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第55話「ネジ一本の革命」

「あーっ、もう! 入らねえ! なんでだ!?」


「こっちもだ! ナットが緩すぎてガバガバだぞ! 誰だこのボルトを作った奴は!」


『鋼』の精製成功から数日後。


活気に満ちていたはずのヴァルカンの工房は、怒号と混乱の渦中にあった。


目の前には、組み上がりつつある「新型蒸気機関車」のフレームがある。


だが、作業は完全にストップしていた。

原因は、機械を構成する最小の部品――「ネジ」だ。


「ガルフ親方、これはどういうことですか?」


俺は作業台の上に散らばる大量のボルトとナットを手に取り、親方に詰め寄った。


「どういうことも何も……みんな一生懸命作ってるんだよ! ベテランの職人が、一つ一つ魂を込めて削り出した最高級品だ!」


「魂は込もっているかもしれませんが、『規格』がバラバラです」


俺は二つのボルトを並べて見せた。


見た目は似ているが、よく見ると溝のピッチも、太さも微妙に違う。


「Aさんが作ったボルトには、Aさんが作ったナットしかハマらない。Bさんのナットを無理やりねじ込もうとすれば、ネジ山が潰れてしまいます」


これが、この世界の「モノづくり」の限界だった。


職人が手作業でヤスリがけをしてネジを作っているため、互換性が全くないのだ。これでは、何千本ものネジを使う機関車なんて組み立てられるわけがない。


「いいか若造! 職人ってのはな、その場の鉄の状態に合わせて最高の噛み合わせを調整するんだ! それが『阿吽の呼吸』ってもんだろうが!」


「機械に呼吸なんて要りません!」


俺は親方の精神論をバッサリと切り捨てた。


「もし走行中にネジが一本折れたらどうします? 専用の職人を呼び寄せて、また一から削り直すんですか? そんなことをしていたら、修理に何ヶ月もかかってしまいます」


「ぐっ……そ、それは……」


「必要なのは『芸術品』じゃありません。いつ、誰が、どこで作っても、ピタリとハマる『工業製品』です」


俺は懐から、一枚の設計図を取り出した。


そこに描かれているのは、機関車の絵ではない。奇妙なハンドルと刃がついた、作業台のような機械の図面だ。


「親方。機関車を作る前に、まず『機械を作るための機械マザーマシン』……【旋盤せんばん】を作りましょう」




「せんばん……だぁ?」


ドワーフたちが怪訝な顔で集まってくる。


俺は急造した試作機――木製の台座に、鋼鉄製の刃と回転軸を取り付けた装置――の前に立った。


「原理は簡単です。材料の鉄棒を回転させて、そこに固定したバイトを当てる。そうすれば、誰でも真ん丸な円柱が削り出せます」


ここまでは、ドワーフたちも「ろくろ」の要領で理解できたようだ。


だが、俺の狙いはその先にある。


「重要なのはここからです。……シェリーさん、出番ですよ!」


「んぐっ……。もう、人使いが荒いんだから」


工房の隅で焼き立てのクッキーを頬張っていたシェリーが、面倒くさそうにやってくる。


彼女には、旋盤の動力源(ハンドル回し)をお願いしていた。


「いきますよ。……『ネジ切り』開始!」


俺の合図で、シェリーがハンドルを回す。


ブォン! と凄まじい勢いで鉄棒が回転する。さすが皇女様、パワーがダンチだ。


俺はレバーを操作し、回転する鉄棒に刃を当てた。


同時に、この旋盤の心臓部である『親ネジ(ガイド)』を噛み合わせる。


すると、刃が一定の速度で横にスライドし、鉄棒の表面に綺麗な螺旋状の溝を刻んでいく。


ガリガリガリガリ……ッ!


心地よい切削音とともに、銀色の切り屑が舞う。

数秒後。そこには、機械のように正確で、美しい溝が刻まれたボルトが完成していた。


「さあ、もう一本!」


俺はすぐに新しい鉄棒をセットし、同じ作業を繰り返す。


ガリガリガリ……ポンッ。


全く同じボルトが、瞬く間に二本出来上がった。


「なっ……早え!?」


「それに見てみろ! 溝の幅が完全に一緒だ!」


職人たちが驚愕の声を上げる。

俺は二本のボルトに、適当に選んだナットをはめてみせた。


クルクルクル……ピタッ。


どちらにも、吸い付くように滑らかに入り、ガタツキ一つない。


「これが『標準化』です」


俺は完成したボルトを親方に手渡した。


「この旋盤には、俺が計算した『王国産業規格(KIS)』のピッチが刻まれたガイドが付いています。これを使えば、新人だろうがベテランだろうが、寝てようが、全く同じ品質のネジが量産できます」


「……同じ品質のものを、誰でも、大量に……」


ガルフ親方は、手のひらのボルトを震える手で見つめた。


それは、彼らが誇りとしてきた「職人の勘」を否定するものであり――同時に、彼らが夢見ても届かなかった「大量生産」への扉を開く鍵でもあった。


「……負けたよ、アレン殿」


親方が深く息を吐き、ニカッと笑った。


「あんたの言う通りだ。芸術品を作ってる場合じゃねえ。俺たちが作りたいのは、大地を走る怪物なんだからな!」


親方は職人たちに向かって拳を突き上げた。


「野郎ども! アレン殿の設計図通りに、この『旋盤』を量産しろ! ネジの規格を統一するんだ! このヴァルカンの鉄製品を、世界中のどこでも使える『基準スタンダード』にするぞぉッ!!」


「「「オオオオオッ!!」」」


ドワーフたちの熱気が爆発した。

こうして、ヴァルカンに「ネジ一本の革命」が起きた。


手作業による個体差は消え、代わりに圧倒的な生産速度と、完璧な互換性がもたらされたのだ。




数日後。


規格統一された部品のおかげで、機関車の組み立ては驚異的なスピードで進んでいた。


「すごいわ、アレンさん! まるで積み木みたいにパチパチ組み上がっていくよ!」


「ああ。これなら予定より早く完成しそうだ」


順調に進む作業を見守りながら、俺は缶コーヒー(中身は濃縮ポーション)で一服していた。

だが、そんな平和な空気を切り裂くように、焦った様子の職人が駆け込んできた。


「お、親方! 大変です!」


「なんだ、騒がしい。またボイラーでも破裂したか?」


「違います! ……倉庫の部品が、盗まれました!」


「なに?」


職人の報告に、俺たちの表情が凍りつく。


盗まれたのは、完成したばかりの「重要保安部品」――ブレーキの制御弁と、圧力調整用のバルブだという。


「ただの泥棒じゃありませんね」


俺は空になった空き缶を握り潰した。


金目の物ではなく、機械の心臓部だけを狙っている。

それは明らかに、この開発を妨害しようとする何者かの意志を感じさせた。


「……産業スパイ、か」


黒煙に紛れて、悪意ある視線がこの工房を覗いている。

産業革命の光が強くなればなるほど、その影もまた、濃くなるということか。


「リリア。……仕事だ」


「うん! 任せて!」


リリアが愛剣の柄に手をかけ、真剣な表情で頷く。

技術の戦いは終わった。ここからは、彼女の――「護衛」の出番だ。


(第55話 完)

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