第59話「汽笛は高らかに」
「すごい……! 本当に山を越えてきたのか!」
「鉄が! ヴァルカンの鉄がこんなに大量に届いたぞ!」
港町ポルトゥスの駅前広場は、お祭り騒ぎになっていた。
到着した『ヴァルカン一号』の貨車から、ドワーフたちが次々と荷下ろしをしている。
積み込まれていたのは、大量の鉄製品だ。
鍋、釜、農具、そして建築資材。これまで険しい山道を手押し車で運ぶしかなかった重量物が、たった一度の運行で、しかも数時間で届いたのだ。
「これが……『物流革命』か」
ダニエルさんが、積み上がる鉄の山を見上げて呆然と呟く。
「山岳地帯の『鉄』と、港町の『塩や魚』。本来なら交わるのに数日かかった二つの資源が、半日で交換できる。……アレン君、君はとんでもないことをしてくれたよ」
「これからですよ、ダニエルさん」
俺は海風に当たりながら、心地よい疲労感の中で答えた。
「線路が伸びれば、人の移動も、文化の交流も加速します。……世界が、小さくなるんです」
産業革命の本質は、単なる工場の機械化じゃない。
蒸気機関車による「距離の短縮」こそが、経済を爆発的に成長させる起爆剤になる。
この港町は、遠からず大陸有数の貿易都市へと変貌するだろう。
「……ふん。相変わらず小難しいことを考えてやがるな、若造」
背中をバシッと叩かれた。
振り返ると、ガルフ親方が立っていた。その顔は綺麗に拭われていたが、服にはまだ旅の煤と油が染み付いている。
「親方。……ボイラーの点検は?」
「完璧だ。あんな無茶な運転をしたってのに、配管一本歪んじゃいねえ。……俺たちの作った『鋼』は本物だったってことさ」
親方はニカッと笑い、後ろに控えていた弟子たちに目配せをした。
弟子の一人が、恭しく二つの包みを差し出す。
「アレン殿。そしてリリア嬢ちゃん。……これは俺たちからの礼だ。受け取ってくれ」
「えっ、私たちに?」
リリアが目を丸くする。
俺たちが包みを開けると――そこには、ドワーフの国宝級の輝きがあった。
「うわぁっ……! きれい……!」
リリアが手にしたのは、一本の長剣だった。
刀身は透き通るような青銀色。
俺たちが作った鋼よりもさらに純度が高く、微かな魔力を帯びている。
「『風切の剣』だ。ヴァルカン特産のミスリルと、今回の新技術で作った鋼を混ぜ合わせた合金製だ。……ゴーレムをぶった斬った嬢ちゃんの剣、刃こぼれしてただろ? そいつならドラゴンの鱗だって紙切れみたいに斬れるぜ」
「ありがとう親方! 大切にするね!」
リリアが新しい剣を抱きしめて頬ずりする。
そして、俺の手元にあるのは――。
「……これは、フラスコ? いや、ビーカーか?」
ガラスのように透明だが、ガラスではない。
金属のような硬質な光沢を持つ、不思議な容器のセットだった。
「『ミスリル・ガラス』の実験器具だ。熱にも酸にも衝撃にも強い。床に叩きつけても割れねえし、魔力伝導率も最高だ。……あんたなら、使いこなせるだろ?」
「親方……」
俺は震える手でフラスコを握りしめた。
これは、錬金術師にとって喉から手が出るほど欲しい「至高の道具」だ。
これがあれば、今まで耐熱性が足りなくて不可能だった実験や、高圧が必要な合成も可能になる。
「ありがとうございます。……俺の宝物にします」
「ガハハ! 宝物にして飾っとくんじゃねえぞ! ガンガン使って、また新しい『革命』を起こしやがれ!」
親方が豪快に笑い、俺に向かって右手を差し出した。
その手は分厚く、硬く、そして温かかった。
「……アレン殿。あんたは最高の技術屋だ。またいつでも来な。俺たちの街は、あんたになら何時だって門を開ける」
「ええ。……貴方たちこそ、最高の職人ですよ」
俺たちはガッチリと握手を交わした。
種族も、生まれも違う。
けれど、「モノづくり」に懸ける魂は同じだ。
その絆は、どんな鋼鉄よりも強く、錆びることはないだろう。
「さーて! それじゃあ私たちは、お土産の買い出しに行こっか!」
感動の別れムードをぶち壊すように、シェリーが元気よく声を上げた。
彼女の両手には、すでに屋台で買い込んだイカ焼きや焼き魚が握られている。
「まだ食べるんですか、シェリーさん……」
「当たり前でしょ! 港町に来て、海鮮丼を食べずに帰るなんて法律違反よ! ……ほらアレン、早く市場に行くわよ!」
「はいはい、分かりましたよ」
俺たちは苦笑しながら、活気に満ちた市場へと歩き出した。
機関車はここに残り、ドワーフたちが保守点検と運転指導を行うことになっている。俺たちの役目はここまでだ。
帰り際、俺はもう一度振り返った。
夕焼けに染まる駅舎。
そこには、白い蒸気を上げる黒鉄の巨人が、誇らしげに佇んでいた。
ポオオオオオオオオオッ……。
別れを惜しむように、そして新しい時代の幕開けを告げるように。
汽笛の音が、高く、高らかに響き渡った。
この音はきっと、王国中に届くだろう。
「勘と経験」の時代が終わり、「科学と規格」の時代が始まったことを告げる福音として。
俺の胸ポケットには、ミスリル製のフラスコ。
そして心には、確かな達成感。
「帰ろうか、リリア」
「うん! ……あ、でもその前に海鮮丼ね!」
俺たちの旅はまだ続く。
次はどんな難題が待っているのか。
どんな場所でも、この「現代知識」と仲間がいれば、きっと乗り越えられる。
そう信じて、俺は新たな一歩を踏み出した。
(第59話 完)
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