表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/106

第56話「産業スパイとラッダイト」

「……ネズミがかかったな」


深夜の工房。

全ての灯りが落とされ、静寂と油の匂いだけが漂う暗闇の中で、俺は小さく呟いた。


俺たちが隠れているのは、資材置き場のコンテナの陰だ。

隣には、愛剣の柄に手をかけ、目を爛々と輝かせているリリアがいる。

そして足元には、夜食のサンドイッチを音もなく咀嚼しているシェリーがいる。


「アレンさんの作った機械を壊すなんて、絶対に許さないんだから……」


リリアが低い声で唸る。普段の天真爛漫な彼女とは違う、獲物を狙う狩人の目だ。


ここ数日、工場では不可解なトラブルが続いていた。

完成した部品が消える。組み立て中の配管に砂が混ぜられる。ボヤ騒ぎが起きる。

単なる事故じゃない。明らかに、この蒸気機関車の完成を阻もうとする「悪意」が働いている。


だから俺たちは、罠を仕掛けた。


『完成したばかりの心臓部――調速機ガバナを、今夜保管庫に移す』という偽情報を流したのだ。


カチャリ……。


静寂を破り、保管庫の鍵が開けられる音がした。

現れたのは、三つの人影。


二人は黒装束で顔を隠した小柄な男たち。そしてもう一人は――見覚えのある、ドワーフの作業服を着た男だった。


「……こいつだ。これが機関車の心臓だ」


ドワーフの男が、保管庫の棚から真鍮製の部品を取り出す。

それは俺が作ったダミーだ。


「よし。これで奴らの計画は頓挫する。……行くぞ」


「待て。設計図も燃やしておけ。徹底的にやるのが依頼主の意向だ」


黒装束の男が、オイルの入った瓶を取り出す。

それを聞いた瞬間、リリアの殺気が爆発した。


「そこまでだよッ!!」


「なっ!?」


リリアがコンテナの陰から飛び出す。


銀色の軌跡を描いて抜刀された剣が、黒装束の男の手からオイル瓶を弾き飛ばした。


ガシャンッ!


瓶が割れ、床に大量の潤滑油がぶちまけられる。


「き、貴様ら! なぜここに!?」


「待ち伏せしてたに決まってるでしょ! アレンさんの邪魔をする悪い子たちにお仕置きの時間だよ!」


リリアが油まみれの床をものともせず、滑るように踏み込む。

黒装束たちが短剣を抜いて応戦するが、リリアの動きはそれを凌駕していた。


「遅いっ!」


キンッ! キンッ!


火花が散る。リリアは相手の剣を弾き、流れるような体術で一人を油の海に転ばせる。


もう一人が背後から襲いかかるが――。


「邪魔よ。食事中なのに」


ドゴォッ!!


シェリーの尻尾テイルが唸りを上げて薙ぎ払われた。


黒装束の男は「ぐべらっ!?」と変な声を上げて吹き飛び、鉄柱に激突して気絶する。


「ひ、ひぃぃぃッ!」


残されたドワーフの男――ベテラン旋盤工のドルトンが、腰を抜かして後ずさる。


「ドルトンさん。……どうしてですか」


俺は明かりを灯し、彼の前に立った。


彼はガルフ親方の右腕とも言われた熟練工だ。旋盤の導入にも、最初は反対していたが、最終的には協力してくれていたはずなのに。


「……お前らが悪いんだ!」


ドルトンは涙目で叫んだ。


「あんたが変な機械を持ち込むから!『規格』だの『標準化』だの……そんなものが広まったら、俺たちの技はどうなる!長年磨いてきた『手仕事』の価値がなくなっちまうだろうが!」


彼の叫びは、悲痛だった。


それは前世の歴史でも起きたことだ。


機械打ちこわし運動――ラッダイト運動。


新しい技術が仕事を奪うという恐怖。自分が不要な存在になるのではないかという不安。

それに付け込んだ隣国のスパイが、彼を唆したのだろう。


「俺は……俺はただ、自分の仕事を……誇りを守りたかっただけなんだ……!」


ドルトンが崩れ落ちる。


リリアが剣を収め、悲しげな顔で俺を見た。

彼女も分かっているのだ。彼が悪意だけで動いたわけではないことを。


だが、俺は首を横に振った。


「ドルトンさん。貴方は勘違いをしています」


俺は油で汚れた彼の手を取った。

その手は、長年の鉄仕事で分厚く、硬くなっている。


「機械は、貴方たちの仕事を奪うためにあるんじゃありません。……『人間がやるべきでない単純作業』を代行するためにあるんです」


「なに……?」


「一日中、同じネジを何百本も削る。それは確かに技術が必要ですが、貴方ほどの職人が一生を費やすべき仕事ですか? 旋盤があれば、ネジ作りは新人に任せられます。そうすれば、貴方はもっと高度な――例えば新しいエンジンの設計や、誰も見たことがない芸術的な装飾に集中できる」


俺は彼を真っ直ぐに見つめた。


「標準化は、職人を殺しません。職人を『単純労働』から解放し、本当の『創造クリエイティブ』へ羽ばたかせるための翼なんです」


「……創造への、翼……」


ドルトンは呆然と呟き、自分の手を見つめた。


「ガハハハハ! よく言った、アレン殿!」


工場の入り口から、ガルフ親方が現れた。

その後ろには、武装したドワーフの警備隊が控えている。


「親方……俺は……」


「馬鹿野郎! 迷ったなら俺に相談しやがれ!……だがまあ、その『不安』も分からなくはねえ。技術が変われば、俺たちも変わらなきゃならねえからな」


親方はドルトンの頭をバシッと叩き、ニカッと笑った。


「安心しろ。機械がどれだけ進化しようが、最後に必要なのは『職人の魂』だ。その魂まで機械化されるこたぁねえよ」


「親方ぁ……ううっ……!」


ドルトンは親方の足元で泣き崩れた。


「さて。……そっちのネズミ共はどうする?」


親方が冷ややかな目で、縛り上げられた黒装束たちを見下ろす。

彼らは隣国から潜入していた産業スパイだ。この国の技術革新を恐れ、妨害工作を仕掛けてきたのだ。


「ヴァルカンの掟通り、鉱山の最深部で強制労働といこうか。……一生、日の光は拝めねえと思え」


ドワーフたちの怒りは深い。彼らはスパイたちを引きずって連行していった。


「ふぅ……。終わったね、アレンさん」


リリアが大きく息を吐き、油で汚れた顔を袖で拭う。


その頬には黒い煤がつき、服もベトベトだ。

だが、その姿はどんなドレスを着た令嬢よりも美しく、頼もしく見えた。


「ありがとう、リリア。君がいなかったら危なかった」


「えへへ。……でも、これじゃあお気に入りの服が台無しだなぁ」


彼女が苦笑いした時、シェリーがひょっこりと顔を出した。


「ねえ。悪い奴らもいなくなったし、そろそろ動かせるんじゃない?」


「え?」


「機関車よ。……もう、完成してるんでしょ?」


シェリーが指差した先。


工場の奥、巨大な布に覆われていた影。


俺たちは顔を見合わせた。


そうだ。邪魔者は消えた。

部品は揃い、燃料も満タンだ。


あとは、この怪物を目覚めさせるだけ。


「……ああ。行こうか」


俺は布を勢いよく引き剥がした。

現れたのは、鋼鉄の装甲に覆われ、銀色の配管が走る、完成したばかりの『魔導蒸気機関車・改』。


「夜明けとともに出発だ。……目指すは、山越えの港町!」


俺たちの産業革命は、いよいよ最高潮クライマックスを迎える。

レールの上には、もう障害物はない。あるのは、未知への恐怖と、それを上回る期待だけだ。


(第56話 完)

お読みいただきありがとうございます!

面白かったと少しでも感じていただけたら、評価・ブックマークで応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ