第46話「竜騎士の来襲」
「うぐぐ……く、臭い! なによこれ、腐ってるじゃない!」
「腐ってるんじゃないよ、シェリー。『発酵』してるんだ」
ガラハド領の試験農場。
鼻をつまんで騒ぐシェリーの横で、俺はスコップを手に、山積みになった「茶色い土の山」を切り返していた。
これは昨日仕込んだ「ボカシ肥」だ。
ドラゴンの骨粉、血液、米ぬか、そして落ち葉などを混ぜ合わせ、微生物の力で発酵させたものだ。発酵熱で湯気が上がり、甘酸っぱい独特の匂いが漂っている。
「これが『アミノ酸』の塊だ。これを土に混ぜれば、野菜は驚くほど甘くなる。……ほら、シェリーも手伝って」
「ぶぅー……。お肉くれるって約束だからやるけどさぁ……」
シェリーは文句を垂れながらも、肥料が入った重たい麻袋をヒョイと担ぎ上げた。
さすがは竜人族、細腕に見えて怪力だ。
だが、その姿は――。
泥だらけの服。ボサボサの銀髪。そして、労働の汗と肥料の匂いにまみれた顔。
どこからどう見ても、「皇女様」には見えない。ただの「過酷な労働に喘ぐ村娘A」だ。
「よし、これをあっちの畝に撒いて……」
俺が指示を出そうとした、その時だった。
ヒュオオオオオオッ!!
突如、頭上から強烈な突風が吹き下ろした。
積み上げた枯れ草が舞い上がり、農場のビニールシートがバタバタと音を立てる。
「うわっ!? なんだ!?」
「きゃあ!」
俺とリリアは目を開けていられず、腕で顔を覆った。
ただの風じゃない。これは――「羽ばたき」だ。それも、とてつもなく巨大な。
「……来たか」
シェリーだけが、動じることなく空を見上げている。
風が止み、俺たちが恐る恐る顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。
畑のど真ん中に、5頭の飛竜が着陸していたのだ。
その背には、黒光りする全身鎧を纏った騎士たちが跨っている。
鎧の胸には、ドラゴンの紋章。
「あれは……ドラゴニア帝国の『竜騎士団』!?」
一緒に作業していたボルマンさんが、顔色を変えて叫ぶ。
竜騎士団。空を制する最強の騎士団として名高い、帝国の精鋭部隊だ。
「捜索隊かしら。……やっと見つけてくれたのね」
シェリーが安堵の息を吐く。
どうやら、家出した皇女様を連れ戻しに来たらしい。これで一安心か――と、俺が思ったのも束の間だった。
「……貴様らか」
先頭のワイバーンから降り立った、一際大柄な騎士が、兜の奥からドスの利いた声を放った。
彼はゆっくりと、俺たちの方へ歩み寄ってくる。
その手には、身の丈ほどもある巨大なハルバード(戦斧槍)が握られていた。
「え、あの……こんにちは?」
俺が努めて友好的に挨拶しようとすると、騎士の視線が俺の後ろ――泥まみれで麻袋を担いだシェリーに固定された。
ピタリ、と騎士の足が止まる。
空気が凍りついた。
「……おお、なんということだ……」
騎士の声が震えている。
「高貴なるシェリー殿下が……このような薄汚れた場所で、泥にまみれ……あまつさえ、人間ごときの命令で、荷運びなぞをさせられているとは……!!」
「え?」
「おのれ人間どもぉぉぉッ!!」
騎士が激昂し、ハルバードを地面に叩きつけた。
ドォォン! と衝撃波が走り、俺は尻餅をつきそうになる。
「誇り高きドラゴニアの皇女を、奴隷のように酷使するとは! 万死に値するぞ貴様ら!!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解です! これは農業体験というか、食育の一環で……!」
俺は慌てて手を振るが、血に頭が上った騎士には届かない。
「問答無用! 殿下を救出し、この不敬な人間どもを皆殺しにせよ!!」
「「「ハッ!!」」」
号令とともに、他の騎士たちも一斉に武器を抜いた。
まずい。完全に「悪徳領主に捕まったお姫様」という構図で見られている!
シェリー本人が「違う」と言えば済む話なのだが――。
「ふぁ〜……。なんかお腹空いてきちゃった」
当のシェリーは、緊張感のカケラもなく大あくびをしている。
だめだこの皇女様、空気が読めないにも程がある!
「死ねぇっ!!」
団長らしき騎士が、風を切り裂くような速さで俺に向かってハルバードを突き出した。
速い。俺の動体視力では、残像すら見えない。
死んだ――そう思った瞬間。
ガギィィィィィンッ!!
目の前で、火花が散った。
強烈な金属音が鼓膜を叩く。
「……アレンさんに、指一本触れさせないよ」
俺の目の前に、小さな背中があった。
リリアだ。
彼女は愛剣一本で、巨漢の騎士が放った渾身の一撃を受け止めていた。
「ほう……。我が槍を受け止めるか、小娘」
騎士が驚きを含んだ声を漏らす。
リリアはニッと不敵に笑い、剣を押し返した。
「小娘じゃないよ。私はリリア・ハートウェル。『アレン工房』のアンバサダーで……アレンさんの『護衛』だ!!」
リリアが気合いと共に剣を振り抜くと、騎士の巨体が数メートル後ろへ弾き飛ばされた。
「ぬぅっ!? 馬鹿な、人間風情がこの『ガイドル』を押し返すだと!?」
竜騎士団長ガイドル。
その兜の下の目が、驚愕から戦意へと変わるのを感じた。
「面白い。……蹂躙するつもりだったが、多少は骨のある獲物がいるようだな」
ガイドル全身から、赤い魔力が立ち上る。
それは、以前戦ったヴィクターの暴走とは違う、研ぎ澄まされた武人の闘気だった。
「リリア、下がるんだ! 相手は帝国の精鋭だぞ!」
「大丈夫だよ、アレンさん」
リリアは剣を構え直し、俺に背中越しにウィンクして見せた。
「だって私、アレンさんに『いい剣』と『いいポーション』をもらってるもん。……それに」
彼女の瞳が、剣士の鋭さを帯びる。
「私の大事な『居場所』を壊そうとする奴には……絶対に負けない!」
「行くぞ!!」
ガイドルが地面を蹴り、音速で突っ込んでくる。
リリアもまた、光を纏って迎撃する。
畑のど真ん中で、外交問題の火蓋が切って落とされた。
俺の平和な農業計画は、またしても筋肉と暴力によって蹂躙されようとしていた。
(第46話 完)
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