブルじゃない。……『人』の問題だ」


ダニエルさんは手紙を俺に差し出した。


封蝋には、天秤とフラスコをあしらった紋章。それは、王都にある最高学府――『王立錬金術アカデミー』のものだった。


「産業革命によって、新しい技術が次々と生まれている。だが、それを扱う『人材』が圧倒的に足りないんだ」


「……なるほど」


「現場の職人は君が鍛えた。だが、これから錬金術師を目指す若者たちはどうだ? アカデミーの授業は、いまだに『職人の勘』や『秘伝のタレ』を教える古い教育のままだ」


俺は手紙を開封した。


そこには、アカデミー学長からの丁寧、かつ悲痛な要請が綴られていた。



『求む、教育改革。……若き才能たちに、新しい時代の“基準”を教えてほしい』



「アレン君。君にアカデミーの『特別講師』を依頼したい。……未来の錬金術師たちに、君の知識スタンダードを植え付けてやってくれないか?」


「教育……ですか」


俺は窓の外を見た。

ガス灯の光が、街を照らしている。


ハードウェア(機械)は進化した。次はソフトウェア(人)をアップデートしなければ、この光はいずれ消えてしまうだろう。


「……面白そうですね」


俺は手紙を畳み、ニヤリと笑った。


古い慣習に染まった頭でっかちな教授たちと、生意気盛りの学生たち。

ドワーフの頑固親方よりも手強そうだが、やりがいはある。


「受けますよ、ダニエルさん。……学園に『規格ルール』を叩き込んでやります」


「そう言ってくれると思ったよ!」


ダニエルさんが安堵の息を吐いた、その時。


「ねえー! まだ話終わらないのー!?」


廊下から、しびれを切らしたシェリーの声が響いた。


「リリアがお腹すいたって言ってるわよ! 早く美味しいお店に連れて行きなさい!」


「(えっ、私言ってないよ!? シェリーちゃんが言わせてるんだよ!?)」


リリアの慌てた声も聞こえてくる。


「ははっ。……まずは、あの怪獣たちの腹を満たすのが先決だな」


俺は椅子から立ち上がり、新しい冒険への予感を胸に、執務室のドアを開けた。

鉄と蒸気の旅は終わった。


次は――『学校』の時間だ。


(第5章 完)

次回予告:第6章「アカデミーの異端児(教育改革編)」


アレンが王立錬金術アカデミーの教壇に立つ!

しかし、そこは「伝統」と「血筋」を重んじる貴族主義の巣窟だった。

「計量カップを使わない?」「手順書がない?」

あまりに前時代的な授業風景に、アレンの『教育的指導』が炸裂する!

さらに、シェリーが学食改革に乗り出し、リリアが生徒会長と決闘騒ぎに!?


新章も、規格外の授業にご期待ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ