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第49話「塩の怪物」

「グオオオオオオオオッ!!」


地底の底から響くような咆哮と共に、試験農場の土が噴水のように吹き飛んだ。

もうもうと立ち込める土煙の中から、鎌首をもたげるようにして現れたのは――巨大な「肉の塔」だった。


「な、なんだコリャアアッ!?」


ボルマンさんが腰を抜かす。

それは、直径5メートル、全長は視認できるだけでも20メートルはあろうかという、超巨大なミミズのような生物だった。

ブヨブヨとしたピンク色の皮膚は粘液でヌラヌラと光り、先端には目鼻がなく、ただ巨大な円形の口だけがぽっかりと空いている。その内側には、回転するのこぎりのような鋭利な牙がびっしりと並んでいた。


「ミミズ……? いや、デカすぎるだろ!」


俺が叫ぶと同時に、怪物が大きくのけぞり、周囲に体液を撒き散らした。


ジュウゥッ!!


体液を浴びたトマトの苗が、瞬く間に茶色く変色し、ドロドロに溶けていく。

地面の岩さえもが、白い煙を上げて泡立っている。


「酸だ! あの粘液は強酸性だぞ! 触れるな!」


俺の警告に、展開しかけていた騎士たちが慌てて足を止める。


「ええい、図体がデカいだけの虫ケラが! 殿下の畑を荒らすな!」


竜騎士団長ガイドルが吠える。

彼はワイバーンには乗らず、地上戦用のハルバードを構えて突撃した。

その巨体から繰り出される一撃は、岩をも砕く威力があるはずだ。


「砕け散れェッ!!」


ドスンッ!!


ハルバードの刃が、怪物の胴体に深々と突き刺さる――ことはなかった。

ぶるん、と肉が波打つ。

鋼鉄の刃は、分厚いゴムに阻まれたように弾き返されたのだ。


「なっ……!? 硬い、だと!?」


「違う、柔らかすぎるんだ! 衝撃を吸収された!」


さらに悪いことに、怪物の粘液が付着したハルバードの刃先が、ジュワジュワと音を立てて錆びつき始めていた。


「バ、バカな! 我が愛槍『ドラゴンスレイヤー』が腐食している!?」


「ガイドル、下がって!」


呆然とするガイドルの前に、リリアが飛び出した。

彼女は愛剣に青白い魔力を纏わせている。物理がダメなら、魔力による切断だ。


「『閃光剣フラッシュ・ブレード』!!」


リリアの身体が光の矢となり、怪物の横腹を薙ぎ払う。

ザシュッ! という音と共に、今度は確かに肉が裂け、紫色の体液が噴き出した。


「やった!」


リリアが着地し、振り返る。

だが、俺たちの目の前で信じられないことが起きた。


裂けたはずの傷口が、ブクブクと泡立ち、互いの肉を引き寄せ合うようにして、瞬く間に塞がってしまったのだ。


「うそ……再生した?」


リリアが絶句する。

怪物はダメージなど意に介さず、不快な駆動音を立てながら、ズルズルと畑を這い進んでいく。その進路にあるのは、俺たちが手塩にかけて育てた野菜たちだ。


「あいつ、野菜を狙ってるのか!?」


「……っ、そうです! 俺たちの作った野菜は、ドラゴンの骨粉と豊富な魔力を含んでいる。地下の岩塩に飽きたあいつにとって、ここは最高の『レストラン』なんです!」


俺は歯噛みした。

皮肉なことに、俺たちが成功させた土壌改良と品種改良が、この怪物を地上へ呼び寄せてしまったのだ。


「許さない……」


低く、地を這うような声が聞こえた。

見ると、シェリーが全身を震わせている。その銀髪が逆立ち、背後の空間が陽炎のように揺らめいている。


「私が……汗水垂らして働いて……やっと食べる権利を得た野菜を……」


シェリーの瞳孔が縦に裂け、爬虫類のものへと変わる。

彼女の口元から、チラチラと赤い火の粉が漏れ出した。


「横取りするなぁぁぁぁッ!!」


ドォォッ!!

シェリーの口から、灼熱の火炎ブレスが放たれた。

それは一直線に怪物へと向かい――。


「待てシェリー! ここでブレスはまずい!」


俺は慌てて彼女の腕を引いて射線をずらした。

ブレスは怪物の横を掠め、後方の岩山を爆砕した。


「なんで止めるのよアレン! あいつを丸焼きにするのよ!」


「ダメだ! あいつの体液は可燃性のガスを含んでいる可能性がある! 下手すれば大爆発して、畑どころか村まで消し飛ぶぞ!」


それに、あの巨体だ。表面を焼いたところで、中身までは火が通らない。むしろ暴れまわって被害が拡大するだけだ。


「じゃあどうすんのよ! 剣も効かない、魔法もダメ、おまけに近づけば溶かされるなんて!」


リリアが剣を構え直しながら叫ぶ。

怪物はゆっくりと、しかし確実に野菜畑を飲み込みながら進んでいる。すでに一画のキャベツ畑が、酸の粘液で全滅していた。


「……弱点はあるはずだ。必ずある」


俺は冷静になろうと努めた。

鑑定スキルがなくても、「観察」と「推論」がある。

俺はあいつの生態をプロファイリングした。


名前はおそらく『アビス・ワーム』。あるいは『ソルト・イーター』。

地下の岩塩層に生息し、高濃度の塩分環境に適応した特殊個体だ。

だからこそ、体液は強酸性であり、かつ極めて塩分濃度が高いはずだ。


「……待てよ。塩分濃度が高い?」


俺の脳裏に、ある科学現象が閃いた。

生物の細胞膜における、水と塩の移動原理。

そう、「浸透圧」だ。


あいつは地下の高塩分環境に適応するため、体内の浸透圧を極限まで高めているはずだ。

でなければ、外の塩水に水分を奪われて干からびてしまうからだ。

つまり、あいつの体はパンパンに膨らんだ水風船のようなもの。


なら、そのバランスを外部からさらに崩してやれば?

外側の塩分濃度を、あいつの限界以上に高めてやればどうなる?


「……いける」


俺は顔を上げ、叫んだ。


「みんな、攻撃をやめて下がってください! 物理攻撃じゃあいつは倒せない!」


「アレン殿、策があるのか!?」


ハルバードを構え直していたガイドルが振り返る。


「ええ。剣も魔法も使いません。……使うのは『塩』です」


「塩だと? 塩の怪物に塩を使ってどうする!」


「『毒をもって毒を制す』ですよ。……ボルマンさん! アジトから押収した『岩塩』の在庫、まだ倉庫に残っていますよね!?」


「あ、ああ! 処分に困って山積みになっているが……」


「全部持ってきてください! あと、ありったけの肥料(硝石)もだ! ……リリア、シェリー、ガイドルさんは、あいつの足止めをお願いします! 畑の真ん中にある『用水路』まで誘導するんだ!」


俺の指示に、全員が一瞬顔を見合わせ――そして、力強く頷いた。


「分かったわ! アレンを信じる!」

「任せろ人間! その代わり、後で極上の飯を食わせろよ!」


リリアと竜騎士たちが散開し、怪物を挑発し始める。

俺はその隙に、村人たちへ指示を飛ばした。


「急いでくれ! 俺たちの科学ちしきで、あのナメクジ野郎を干物にしてみせる!」


これは、錬金術師にしかできない戦い方だ。

俺は白衣コートを翻し、決戦の準備へと走った。


(第49話 完)

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