表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/106

第46話「竜騎士の来襲」

「うぐぐ……く、臭い! なによこれ、腐ってるじゃない!」


「腐ってるんじゃないよ、シェリー。『発酵』してるんだ」


ガラハド領の試験農場。

鼻をつまんで騒ぐシェリーの横で、俺はスコップを手に、山積みになった「茶色い土の山」を切り返していた。


これは昨日仕込んだ「ボカシごえ」だ。

ドラゴンの骨粉、血液、米ぬか、そして落ち葉などを混ぜ合わせ、微生物の力で発酵させたものだ。発酵熱で湯気が上がり、甘酸っぱい独特の匂いが漂っている。


「これが『アミノ酸』の塊だ。これを土に混ぜれば、野菜は驚くほど甘くなる。……ほら、シェリーも手伝って」


「ぶぅー……。お肉くれるって約束だからやるけどさぁ……」


シェリーは文句を垂れながらも、肥料が入った重たい麻袋をヒョイと担ぎ上げた。

さすがは竜人族、細腕に見えて怪力だ。

だが、その姿は――。


泥だらけの服。ボサボサの銀髪。そして、労働の汗と肥料の匂いにまみれた顔。

どこからどう見ても、「皇女様」には見えない。ただの「過酷な労働に喘ぐ村娘A」だ。


「よし、これをあっちのうねに撒いて……」


俺が指示を出そうとした、その時だった。


ヒュオオオオオオッ!!


突如、頭上から強烈な突風が吹き下ろした。

積み上げた枯れ草が舞い上がり、農場のビニールシートがバタバタと音を立てる。


「うわっ!? なんだ!?」

「きゃあ!」


俺とリリアは目を開けていられず、腕で顔を覆った。

ただの風じゃない。これは――「羽ばたき」だ。それも、とてつもなく巨大な。


「……来たか」


シェリーだけが、動じることなく空を見上げている。


風が止み、俺たちが恐る恐る顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。


畑のど真ん中に、5頭の飛竜ワイバーンが着陸していたのだ。

その背には、黒光りする全身鎧を纏った騎士たちが跨っている。

鎧の胸には、ドラゴンの紋章。


「あれは……ドラゴニア帝国の『竜騎士団』!?」


一緒に作業していたボルマンさんが、顔色を変えて叫ぶ。

竜騎士団。空を制する最強の騎士団として名高い、帝国の精鋭部隊だ。


「捜索隊かしら。……やっと見つけてくれたのね」


シェリーが安堵の息を吐く。

どうやら、家出した皇女様を連れ戻しに来たらしい。これで一安心か――と、俺が思ったのも束の間だった。


「……貴様らか」


先頭のワイバーンから降り立った、一際大柄な騎士が、兜の奥からドスの利いた声を放った。

彼はゆっくりと、俺たちの方へ歩み寄ってくる。

その手には、身の丈ほどもある巨大なハルバード(戦斧槍)が握られていた。


「え、あの……こんにちは?」


俺が努めて友好的に挨拶しようとすると、騎士の視線が俺の後ろ――泥まみれで麻袋を担いだシェリーに固定された。


ピタリ、と騎士の足が止まる。

空気が凍りついた。


「……おお、なんということだ……」


騎士の声が震えている。


「高貴なるシェリー殿下が……このような薄汚れた場所で、泥にまみれ……あまつさえ、人間ごときの命令で、荷運びなぞをさせられているとは……!!」


「え?」


「おのれ人間どもぉぉぉッ!!」


騎士が激昂し、ハルバードを地面に叩きつけた。

ドォォン! と衝撃波が走り、俺は尻餅をつきそうになる。


「誇り高きドラゴニアの皇女を、奴隷のように酷使するとは! 万死に値するぞ貴様ら!!」


「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解です! これは農業体験というか、食育の一環で……!」


俺は慌てて手を振るが、血に頭が上った騎士には届かない。


「問答無用! 殿下を救出し、この不敬な人間どもを皆殺しにせよ!!」

「「「ハッ!!」」」


号令とともに、他の騎士たちも一斉に武器を抜いた。

まずい。完全に「悪徳領主に捕まったお姫様」という構図で見られている!

シェリー本人が「違う」と言えば済む話なのだが――。


「ふぁ〜……。なんかお腹空いてきちゃった」


当のシェリーは、緊張感のカケラもなく大あくびをしている。

だめだこの皇女様、空気が読めないにも程がある!


「死ねぇっ!!」


団長らしき騎士が、風を切り裂くような速さで俺に向かってハルバードを突き出した。

速い。俺の動体視力では、残像すら見えない。

死んだ――そう思った瞬間。


ガギィィィィィンッ!!


目の前で、火花が散った。

強烈な金属音が鼓膜を叩く。


「……アレンさんに、指一本触れさせないよ」


俺の目の前に、小さな背中があった。

リリアだ。

彼女は愛剣一本で、巨漢の騎士が放った渾身の一撃を受け止めていた。


「ほう……。我が槍を受け止めるか、小娘」


騎士が驚きを含んだ声を漏らす。

リリアはニッと不敵に笑い、剣を押し返した。


「小娘じゃないよ。私はリリア・ハートウェル。『アレン工房』のアンバサダーで……アレンさんの『護衛』だ!!」


リリアが気合いと共に剣を振り抜くと、騎士の巨体が数メートル後ろへ弾き飛ばされた。


「ぬぅっ!? 馬鹿な、人間風情がこの『ガイドル』を押し返すだと!?」


竜騎士団長ガイドル。

その兜の下の目が、驚愕から戦意へと変わるのを感じた。


「面白い。……蹂躙するつもりだったが、多少は骨のある獲物がいるようだな」


ガイドル全身から、赤い魔力が立ち上る。

それは、以前戦ったヴィクターの暴走とは違う、研ぎ澄まされた武人の闘気オーラだった。


「リリア、下がるんだ! 相手は帝国の精鋭だぞ!」


「大丈夫だよ、アレンさん」


リリアは剣を構え直し、俺に背中越しにウィンクして見せた。


「だって私、アレンさんに『いい剣』と『いいポーション』をもらってるもん。……それに」


彼女の瞳が、剣士の鋭さを帯びる。


「私の大事な『居場所』を壊そうとする奴には……絶対に負けない!」


「行くぞ!!」


ガイドルが地面を蹴り、音速で突っ込んでくる。

リリアもまた、光を纏って迎撃する。


畑のど真ん中で、外交問題バトルの火蓋が切って落とされた。

俺の平和な農業計画は、またしても筋肉と暴力によって蹂躙されようとしていた。


(第46話 完)

お読みいただきありがとうございます!

面白かったと少しでも感じていただけたら、評価・ブックマークで応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ