第48話「震える大地」
「オーライ! そこだ! その岩をどかしてくれ!」
「承知した! ぬんっ!!」
ドガガガガッ!
ガラハド領の試験農場に、豪快な音が響き渡る。
竜騎士団長ガイドルが、大人二人がかりでも持ち上がらないような巨大な岩を、軽々と放り投げたのだ。
「す、すげえ……」
「あれが帝国の騎士様かよ……」
農民たちが口を開けて見守る中、俺は満足げに頷いた。
竜騎士団との和解から一週間。彼らはシェリー皇女の護衛という名目で滞在し、ついでに「食い扶持」を稼ぐために開墾作業を手伝ってくれている。
おかげで、農地の拡張ペースは予想の三倍以上だ。
「ふぅ。いい汗をかいたな」
ガイドルが兜を脱ぎ、額の汗を拭う。
その視線の先には、青々と葉を広げ始めたトマトの苗があった。
「アレン殿の肥料は凄まじいな。一週間でここまで育つとは」
「ええ。ドラゴンの骨粉に含まれるリン酸と、発酵熱のおかげです。……これなら、予定より早く収穫できそうですね」
俺はしゃがみ込み、土の湿り気を確認した。
石膏による土壌改良は完璧だ。かつて白く乾いていた大地は、今や黒く潤い、命を育むゆりかごに戻っている。
「よかったね、アレンさん! これで村の人たちも冬を越せるよ!」
リリアが麦わら帽子を押さえながら、ニコニコと駆けてくる。
その後ろでは、シェリーが木陰で昼寝を……いや、よだれを垂らして熟睡していた。
「あの子は相変わらずだな……」
「ふふ、でも昨日はちゃんと野菜炒めを食べてたよ。『お肉のエキスが入ってるからセーフ』だって」
「屁理屈だけど、まあ進歩か」
平和だ。
塩害という絶望から始まったこの依頼も、科学と筋肉の力で解決に向かっている。
そう思っていた。
――ズズ……ッ。
足元から、微かな振動が伝わってきた。
「ん……? 地震か?」
俺が顔を上げた、次の瞬間だった。
ドォォォォン!!
「うわっ!?」
「キャアッ!」
突き上げるような衝撃が走り、俺たちは立っていられずに地面に手をついた。
ただの揺れじゃない。まるで巨人が地面をハンマーで叩いているような、暴力的で規則的な縦揺れだ。
「アレン殿、伏せろ!」
ガイドルが咄嗟に俺とリリアを庇う。
揺れは数十秒ほど続いた後、不気味な余韻を残して収まった。
「……お、おさまったか?」
ボルマンさんが蒼白な顔で立ち上がる。
「またか……! 三年前の『あの日』と同じだ!」
「三年前?」
俺はボルマンさんの言葉に反応した。
確か、この土地で不作が始まったのも三年前からだと言っていたはずだ。
「た、大変だぁぁぁッ!!」
その時、畑の奥から農民の悲鳴が聞こえた。
「井戸が! 井戸水が溢れ出してきたぞぉッ!!」
「なんだって!?」
俺は弾かれたように走り出した。
農場の隅にある灌漑用の古井戸。
そこからは、まるで間欠泉のように泥水が噴き出していた。
「せっかく除塩した畑が……!」
溢れ出した水は、黒々とした土を飲み込み、みるみるうちに畑を浸食していく。
俺は流れてきた水を指で掬い、舐めた。
「……っ、やっぱり!」
「アレンさん、どうなの!?」
「しょっぱい! しかも、以前より濃度が高い『強塩水』だ!」
俺の脳内で、警報が鳴り響く。
ただの地下水位の上昇じゃない。
塩分濃度30%超え。これは海水以上の濃さだ。こんなものが畑に流れ込めば、石膏で改良した土壌構造が一瞬で破壊され、作物は全滅する。
「用水路を締めろ! 畑に水を入れるな!!」
俺は叫びながら、頭をフル回転させた。
おかしい。
俺の仮説では、塩害の原因は「過去の地殻変動で地下水が岩塩層に触れたこと」による毛細管現象だったはずだ。
だが、それならこんな「爆発的」な逆流は起きない。
今の現象は、まるで――。
「……『注射器』だ」
「注射器?」
リリアが聞き返す。
「ああ。地下に巨大な空洞(水瓶)があって、そこを何かが『押し潰した』としたら? 逃げ場を失った塩水は、一番弱い出口……つまりこの井戸から噴き出すしかない」
パスカルの原理だ。
閉鎖空間に圧力をかければ、液体は逃げ場を求めて噴出する。
だが、地盤沈下にしてはタイミングが唐突すぎる。そして、あの規則的な「ドォン、ドォン」という縦揺れ。
あれは自然現象じゃない。
「足音」だ。
「……おい、嘘だろ」
俺は戦慄し、地面を見下ろした。
もし俺の推論が正しければ、この地下には「岩盤そのものを揺らすほどの巨大な何か」がいることになる。
「ガイドル殿! 貴方の感覚で、地下に『魔力』を感じますか!?」
俺の問いに、ガイドルは目を閉じて集中し――カッと目を見開いた。
「……ある! 地下深くだが、とてつもなく巨大で、ドロドロとした不快な気配が蠢いている!」
「やっぱり……!」
ビンゴだ。最悪の当たりだ。
三年前の異変は、自然災害なんかじゃなかった。
地下の岩塩層に「怪物」が住み着き、岩盤を食い荒らした結果、塩水が押し上げられていたのだ。
「アレン、どういうこと!? 説明して!」
寝ぼけ眼をこすりながら起きてきたシェリーが、異様な空気を察して駆け寄ってくる。
俺は深刻な顔で告げた。
「敵襲だ、シェリー。……塩害の真犯人が、地下にいる」
ズズズズズズ……ッ!!
俺の言葉を肯定するかのように、再び大地が大きく波打った。
今度はさっきより近い。そして、大きい。
噴き出す塩水の勢いが増し、畑の作物をなぎ倒していく。
「来るぞ……! 総員、退避ィィッ!!」
ボルマンさんの絶叫と同時に、畑のど真ん中が陥没し、巨大な亀裂が走った。
そこから噴き上げるのは、泥と塩、そして強烈な腐臭。
俺たちの「農業改革」は、自然相手の戦いから、未知の魔獣との「防衛戦」へと変貌しようとしていた。
(第48話 完)
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