番外編「皇女シェリーの『極秘』調査報告」
ガラハド領の夜は早い。
農作業に疲れた村人たちが寝静まった頃、アレンの工房の片隅で、小さな影がロウソクの火を頼りにペンを走らせていた。
ドラゴニア帝国皇女、シェリーである。
彼女の前には、羊皮紙と、おやつの「干しトマト」が置かれている。
「……ふふん。これで父様も腰を抜かすに違いないわ」
彼女はニヤリと笑い、実家に送る手紙の続きを書いた。
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【拝啓 偉大なる父上(皇帝陛下)へ】
お元気ですか。シェリーです。
私は今、人間の辺境領土に潜伏しています。
心配しないでください。
「ガイドル」たち竜騎士団が迎えに来ましたが、私はまだ帰りません。
なぜなら、この地で「帝国を揺るがす重大な秘密」を発見してしまったからです。
その秘密の名は――『アレン』です。
彼は「錬金術師」という最弱のジョブらしいですが、ハッキリ言って異常です。
石ころを肥料に変えたり、泥水を真水に変えたりします。
ですが、最も恐ろしいのは、彼の「料理」です。
父上、信じられますか?
人間たちは「草(野菜)」を食べるのです。
最初は私も「正気か?」と思いましたが、アレンの作った『トマト』という赤い実……。
あれは、ただの草ではありません。
甘くて、酸っぱくて、噛むとジュワッと旨味が広がる……いわば「赤い宝石」です!
(※ここで筆跡が乱れている。どうやら興奮してヨダレを拭ったらしい)
先日、地中から現れた巨大ミミズ(アビス・ワーム)を退治したのも、決して人間を助けたかったからではありません。
あのミミズが、私のトマト畑を荒らしたからです。
私のデザートを奪う奴は、たとえ魔獣だろうと丸焼きです。
……コホン。
話を戻します。
アレンは、今後も新しい「美味しいもの」……じゃなかった、「革新的な技術」を生み出すつもりのようです。
次は『麦』や『パン』を作ると言っていました。
ですので、私はこのままここに残り、彼の技術(と新作メニュー)を全て盗み出すつもりです。
これは、帝国の未来のための、極めて重要かつ困難な「潜入任務」なのです。
決して、アレンのご飯が美味しいから居座るわけではありません。勘違いしないでください。
追伸
ガイドルに持たせた『干しトマト』は、お土産です。
お酒のおつまみに最高だと思います。
無くなったら、また送ります(アレンに作らせます)。
皇女シェリー より
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「……よし! 完璧ね!」
シェリーは満足げに頷き、手紙を封筒に入れた。
これで、自分が家出を続けている正当な理由(言い訳)ができたわけだ。
「ふふふ、父様もきっと『でかしたシェリー! そのアレンという男を逃すな!』って言うはずよ」
そこへ、コンコン、と扉がノックされた。
「シェリーちゃん、起きてる?」
入ってきたのはリリアだ。
手には湯気の立つお皿を持っている。
「アレンさんがね、明日の朝食用のパンを試作したんだけど……『夜食にどうかな』って」
香ばしい小麦の香りと、溶けたバターの匂いが部屋に充満する。
焼きたてのパンだ。
「……っ!!」
シェリーの尻尾が、本人の意思とは無関係にバタンバタンと床を叩いた。
だが、彼女は皇女としての威厳を保つため、わざとらしく咳払いをした。
「し、仕方ないわね! アレンがどうしても味見してほしいって言うなら、食べてあげなくもないわ!」
「ふふ、はいはい。どうぞ」
リリアが皿を置いた瞬間、シェリーは電光石火の速さでパンをひったくった。
「いっただっきまーす!!」
ガブッ、ムシャムシャ。
「ん〜〜〜ッ!! 外はカリカリで中はフワフワ! なにこれ幸せの味!?」
先ほど書いた「困難な潜入任務」など、もはや頭の片隅にもなかった。
口いっぱいに頬張りながら、シェリーは思う。
(やっぱり、この国に永住しようかしら……)
机の上には、封をされた手紙。
その横で、空になったトマトの皿が月明かりに照らされていた。
最強(最恐)の皇女様が、アレンの「餌付け」によって完全陥落するのは、そう遠くない未来の話である。
(番外編 完)




