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第53話「爆発する夢」

「けほっ、けほっ! ……な、なによここ! 空気が煤だらけじゃない!」


馬車の窓を開けた瞬間、リリアが顔をしかめて咳き込んだ。

俺たちの目の前には、巨大な岩山をくり抜いて作られたドワーフの国、鉱山都市ヴァルカンがそびえ立っていた。


だが、その姿は異様だった。

街全体からモクモクと黒い煙が立ち上り、空を灰色に染めている。耳を澄ませば、カンカンという金属音と、時折ドカン! という爆発音が響いてくる。


「すごいな……。産業革命期のロンドンもかくや、といったところか」


俺はハンカチで口を覆いながら、煤けた街並みを観察した。

この煙の匂いは、木材だけじゃない。石炭、そして硫黄。

この街は今、何かが生まれようとして、エネルギーを持て余しているのだ。


「くんくん……。むっ! この匂いは!」


俺とリリアが顔をしかめる中、シェリーだけが鼻をヒクつかせ、目を輝かせていた 。


「焦げた醤油と、脂の焼ける匂い……! 間違いないわ、この奥で極上の『鉄板焼き』が焼かれているのよ!」


「いやシェリーさん、あれは多分、鉄を精錬してる匂いだと思いますけど……」


食い気が先行する皇女様に苦笑しながら、俺たちは街の正門をくぐった。




「ガハハハハ! よく来たな、王都の錬金術師!」


案内されたのは、街の最深部にある巨大な工房だった。


そこで俺たちを出迎えたのは、ドラム缶のような体躯をしたドワーフの男だ。顔中が煤と油で真っ黒だが、その奥にある瞳はギラギラと燃えている。


「俺はこの工場の親方、ガルフだ! ダニエルの野郎から話は聞いてるぜ。『理屈っぽいのが得意な若造』だってな!」


「……どうも。理屈っぽい若造のアレンです」


俺が握手を求めると、ガルフ親方は万力のような力で握り返してきた。痛い。


「それで親方。例の『爆発する機械』というのは?」


「おお、こっちだ! 俺たちの夢の結晶、見てくれ!」


親方が自慢げに指差した先。

工房の中央に鎮座していたのは、黒光りする巨大な鉄の塊だった。


円筒形のボイラーに、無骨な車輪。

前世の記憶にある「蒸気機関車」に近いが、もっと原始的で、禍々しいオーラを放っている。


「名付けて『魔導蒸気機関一号』だ! 魔石を燃やして水を沸かし、その湯気で車輪を回す! 完成すれば馬車など目じゃない速度が出るはずなんだが……」


「出るはず?」


「おう。とりあえず動かしてみるか! おい野郎ども、火を入れろぉぉぉッ!!」


親方の号令とともに、ドワーフの職人たちが釜の焚き口に次々と「火炎魔石」を放り込んでいく。


ボォォォォッ!!

釜の中で業火が燃え上がり、ボイラー内の水が瞬く間に沸騰する。


シューーーーッ!

逃げ場を失った蒸気が隙間から噴き出し、鉄の塊がガタガタと震え始めた。


「よし、圧力上がってきたぞ! もっと燃やせ! 気合が足りねえぞ!」


「お、親方! もう限界です! 釜が悲鳴を上げてます!」


「馬鹿野郎! ここで引いたらドワーフの名折れだ! パワーだ! もっと火力を上げろぉぉッ!!」


「……あ、これマズい」


俺は直感的に危険を察知した。


計器も安全弁もない密閉容器に、無制限に熱エネルギーを注ぎ込んでいるのだ。

物理法則が導き出す答えは一つしかない。


「リリア、伏せて! シェリーさんも!」


「えっ、アレンさん!?」


俺が二人を抱え込んで物陰に飛び込んだ、その直後だった。


ドッカァァァァァァァン!!


鼓膜を破るような轟音とともに、工房が閃光に包まれた。

ボイラーの蓋が弾け飛び、熱湯と蒸気が爆風となって吹き荒れる。


「うわっちぃぃぃ!? なんだこりゃあ!?」


「釜が弾けたぞー! 退避ーッ!」


ドワーフたちが右往左往し、工房は一瞬にして地獄絵図と化した。




数分後。

もうもうと立ち込める蒸気が晴れると、そこには無惨にひしゃげた『魔導蒸気機関一号』の残骸が転がっていた。


「くそっ……またかよ。なんで上手くいかねえんだ」


ガルフ親方が、煤だらけの顔を歪めて地面を叩いた。


「魔力は十分だったはずだ。火力が足りねえのか? それとも、俺たちの根性が足りねえってのか?」


「……いいえ、親方。足りないのは根性でも火力でもありません」


俺は服についた煤を払いながら、残骸へと歩み寄った。

そして、パックリと割れたボイラーの断面を指でなぞる。


「足りないのは、『計算』と『素材』です」


「あん? 計算だと?」


俺は地面に落ちていた石灰石を拾い、床にサラサラと数式を書いた。

PV=nRT(理想気体の状態方程式)。

そして、P=F/A(圧力の定義)。


「親方、貴方たちは蒸気を『ただの湯気』だと思っていませんか? 密閉された空間で熱された蒸気は、鉄をも引き裂く怪物に変わります。……今の釜の厚みじゃ、この圧力には耐えられません」


俺は割れた鉄の破片を拾い上げた。

断面はザラザラとしていて、所々に小さな穴(巣)が見える。


「それに、この鉄。……『鋳鉄キャストアイアン』ですよね?」


「おうよ! ドワーフ自慢の鋳造技術で作った、一番硬い鉄だ!」


「ええ、確かに硬いです。でも、『脆い』んです」


「なにっ!?」


親方が顔を真っ赤にして怒る。

ドワーフにとって、自慢の鉄をけなされるのは最大の侮辱らしい。


「鋳鉄は炭素を多く含んでいるため、硬さはありますが、衝撃や引っ張る力には弱いんです。だから、内側から膨らもうとする蒸気の力に耐えきれずに、ガラスのように割れてしまった」


「だ、だったらどうすりゃいいんだ! これ以上分厚くしたら重くて動かねえぞ!」


「素材を変えるんです」


俺は親方の目を真っ直ぐに見据えた。


「硬くて、でも粘りがあって、どんな高圧にも耐えられる鉄。……『スチール』を作る必要があります」


「鋼……だと?」


「はい。そして、蒸気の力を逃がす『安全弁』と、圧力を監視する『メーター』。……根性論じゃなく、科学で制御するんです」


俺の言葉に、工房の職人たちがざわめいた。


「鋼なんて、剣を作る時にしか使わねえ貴重品だぞ」「あんなデカイ釜を鋼で作るなんて無理だ」


「無理じゃありません」


俺はニヤリと笑った。


かつて地球で、ハリー・ベッセマーという男が成し遂げた革命。

風を吹き込んで鉄を燃やす、あの製法を再現すれば。


「俺に任せてください。……この鉄屑を、世界を変える『暴走特急』に作り変えてみせますよ」


その時。


ぐぅ〜〜〜〜。


シリアスな空気をぶち壊す、盛大な腹の虫の音が響いた。


「……ねえ、難しい話は終わった?」


瓦礫の山から顔を出したシェリーが、恨めしそうに俺たちを見ていた。


「爆発したせいで、お肉焼く鉄板が飛んでっちゃったじゃない! どうしてくれるのよ!」


「あはは……。まあまあ、シェリー。美味しいお肉のためには、まずキッチン(機関車)を直さないとね」


リリアが苦笑しながらシェリーをなだめる。


ガルフ親方は、しばらく俺の顔をじっと見つめていたが、やがてニカッと白い歯を見せて笑った。


「面白い! 王都の錬金術師、その喧嘩買った! 俺たちに『鋼』の作り方を教えてみやがれ!」


こうして、黒煙と蒸気にまみれた俺たちの、熱い「産業革命」が幕を開けた。


(第53話 完)

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