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第44話「白い粉と農地再生」

「あった……! これだ、間違いない!」


ガラハド領の北、切り立った断崖絶壁の下。

俺は、目の前に広がる白い結晶の塊を見て、快哉を叫んだ。


アース・ドラゴンの巣穴周辺には、俺の予想通り、大量の鉱石が露出していた。


「なになに? お砂糖? 舐めていい?」


「ダメだよシェリー。これは『石膏せっこう』……化学式で言えば硫酸カルシウムだ。食べられないけど、死にかけている畑にとっては最高の御馳走だよ」


俺が冒険者コートの袖で結晶を磨くと、太陽の光を受けて白く輝いた。

これこそが、ガラハド領を救うための特効薬だ。


「石……? これが畑の薬になるのか?」


同行したボルマンさんが、半信半疑といった顔で眉をひそめている。


「ええ。騙されたと思って、運べるだけ運びましょう。……村に戻ったら、すぐに『実験』開始です」


俺はニヤリと笑い、マジックバッグの口を広げた。




数時間後。領主館の前庭。

俺たちが持ち帰った石膏は、錬金術によって微細な「白い粉末」へと加工されていた。


だが、それを囲む農民たちの視線は、決して温かいものではなかった。


「……領主代行様。俺たちは、耳を疑いましたぞ」


集まった農民たちを代表して、村の長老である老人――ハンスが進み出た。

彼の手は土仕事で節くれ立っているが、その瞳には強い怒りと不信感が宿っていた。


「畑に、この『白い粉』を撒くだと? ふざけるのも大概にしてくだせえ!」


ハンスが粉の入った麻袋を蹴り飛ばす。舞い上がった白い粉が、乾いた風に流れていく。


「俺たちの畑は今、『塩』に殺されかけてるんだ。地面が白く吹いて、作物が枯れていくのを見てきたんだ! なのに、さらに得体の知れない白い粉を撒くなんて……トドメを刺す気か!」


「そうだそうだ!」「錬金術師なんて信用できねえ!」「俺たちの畑を実験台にするな!」


周囲の農民たちからも、次々と怒号が上がる。

無理もない。彼らにとって「白い粉」は、憎き「塩害」の象徴なのだから。


「静まれ! アレン殿は、辺境伯様が招いた客人だぞ!」


ボルマンさんが大声で制するが、興奮した群衆は収まらない。

リリアが俺を庇うように前に出ようとするのを、俺は手で制した。


「大丈夫だよ、リリア。……怒るのは当然だ」


俺は静かにハンスの前に歩み寄った。


「ハンスさん。貴方の言う通り、今の畑は『塩』……つまりナトリウムに侵されています。だから土がカチカチに固まり、水を吸わなくなっている」


俺は地面にしゃがみ込み、足元の土を指でなぞった。


「見てください。水を撒いても、土の表面で弾かれて水たまりになるでしょう? これは、土の粒がナトリウムのせいでバラバラになり、隙間が詰まっている証拠です」


「……だから、どうだってんだ」


「この白い粉――石膏は、その詰まりを解消する『中和剤』なんです」


俺はポケットから、説明用に用意しておいた二つの粘土団子を取り出した。

一つはそのままの粘土。もう一つは、石膏を混ぜた粘土だ。


「難しい理屈は抜きにします。……これを見てください」


俺は二つの団子を、水を入れた桶に同時に放り込んだ。

すると――。


そのままの粘土は、ドロドロと溶けて水が濁ってしまった。

一方、石膏を混ぜた粘土は、形を崩さず、むしろ細かくひび割れて水を含んでいく。


「なっ……? 泥が、崩れねえ?」


ハンスが目を丸くする。


「これが『団粒構造だんりゅうこうぞう』です。石膏に含まれるカルシウムには、土の粒子同士をくっつけて、小さな団子状にする性質があります」


俺は水を含んだ石膏入り粘土を桶から取り出し、軽く握って見せた。


「土が団子状になれば、その間に『隙間』ができます。隙間ができれば、水が通るし、空気も入る。……そして何より」


俺は農民たちの顔を見渡した。


「通り抜けた水と一緒に、土に張り付いていた悪い『塩分』が洗い流されるんです。……これを『イオン交換』と言います」


「いおん……こうかん……?」


「悪い店子ナトリウムを追い出して、良い店子カルシウムを入れる。そうすれば、家(畑)はまた住みやすくなるってことです」


シン……と、場が静まり返る。

完全に理解できたわけではないだろう。だが、目の前の実験結果は、彼らの常識を揺さぶるには十分だった。


「……口で言うのは簡単だ。だが、本当に俺たちの広い畑でも同じことが起きるのか?」


ハンスの声から、怒気が消え、迷いの色が浮かぶ。


「証明しましょう。……あそこの一角、枯れて放棄された畑を貸してください」


俺は自信を持って言い放った。


「一晩です。……明日の朝までに、あの死んだ土地を『フカフカ』に変えてみせます」




その夜。

俺はリリアとシェリー、そしてボルマンさんにも手伝ってもらい、試験区画に大量の石膏を散布した。


「うらぁっ! これでいいのね!」


「お肉ぅ〜! 働いたらお肉くれるんでしょうねぇ〜!」


リリアとシェリーの怪力コンビのおかげで、重労働である散布作業は驚くべき速さで終わった。

通常の農業なら、ここから雨を待つか、大量の灌漑(水やり)が必要になる。

だが、今回は「錬金術」がある。


「いくぞ。……錬成、『水分凝集ウォーター・ギャザリング』!」


俺が地面に手を付くと、大気中の水分と地下水脈の水が一気に地表へと吸い上げられた。

ただし、いつものように植物を育てるためではない。

土の中の化学反応を加速させ、塩分を地下深層へと「押し流す」ための水だ。


ズズズ……と地面が低く鳴る。

石膏(硫酸カルシウム)が水に溶け、土壌粒子に付着しているナトリウムイオンと激しく入れ替わっていく。

弾き出されたナトリウムは、硫酸ナトリウムとなって水に溶け、排水路へと流れ出ていく。


「……よし。反応終了」


俺は額の汗を拭い、立ち上がった。

月の光に照らされた畑は、見た目には変わっていないように見える。

だが、その中身は劇的に変わっているはずだ。




翌朝。

試験区画の周りには、ハンスをはじめとする村中の農民が集まっていた。


「……見た目は、変わってねえな」


ハンスが疑わしげに呟く。

俺は無言で一本のクワを彼に手渡した。


「耕してみてください。……手応えで分かります」


ハンスはおっかなびっくり畑に入ると、クワを振り上げ――そして、振り下ろした。


ザクッ。


「……あ?」


ハンスが声を漏らす。

今までは、カキンッという硬い音と共に弾き返されていた地面だ。

それが、まるで吸い込まれるように、クワの刃を受け入れたのだ。


「う、嘘だろ……?」


ハンスがクワを引き抜くと、黒々とした土がボロボロと崩れ落ちた。

以前のような、白く固まった粘土ではない。

空気を含み、適度な湿り気を帯びた、命の通った土だ。


「土が……柔らかい……」


ハンスはその場に膝をつき、震える手で土を掬い上げた。

指の隙間からこぼれ落ちる土の感触。

それを確かめるように、彼は土の匂いを深く吸い込んだ。


「戻った……。俺たちの畑が、戻ったんだ……!」


老人の目から、大粒の涙がこぼれ落ち、黒い土に染み込んでいく。

それを見た周囲の農民たちが、ワッと歓声を上げて畑になだれ込んだ。


「すげえ! 本当にフカフカだ!」

「これなら麦が育つぞ!」

「アレン様! あんた、本当に魔法使いだ!」


「いや、魔法じゃなくて化学なんだけどね……」


もみくちゃにされながら、俺は苦笑した。

ふと横を見ると、ボルマンさんが腕を組んで、深く頷いているのが見えた。


「見事だ、アレン殿。……あんたは、この土地の救世主だ」


「まだですよ。土が戻っただけです。ここから作物を育てて、収穫するまでが勝負ですから」


俺は気を引き締め直した。

土壌改良は第一歩に過ぎない。

本来の目的は、この土地で再び豊かな実りを得ることだ。


「よし、リリア、シェリー! 今日は忙しくなるぞ! 次は堆肥の準備と、作付け計画だ!」


「おー! 任せてよアレンさん!」


リリアが元気に拳を突き上げる。

だが、その横で。


「……ふん。土がどうとか知らないけど」


シェリーが、戻ったばかりの畑を見下ろして、不満げに鼻を鳴らした。


「どうせここで育つのって、『野菜』なんでしょ? 私、野菜なんて大っ嫌い。お肉じゃなきゃヤダ」


腕組みをしてそっぽを向く皇女様。

どうやら、次の課題は「土」ではなく、この偏食ドラゴンの「舌」になりそうだ。


「……やれやれ。土壌改良の次は、食育改革かな」


俺は頭をかきながら、新たな「プロジェクト」の開始を予感していた。

畑の土は、希望を含んで黒々と輝いている。

ガラハド領の復興は、ここから始まるのだ。


(第44話 完)

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