表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/106

第52話「黒煙の都への招待状」

「アレン殿、本当に世話になった! あんたのおかげで、この領地は救われたよ!」


ガラハド辺境伯領、領主館の前。

熊のような巨躯を揺らし、領主代行のボルマンさんが俺の手を強く握りしめた。その力強さは、感謝の深さを物語っているようだった。


「いえ、俺は少し『土のバランス』を整えただけですよ。実際に汗を流して畑を耕したのは、領民の皆さんです」


俺は謙遜して首を振った。


「塩害対策」は大成功に終わった。


アース・ドラゴンの巣から採取した石膏(硫酸カルシウム)を使った土壌改良と、地下で暴れていた魔獣の討伐により、死にかけていた農地は見事に蘇ったのだ。


「へへっ、アレンさん! 見て見て、お土産こんなに貰っちゃった!」


横では、リリアが満面の笑みで麻袋を抱えている。中には、収穫されたばかりの瑞々しい野菜や果物がぎっしりと詰まっていた。


「ここのお野菜、すっごく甘くて美味しいもんねー!」


「ああ。特にあのトマトは絶品だったな」


そして、もう一人。

俺たちの馬車に、当たり前のように乗り込もうとしている少女がいた。


「んぐっ、んぐっ……。ふぅ、美味しかったわ!」


両手に持っていた焼きトウモロコシを完食し、満足げに腹をさすっているのは、銀髪に小さな角を持つ少女――ドラゴニア帝国の第三皇女、シェリーだ。


「シェリーさん、本当に一緒に来るんですか? 帝国の騎士団が迎えに来ていましたけど……」


「嫌よ! お城に帰ったら、また『お野菜を食べなさい』って説教されるもの。私は『美食探求の旅』を続けるのよ!」


シェリーはふんぞり返って宣言した。

どうやら、俺が作った料理(と、時々出るおやつ)の味に胃袋を完全に掴まれてしまったらしい。


彼女の怪力は護衛としても心強いが、食費が心配である。


「さて、それじゃあ王都に戻りますか。ダニエルさんも首を長くして待っているでしょうし」


俺たちが馬車に乗り込もうとした、その時だった。

上空からバサバサという羽音が聞こえ、一羽の伝書鳩が舞い降りてきた。

その足には、王立規格保安院の封蝋がされた手紙が結び付けられている。


「ダニエルさんから? ……嫌な予感がするな」


俺は眉をひそめながら手紙を開封した。

ダニエルさんからの手紙は、いつもろくな知らせを持ってこない。


前回は「ブラック企業並みの決裁書類」だったし、その前は「貴族からのクレーム処理」だった。


『親愛なるアレン君へ。ガラハドでの任務、お疲れ様。

君がのんびり野菜を育てている間に、また一つ、頭の痛い案件が飛び込んできた』


冒頭から既に不穏だ。


『南方のドワーフ族が住む鉱山都市「ヴァルカン」から、至急の技術支援要請が来ている。

彼らが開発中の新技術――【魔導蒸気機関】が、爆発事故を繰り返して完成しないそうだ』


「蒸気……機関?」


その単語を見た瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねた。

蒸気機関。

それは、前世の歴史において「産業革命」の引き金となった大発明だ。熱エネルギーを動力に変え、馬車や帆船に代わる強大なパワーを生み出す機械。


まさか、この世界でもその開発が始まっていたとは。


『ドワーフの親方曰く、「火力は足りているのに、なぜか釜が破裂する。呪われているに違いない」とのことだ。

だが、私は思う。これは呪いではなく、君の言う「規格」や「設計」の問題ではないかと』


さすがダニエルさん、鋭い。


俺は手紙を読み進めながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


「アレンさん? なんだか悪い顔してるよ?」


リリアが不思議そうに覗き込んでくる。


「いや、ワクワクしてきただけだよ。……蒸気機関か。もしこれが実用化できれば、この国の物流は劇的に変わるぞ」


俺の頭の中には、すでに設計図や熱力学の公式が駆け巡っていた。

ボイラーの圧力計算、ピストンの往復運動、そして何より重要な「安全弁」の仕組み。


ドワーフたちは、おそらく「高い圧力」を制御しきれずに暴走させているのだろう。それはまさに、俺の持つ「現代知識」が最も必要とされる分野だ。


「行き先変更だ、リリア。王都には戻らない」

「ええっ!? じゃあどこに行くの?」

「南だ。鉱山都市ヴァルカンへ行く」


俺が高らかに宣言すると、馬車の中でシェリーがピクリと反応した。


「ヴァルカン……? そこって、ドワーフの街よね?」


「ええ、そうですが」


「ドワーフと言えば……『鉄板焼き』! 分厚い鉄板で焼く、ジューシーな厚切りステーキが有名じゃない!」


シェリーの瞳が、肉食獣のようにギラリと輝いた。

ジュルリ、と口元から涎が垂れる。


「行くわ! 私も行く! 今すぐ出発よ! 御者さん、馬車を出しなさい!」


「ちょ、ちょっとシェリーちゃん! 揺らさないでよぅ!」


シェリーが興奮して暴れるせいで、馬車がガタガタと揺れる。

俺は苦笑しながら、御者に行き先の変更を告げた。


「……というわけで、ボルマンさん。すみませんが、王都への帰還は少し延びそうです」


「はっはっは! 相変わらず忙しい御仁だ。達者でな、アレン殿!」


ボルマンさんの豪快な笑い声に見送られ、俺たちの馬車は南へと進路を変えた。


目指すは「黒煙の都」ヴァルカン。

そこで待っているのは、美味しいステーキか、それとも爆発する危険な鉄の塊か。


「待ってろよ、産業革命。……俺が『安全な』革命を起こしてやる」


俺は手紙をポケットにしまい、遠くに見える山並みを見据えた。


これから挑む「鉄と蒸気」の世界は、ポーション作りや農業とは比較にならないほど、危険で、熱く、そしてロマンに満ちているはずだ。


(第52話 完)

お読みいただきありがとうございます!

面白かったと少しでも感じていただけたら、是非!評価・ブックマークで応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ