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第54話「『鋼』を作る技術」

「鉄に……風を吹き込むだと? 気でも触れたのか、若造」


ガルフ親方の低い声が、工房の煤けた空気を震わせた。


周囲を取り囲むドワーフの職人たちも、一様に呆れ顔か、あるいは侮蔑の眼差しを俺に向けている。


俺が提案したのは、前世の産業革命期に発明された『転炉法(ベッセマー法)』の原理だ。


溶けた鉄に空気を送り込み、その中の不純物を燃焼させて「鋼」を作る技術。


だが、この世界の常識では、それは狂気の沙汰だった。


「いいか、よく聞け。溶けた鉄ってのはな、冷え固まるのが一番怖いんだ。だから俺たちは必死に火を焚いて温度を維持する。……そこに冷たい風を送る? 一瞬で固まって屑鉄の出来上がりだ」


親方の言うことは、経験則としては正しい。


熱いスープに息を吹きかければ冷める。それが直感的な物理法則だ。


「ええ、普通ならそう思いますよね。……でも、化学の世界では違うんです」


俺は黒板代わりの鉄板に、化学反応式を書き殴った。


C+O2→CO2+熱


「親方たちが使っている『鋳鉄』には、炭素ススがたっぷりと溶け込んでいます。それが鉄を硬くする反面、ガラスのように脆くしている原因です」


「ふん、炭素を抜けってのか? そんなことしたら、鉄が冷えて固まっちまうぞ」


「そこで『風』です。空気を吹き込むと、中の炭素が酸素と結びついて燃えます。その時、猛烈な『熱』が出るんです」


俺は親方の顔を真っ直ぐに見据えた。


「つまり、風を送れば送るほど、鉄は冷えるどころか、さらに熱く燃え上がる。……外部からの燃料なんて要りません。鉄自身が燃料になるんです」


「……はぁ? 鉄が燃えるだぁ?」


ドワーフたちがドッと笑った。


「聞いたかおい、鉄が燃えるだってよ!」「錬金術師様の頭がおかしくなったぞ!」


嘲笑が響く中、俺は静かにリリアに目配せをした。


彼女は俺の意図を察し、ニカッと笑って腰の剣に手をかけた。


「笑ってないで、試してみればいいじゃない! アレンさんが間違ったこと言ったの、見たことある?」


「……ふん。口だけは達者な嬢ちゃんだ」


ガルフ親方は腕を組み、ギラリと俺を睨んだ。


「いいだろう。どうせ爆発して使い物にならなくなったクズ鉄だ。好きに料理してみろ。……ただし! 失敗したら、この工房の掃除を一ヶ月やってもらうぞ!」


「交渉成立ですね。……では、実験開始です!」




俺たちは早速、工房の隅にある耐火煉瓦を積み上げ、即席の実験炉を作った。

構造はシンプルだ。壺のような形をした炉の底に、空気を通すためのパイプを繋ぐだけ。


「準備よし! リリア、送風機の魔石セット!」


「オッケー! いつでもいけるよ!」


炉の中に、先ほどの事故で飛び散った破片やクズ鉄を溶かしたドロドロの液体――溶銑ようせんを流し込む。


赤熱する液体が、不気味な光を放つ。


「いくぞ……送風開始ブロー・オン!!」


俺の合図で、リリアが風属性の魔石を作動させた。


ヒュオオオオッ!!


パイプを通って、猛烈な勢いで空気が炉の底から吹き込まれる。


「馬鹿が! そんな勢いでやったら……」


職人の一人が叫んだ瞬間だった。


ゴォォォォォォォッ!!


炉の中から、まるで竜の咆哮のような轟音が響き渡った。


そして、炉の口から目も眩むような黄金色の火花が、噴水のように吹き上がったのだ。


「うわあああっ!? なんだこれぇ!?」


「ひ、火柱!? 燃料も入れてねえのに!」


ドワーフたちが腰を抜かす。

これこそが「ベッセマーの火花」。鉄の中に含まれる炭素やケイ素が、送り込まれた酸素と反応して爆発的に燃焼している証拠だ。


「温度上昇、順調! 不純物が燃えて、鉄の純度が上がっています!」


俺は遮光メガネ越しに炎の色を観察した。


最初は赤黒かった炎が、徐々に眩い白、そして透明に近い青へと変わっていく。炭素が燃え尽きていくサインだ。


「……信じられねえ」


ガルフ親方が、呆然と立ち尽くしていた。


冷たい風を吹き込んでいるのに、炉の中の鉄は冷えるどころか、太陽のように輝きを増している。自分の常識が、目の前で音を立てて崩れ去っていくのを見ているのだ。


「今だ! 送風停止ブロー・オフ!」


炎がふっと小さくなった瞬間、俺は叫んだ。


これ以上やると、せっかくの鉄まで酸化してしまう。


俺たちは慎重に炉を傾け、中身をインゴットケースに流し込んだ。


トロリと流れ出た液体は、以前よりも粘り気があり、澄んだ輝きを放っていた。




数時間後。

冷え固まった銀色の延べ棒が、作業台の上に置かれていた。


「これが……『スチール』……」


ガルフ親方が、恐る恐るハンマーを振り上げた。

いつもの鋳鉄なら、力任せに叩けばパキンと割れるか、ヒビが入る。


ガァァァン!!


重い金属音が響いた。

延べ棒は割れなかった。それどころか、表面がわずかに凹んだだけで、ハンマーを跳ね返したのだ。


「硬い……いや、『粘い』! なんだこの感触は!?」


親方の手が震えている。


硬さと粘り強さを兼ね備えた、最強の金属。


これなら、高圧の蒸気にも、高速回転する車輪の衝撃にも耐えられる。


「すごい……! 本当に風だけで作っちまった……!」


「アレン殿! あんた、とんでもねえ魔法使いだ!」


職人たちが駆け寄り、俺を揉みくちゃにする。

さっきまでの嘲笑はどこへやら、今はキラキラした尊敬の眼差しで見つめられていた。


「魔法じゃありませんよ。これが『科学』です」


俺が得意げに鼻をこすった、その時だ。


「ねえねえ! 出来たの!? 出来たのよね!?」


背後から、ものすごいプレッシャーが迫ってきた。


振り返ると、ナイフとフォークを握りしめたシェリーが、完成したばかりの鋼をロックオンしている。


「このピカピカの鉄……! これなら、最高に美味しいお肉が焼けるわ!」


「えっ、シェリーさん? これは機関車の部品に……」


「ダメよ! 約束したでしょ!? 最初の一個は私の『鉄板』にするって!」


皇女様がダダをこね始めた。


その怪力で暴れられたら、せっかくの工房がまた壊れてしまう。


「が、ガルフ親方! すみません、この鋼で大至急、調理用の鉄板を!」

「ガハハ! 仕方ねえな! 最高の鋼で、最高の鉄板を打ってやるよ!」



親方は嬉しそうにハンマーを振るった。


こうして、産業革命の第一歩となる記念すべき最初の鋼は、食いしん坊皇女のための「ステーキ用鉄板」へと姿を変えることになったのだった。


だが、この技術がもたらすのは美味しい肉だけではない。

俺たちは手に入れたのだ。


蒸気の力、そしてそれを御する「鋼の肉体」を。


「よし。次は『部品』だ。……親方、ネジの話をしましょう」


俺は熱々の鉄板で肉を焼く匂いに包まれながら、次なる改革――「標準化(規格統一)」への構想を練り始めていた。


(第54話 完)

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