第57話「火の山を越えろ」
「圧力正常。水位よし。……ガルフ親方、準備はいいですか?」
早朝の鉱山都市ヴァルカン。
新設されたプラットホームには、黒光りする鋼鉄の巨獣――『魔導蒸気機関車・ヴァルカン一号』が、白い蒸気を吐き出しながら鎮座していた。
運転席に立つ俺は、ずらりと並んだ圧力計とバルブを確認し、焚き口の前に立つ親方に声をかけた。
「おうよ! 燃料の『特級火炎魔石』、ガンガンくべてるぜ! いつでもイケる!」
親方がスコップ片手にニカッと笑う。
後ろの客車には、技術視察団としてダニエルさんたち、そして護衛のリリアとシェリーが乗り込んでいる。
俺は窓から顔を出し、見送りのドワーフたちに手を振った。
「出発進行! ……汽笛、吹鳴!!」
フォオオオオオオオオッ!!
峡谷に、高く澄んだ汽笛の音が響き渡る。
俺がレギュレーター(加減弁)をゆっくりと引くと、シュッ、シュッ、と蒸気がシリンダーに送り込まれ、巨大な動輪が回転を始めた。
ガタン……ゴトン……。
数百トンもの鉄の塊が、きしり声を上げて動き出す。
「うおおおっ! 動いたぞーっ!」
「行けぇぇぇ! 俺たちの夢を乗せてぇぇぇ!」
ドワーフたちの歓声を背に、機関車は速度を上げていく。
シュッシュッ! シュッシュッ!
心地よいリズムとともに、俺たちは黒煙の都を後にした。
「すっごーい! 速いよアレンさん! 馬車なんて目じゃない!」
しばらくして、運転席にリリアが顔を出した。
風圧で髪をなびかせながら、流れる景色に目を輝かせている。
「現在時速40キロ。……設計通りだな」
俺は速度計を見ながら頷いた。
前世の新幹線に比べれば遅いが、この世界の移動手段としては革命的な速さだ。
何より、疲れを知らない。水と魔石がある限り、この鉄の馬は永遠に走り続ける。
「でもアレンさん、この先って……」
「ああ。『竜の顎』と呼ばれる難所だ」
俺は前方の窓を睨んだ。
鉱山都市から港町へ抜けるには、活火山帯の谷間を突っ切らなければならない。
線路の両脇には溶岩が流れ、硫黄の煙が立ち込める危険地帯だ。
「ここさえ抜ければ、海が見える。……気を引き締めていこう」
そう言った、矢先だった。
ズズズズズ……ッ!
地響きとともに、前方のレールが激しく揺れた。
地震か? いや、違う。
線路の脇にある溶岩だまりが、ボコボコと不気味に泡立っている。
「な、なんだ!?」
「来るぞ! 何か出る!」
ドバァァァァァン!!
マグマの飛沫を上げて出現したのは、赤熱する岩石の巨人――『溶岩魔獣』だった。
全長15メートルはある巨体が、ヌゥゥゥ……と唸り声を上げ、あろうことか線路の上に立ちはだかったのだ。
「うわああっ!? 線路が塞がれた!?」
「アレン殿! ブレーキだ! 止まれぇぇッ!」
ガルフ親方が絶叫する。
だが、俺は瞬時に計算し、奥歯を噛み締めた。
「ダメだ、間に合わない!」
今の速度と、この列車の重量(質量)。
急ブレーキをかけたところで、制動距離が足りない。摩擦で車輪が焼き付き、脱線してマグマの海にダイブするのがオチだ。
それに、相手は溶岩の塊だ。止まったところで、熱で車両ごと溶かされてしまう。
「止まれないなら……突き抜けるしかない!」
俺は覚悟を決めた。
「総員、衝撃に備えろ! ……これより『緊急加速』を行う!」
「はあ!? 加速だと!? 正気か!?」
「親方! 安全弁を固定してください! 圧力を限界まで上げます!」
通常ならボイラーが破裂する危険行為。
だが、俺たちが作ったのは、あの『転炉法』で精製した最強の「鋼」だ。
この釜なら、耐えられるはずだ!
「くっ……! いちかばちかだ! やってやらぁ!!」
親方が安全弁をハンマーで叩いてロックし、さらに魔石を放り込む。
圧力計の針がレッドゾーンへと突入する。
ボイラーが悲鳴を上げ、車体がガタガタと激しく振動する。
「うおおおおッ! いけぇぇぇぇッ!」
俺はレバーを全開に押し込んだ。
蒸気の奔流がピストンを叩き、車輪が空転しそうなほどのトルクを生み出す。
「アレンさん! 私が道をこじ開ける!」
リリアが屋根の上に飛び乗った。
彼女の愛剣が、青白い魔力を帯びて輝く。
「邪魔だよデカブツ! ……ッ!!」
ズバァッ!!
鋭い斬撃が飛び、ゴーレムの右腕を根元から切断する。
だが、胴体はまだ線路の上だ。
「硬い! 剣が通りにくい!」
「だったら、私がやるわよ!」
ドォン!
客車の屋根を突き破って、シェリーが飛び出した。
彼女は空中へ跳躍すると、口を大きく開け、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「どきなさぁぁぁぁぁいッ!!」
ゴオオオオオオオッ!!
皇女の口から放たれたのは、炎ではなく「衝撃波」。
圧縮された空気の塊がゴーレムの胸板に直撃し、その巨体をわずかにけぞらせる。
「ナイスだ二人とも! ……これならいける!」
俺はスロットルを握りしめた。
目の前には、バランスを崩しながらも立ちふさがる岩の壁。
衝突まであと3秒。
「耐えてくれ、俺たちの『鋼』……!!」
ドガァァァァァァァァン!!
凄まじい衝撃音が響き渡る。
機関車の先頭に取り付けた、鋭利な排障器が、ゴーレムの腹部に突き刺さる。
普通の鉄なら、ここでひしゃげて終わりだ。
だが、不純物を取り除き、粘りを持たせたヴァルカン製の鋼は、決して折れない。
「砕けろォォォォォッ!!」
ギギギギギ……パァァァン!!
鋼鉄の質量と速度のエネルギーが、岩石の硬度を上回った。
ゴーレムの巨体が粉々に砕け散り、マグマの海へと弾け飛ぶ。
機関車は炎のトンネルを突き抜け――そして。
「……抜けたッ!!」
視界が一気に開けた。
赤黒い溶岩の世界が去り、目の前に広がったのは、どこまでも続く青い空と、キラキラと輝く海だった。
「うわぁ……! 海だぁ!」
「ガハハハハ! 見ろアレン殿! ピンピンしてやがる! 俺たちの鋼は無敵だぜ!」
親方がボイラーをバンバンと叩く。
先頭車両は煤と傷だらけだが、致命的な損傷はない。
俺たちは勝ったのだ。大自然の猛威にも、魔物にも。
「……圧力低下。通常運転に戻します」
俺は震える手でレバーを戻し、椅子に深く沈み込んだ。
全身汗びっしょりだ。だが、心臓の高鳴りは止まらない。
プォォォォォォォォン……。
勝利を告げる汽笛が、海風に乗って響き渡った。
それは、この国に新しい時代――産業革命の夜明けを告げる産声でもあった。
(第57話 完)
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