第51話「甘い果実」
魔獣「アビス・ワーム」との激闘から、3週間が過ぎた。
修復されたガラハド領の試験農場は今、鮮やかな「赤」に染まっていた。
「すっげえ……。本当に育ったぞ……」
「あんなに塩だらけだった土地が……」
農民たちが、涙ぐみながらその光景を見つめている。 彼らの視線の先にあるのは、たわわに実った「トマト」だ。 太陽の光を浴びて宝石のように輝くその実は、かつてこの地を覆っていた絶望(塩)を養分に変え、奇跡のような生命力を放っている。
「これが、俺たちの勝利の証です」
俺は一つのトマトをもぎ取った。 ずっしりと重い。皮はピンと張り、中身が詰まっているのが分かる。
「さあ、シェリー。約束の品だ」
俺は真っ赤なトマトを、シェリーに差し出した。
「うっ……」
シェリーが露骨に顔をしかめる。 彼女は俺の手にあるトマトと、自分の平らな腹を交互に見比べた。
「……本当に、苦くないの? 騙したらブレス吐くわよ?」
「騙さないよ。……このトマトは、かつての塩害の残りを逆利用して育てた『塩トマト』だ。水分を極限まで絞ってあるから、普通のトマトとは糖度が違う」
「とーど……?」
「いいから、一口食べてみて」
シェリーは恐る恐る、両手でトマトを受け取った。
そして、覚悟を決めたように目を閉じ、ガブリと齧り付いた。
プチュッ。
皮が弾ける音がして、果汁が飛び散る。 シェリーの動きが止まった。
恐る恐る目を開けた彼女の瞳が、キラキラと輝き始める。
「……あ、甘いッ!!」
「でしょ?」
「なにこれ!? 甘酸っぱいけど、嫌な味がしない! まるで果物よ!?」
シェリーは夢中で二口、三口とトマトを頬張った。 口の周りを真っ赤な果汁で汚しながら、「おいしい! おいしい!」と満面の笑みを浮かべる。
「よかったね、シェリーちゃん!」 リリアがハンカチでシェリーの口を拭いてあげる。
「うむ……。信じられん」
その様子を見ていた竜騎士団長ガイドルも、ゴクリと喉を鳴らした。 俺は彼にも一つ手渡す。
「どうぞ、ガイドル殿も」
「かたじけない。……むぐっ」
巨体の騎士が、小さなトマトを口に放り込む。 咀嚼した瞬間、彼の厳つい顔がふにゃりと崩れた。
「おおお……ッ! なんという濃厚な旨味だ! 肉料理の付け合わせに出てくる水っぽいアレとは別物ではないか!」
「ドラゴンの骨粉に含まれる『アミノ酸』と、この土地のミネラルが濃縮されていますからね」
「なるほど、我らドラゴンの力が、この美味さを生み出したというわけか!」
ガイドルは膝を打ち、何かを閃いたように真剣な表情になった。
「……アレン殿。相談がある」
「はい?」
「このトマト、我が国……『ドラゴニア帝国』に輸出する気はないか?」
その言葉に、後ろに控えていたボルマンさんが「ひぇっ!?」と変な声を上げた。
「ゆ、輸出ですと!? 帝国にか!?」
「うむ。我ら竜人族は味にうるさいが、これは絶対に受ける。それに、保存の効く『干しトマト』に加工すれば、騎士団の携帯食料としても極めて優秀だ」
ガイドルは熱っぽく語った。
「帝国は万年、食料自給率の低さに悩んでいる。貴殿がこの品質の野菜を安定供給してくれるなら……我が国は『金』ならいくらでも払うぞ」
「!!」
俺とボルマンさんは顔を見合わせた。 ガラハド領の最大の課題は、塩害が治った後の「産業」がないことだった。 だが、もし大国ドラゴニアとの交易ルートが開ければ……この貧しい領地は、一躍「農業大国」へと変貌するかもしれない。
「……喜んで。最高の野菜をお届けしますよ」
俺が握手を求めると、ガイドルはその巨大な手で、俺の手をガッチリと握り返した。
「契約成立だ! ……では手始めに、そこにあるカゴ一杯のトマトをもらってもいいか? 帰りの土産にしたい」
「ずるいぞガイドル! 私の分も残しなさいよ!」
「ははは! 早い者勝ちですぞ、殿下!」
畑に笑い声が響き渡る。 かつて「死の土地」と呼ばれた場所は今、笑顔と希望に満ちていた。
その夜。 村では盛大な収穫祭が開かれた。 焚き火を囲み、トマトを使ったスープや、リリアが狩ってきた魔物の肉料理が振る舞われる。
「アレンさん、ありがとう」
宴の喧騒から少し離れた場所で、リリアが俺に微笑みかけた。
「アレンさんがいなかったら、この村は終わってた。……やっぱり、錬金術師ってすごいね」
「いや、俺一人の力じゃないさ」
俺は焚き火の炎を見つめながら首を振った。 リリアの剣があり、シェリーの協力があり、農民たちの汗があった。 俺がしたのは、ただ「知識」という名の種を撒いただけだ。
「でも……『最弱』なんて呼ばれてたけど、悪くないな」
何もない場所から、価値を生み出す。 土を変え、作物を変え、人々の運命さえも変える。 それが錬金術師だというなら、俺はこの職を誇りに思う。
「さあ、明日からは忙しくなるぞ。……次は『麦』の改革だ!」
「ええっ、まだやるの!?」
「当然だろ。シェリーに美味いパンを食べさせる約束もしたからな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。 夜空には満天の星。 この世界に来て初めて、俺は心の底から「未来が楽しみだ」と感じていた。
(第4章 完)
第5章予告(「鉄と蒸気の産業革命」編)
農業改革に成功し、活気を取り戻したガラハド領。
次なるアレンの目標は?!
労働力不足を解消するための「自動化」だった!
「ないなら作ればいい。……トラクターを」
錬金術×現代知識で、異世界初の「魔導農機」を開発!?
しかし、その技術を狙う「商会」の影が忍び寄る――。
次回、アレンのモノづくりが新たなステージへ! 第5章スタート!
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